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1.精霊様の祝福

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「お母様、何をしていらっしゃるの?」

 その日はお母様の体調が良かったのだろう。寝台に座って布を手にしていた。真っ白な部屋の中。その布もやっぱり白かった。

「お人形を作っているのよ? もうすぐケセディアーナのお誕生日でしょう?」
「お人形? 嬉しいわ。とても楽しみ」

 お母様は御体が弱くて、毎日寝台の上で過ごしている。お父様の顔は見たことがない。
 私が知っている人は、お母様と、食事の支度や洗濯などの家事をしてくれるばあやだけ。窓から見える景色は草木に覆われていた。

 家の中から出ることは禁止されている。一度だけ、どうしても外に出てみたくて、こっそり抜け出した。
 すぐに見つかって大きな人に家に戻されて、その日の夕食と翌日の食事は用意されなかった。私だけでなく、お母様まで。
 お腹が空いて悲しかったけれど、それよりも体の弱いお母様が熱を出してうなされている姿を見るのが辛かった。だから家から出たのはその一度きり。

「お誕生日おめでとう、ケセディアーナ」
「ありがとうございます、お母様。大切にするわ」

 困ったように眉をハの字に下げて微笑みながら、お母様は手作りのお人形を贈ってくれた。
 白い顔、白い手足、白い服。私とお母様と同じ、緑色の瞳。髪はなかった。私とお母様は白い髪を持っているのに。
 初めてのお人形。私は嬉しくて嬉しくて、ぎゅっと抱きしめた。

「ごめんなさいね、ケセディアーナ。お母様、不器用で」
「とっても可愛いわ。この子は私のお友達ね。お名前はあるのかしら?」
「まだ付けていないの。ケセディアーナが付けてあげてくれる?」
「分かったわ。何にしましょう?」

 うーんっと私は考え込む。

「お母様、この子は女の子かしら? それとも男の子?」
「さあ? どちらかしらね?」

 小首を傾げたお母様は少し考えてから、

「きっと男の子よ。ケセディアーナを護る騎士になるの」

 と、仰った。

「騎士様? だったらザドキールにするわ。お母様がお話ししてくださった物語に出てくる騎士様よ。ザドキール、私はケセディアーナ。これからよろしくね」

 騎士様は片膝をついてお姫様に忠誠を誓う。そしてお姫様は騎士様の額に口づけを落とすの。
 だから私もザドキールのおでこに唇を寄せた。すると真っ白なザドキールが、淡く輝いた気がした。

「あら?」
「まあ!」

 驚いて瞬く私。
 お母様は珍しく頬を赤くして、口と目を大きく開けて嬉しそうにしていらした。

「すごいわ、ケセディアーナ。祝福を与えられたのね」
「祝福?」
「そうよ。精霊様がケセディアーナを気に入ってくださったの」
「精霊様が?!」

 精霊様はこの世界に住んでいる、特別な存在。同じ世界に住んでいるのに姿は見えず、精霊様たちが暮らしている場所に人間が行くことはできない。
 けれど彼らは確かに存在していて、気まぐれに人間に祝福を与え、力を貸すそうだ。

「精霊様と人間は直接に交わることはできないわ。だから宝石などを媒体として人間と関わるの。ケセディアーナ、ザドキールを一生大切にしなさい。この子には精霊様が宿っているのだから、粗末にしてはいけませんよ」
「もちろんよ、お母様。ザドキールはお母様が作ってくださった、私の大切な騎士様ですもの」
「そうね」

 それからお母様は、滅多に見せない真剣な顔で私を真っ直ぐに見つめた。

「ザドキールに精霊様が宿っていることは、誰にも言わないと約束してちょうだい。そして人に渡してもいけないわ。精霊様ははケセディアーナを選んだの。それなのに他の人に渡されてしまったら、とても悲しまれてしまうわ」
「分かったわ。でもどうして言ってはいけないの?」

 他の人に渡してしまうのが悪いのは分かった。お母様から頂いたザドキールを手放すなんて、精霊様が宿っていなくても嫌だけど。
 お母様は困った顔をして、視線をさ迷わせる。聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。

「お母様が仰るのだもの、必要なことなのよね? ちゃんと守るわ」

 これで安心してもらえると思ったのに、お母様はなぜか泣きそうな顔になってしまった。

「ケセディアーナ、お母様とばあやにしか、まともに会ったことのないあなたには分からないでしょうけれど、世の中には悪い人間もいるの。そして良い人でも時に魔がさすことがあるの」
「魔がさす?」
「そうよ。悪いことだと思っていても、我慢できなくなってしまうことがあるの。精霊様が宿る媒体はとても貴重なもので、誰もが欲しがるわ。だからザドキールに精霊様が宿っていると知られたら、たくさんの人がザドキールを手に入れようとやってくるわ。中には無理矢理に奪おうとする人もいるかもしれない」

 私は息を飲んだ。ザドギールを奪われるかもしれないなんて、想像しただけで胸が痛くて涙が零れそう。

「絶対に誰にも言わないわ」

 頷いたお母様は、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。
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