続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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67.そう切り出したハンスは

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「御二人に話しておきたい事があります」

 そう切り出したハンスは、いつもと違い深刻な表情をしていた。
 将軍寮の敷地内にある果樹園の東屋には、三人の男が集っていた。

「何だ? 改まって。何を話す気だ?」

 ゼノの問いに、ハンスは答える。

「事実、です。古の王から始まる、長い話です」

 ゼノとライは眉をひそめた。

「なぜお前がそれを知っている?」
「俺は聖玉の欠片を所持しています」

 とうとつな告白に、二人の男はわずかに目を開き、驚いた表情を見せた。しかしすぐに平時と変わらぬ表情へと戻る。

「かつて私は、古の王の生まれ変わりだと風の民を名乗る者に告げられた。だが私はそのような事に興味はない」
「いいえ、貴方は王です。それを自覚して頂かねばなりません」
「なぜだ?」
「それしかシャルを救う方法が無いからです」

 ハンスの言葉にゼノとライは瞠目した。
 セントーンの神官たちの勢力を挙げても、緋龍の皇族である玉緋の力を借りても、わずかな延命しか適わなかったのだ。

「シャルを救う術があるのか?」

 一縷の希望に、ゼノの瞳が揺れる。
 ハンスは静かに頷いた。

「話せ。どうすればシャルを救える?」

 つかみかかるゼノの手を優しく押し返したハンスは、ライに視線を向けた。
 ライは踵を返し、遠ざかろうとしている。

「どこへ行かれるのですか? ライ大将」
「俺には関係ない話だ」

 背中越しに手を振り立ち去ろうとするライの姿に、ハンスは首を振った。

「いいえ。あなたにも聞いて頂かなくてはなりません。いえ、許可を頂かなければならないというべきでしょう」

 言い直したハンスを、ライは訝しげに振り返って見つめる。

「何の許可だ?」
「聖玉の欠片を返上する許可です。貴方は正統なる継承者ですから」
「正統なる継承者? 何の事だ」

 顔をしかめつつも、ライは足を止めた。

「御二人とも、古の王の伝説は御存知ですね?」
「世界を統一したと言われる、伝説の王であろう? エラルド殿から聞いている。長命で死してなお聖石は輝きを失わず、聖玉と呼ばれていると」

 ハンスは頷いた。

「そうです。王は不老不死の石能を持ち、四百年程生きました。その生涯の多くを彼は孤独と過ごし、最後の五十年ほどは最愛の王妃の傍らで過ごしました」

 話し始めたハンスを見て、ライは諦めるように東屋の長椅子に戻り、耳を傾けた。

「王は王妃と共に生きるため、自身の聖石を二つに分かち、石能を王妃に与えました。王と王妃、二人は老いる事も無く、仲睦まじく暮らしたのです。王妃の兄であった将軍が老いて、その灯火が消えんとする日までは」

 王妃は最愛の兄との別れを受け入れられず、兄の死に際に、王から授かった石能を兄の聖石に注ぎ入れた。
 死の淵にいた兄は甦り、不老不死となった。代わりに王妃の心臓は止まった。
 それを見た王は、自身の石力の全てを注ぎ、王妃の死を止めた。そして王は不老不死の石能を失い、王妃は死すことなく眠り続けることとなる。

「その後、王は老いて命を終えますが、その聖石が輝きを失う事はありませんでした。王の聖石は聖玉と呼ばれ、神殿に保管されることとなります。それから百年程経ったある日、異変は起きました」

 聖玉が祀られる神殿の世話をしていた巫女が、懐妊した。
 彼女は誰とも交わった事はないと訴えながらも、十月が過ぎた頃、男児を産み落とした。
 それから間も無くして、王妃の兄と神官達は神殿の異常に気付く。
 王の聖玉が姿を消し、眠っていた王妃が赤子の姿に変わっていたのだ。赤子は目覚める事はなかったが、育ち続ける。

 さらに十年程が経ち、巫女が男児を神殿に連れて来たときに、次の奇跡が起きた。
 王妃が目覚め、男児を王と呼び、男児もまた王妃の名を呼び抱きしめたのだ。

「これが王と王妃が初めて復活を遂げた日でした。王は不老不死ではなくなりましたが、王の聖石は王の肉体が滅びても滅びる事なく、百年以上眠り続けた後、再び巫女に宿り生まれ変わるようになっていたのです」

 ライはゼノの傍らで沈黙していた。
 作り話しにしても突拍子過ぎる。何より、今のライには関係の無い話だと思った。

「長い歳月が流れる内に、国は滅びました。国が滅んだ後も、残った民は王の聖玉と王妃の肉体を守り続けます」

 永い歳月を生き続けた王妃の兄の肉体も、いつしか滅びた。だが王同様、彼の聖石は生き続けた。
 彼の聖石も聖玉と呼ばれるようになり、王と王妃の血を受け継ぐ者に宿りながら、引き継がれていった。

 子等は血筋を絶やさぬよう自分達の村を造り、いつしか風の民と呼ばれるようになっていった。
 王妃の兄の聖玉は、自身の力と記憶を継ぐに相応しい者を、風の民の中から選び宿った。

 聖玉の存在は、継承した長だけに伝えられた。
 ゆえに他の風の民達は王の聖玉の存在しか知らず、長が選んだ者が次の長に就く事は、掟としてのみ捉えていた。
 長が初老を迎える前に、次の継承者が選ばれるのが通例だった。しかし適した継承者が現れず、老いた長が聖玉を持ち続ける時期もあった。

 聖玉を継承した者が長の座に就く。
 長の子が次の長に就くとは限らず、また誰も予測していなかった者が聖玉に選ばれる事もあった。
 それでも不満を抱く者は現れなかった。

 なぜならば、聖玉を継承した者は将軍の力を宿し、更には将軍はもちろん、歴代の長達の記憶をも継承する。
 例え選ばれる前は軟弱のそしりを受けていても、聖玉を継承すれば前長にも引けを取らぬ人物となったからだ。 

「三人は風の民の中で復活を繰り返しました。王と王妃の存在は風の民の悦びであり、誇りでした。再び世界を手中にしようなどとは考えず、穏やかに暮らしていました。百年程前に、柘榴と聖玉が持ち去られるまでは」

 極稀に、継承者が選ばれる事無く、聖玉がその姿のままで存在した時期があった。
 百年程前、正にその稀な現象が起きた。長が六十を超えても、聖玉は新たな器を選ばなかった。

 長には幾人かの子と、それより多くの孫がいた。
 孫の一人に機知に富み、武術にも秀でた青年がいた。風の民達は彼こそ次の長と期待した。
 けれど聖玉が彼を器に選ぶ事は無く、年老いた長は聖玉を宿したまま命を終える。

 長は死ぬ前に、それまでの慣習に倣い、孫の青年を次期長に指名すると、彼を呼び聖玉の事実を打ち明けた。そして自身の死後、次の器が現れるまで護るよう言い残して世を去る。
 青年は長の遺言を受け、長の死後、その亡骸から聖玉を取り出し、大切に護った。だがある時から、彼は恐怖に支配されるようになっていた。
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