続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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34.さらに聞き返されて

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「今、何と?」

 さらに聞き返されて、緋凰は眉をひそめる。先ほどまでの楽しげだった表情は、不機嫌に塗りかえられていた。

「また遊びに来いと言った。緋嶄と争ったからといって入国を禁ずる程、器の小さい男では無いつもりだ」
「いえ、その前に」
「我が義弟、の事か?」

 怪訝な顔で緋凰が口にすれば、ハンスはこくりと頷く。

「ええ。なぜ俺が、緋龍皇帝の義弟に?」

 ハンスの言葉に沈黙が走る。皆が戸惑いに覆われた顔をハンスに向けた。

「玉緋をめとるのであろう?」
「御冗談を」

 確かめるように言った緋凰に対し、ハンスは目を丸くすると笑い出した。

「俺がお姫様をめとるなんて、有り得ませんよ」

 皆の視線は、緋嶄と玉緋の兄妹へと移動する。

「どういう事だ?」

 ぎろり睨む緋凰に、兄妹も困惑を隠せない。
 目を泳がせ、口をぱくぱくと動かして、言葉を紡ぎかねている。

「ちょっとハンス。あなた私に、『俺が玉緋様を必要としているのです』って言ったわよね?」
「ええ。言いましたね」

 何とか気を取り直して叫んだ玉緋に、ハンスはけろりと認める。

「玉緋に『セントーンへ来て頂けないかと』とも言ったな?」
「ええ。それも言いました」

 一同、唖然としてハンスを見つめる。
 どちらの言葉も、妻に迎えるための告白の言葉だ。
 しばらくの間の後、ハンスは膝を打った。

「ああ、なるほど。御二人は勘違いされたんですね」

 呑気に笑顔を浮かべているハンスに、玉緋が足音高く近付いてくる。

「説明、してくれる?」

 引き攣った笑みは、肚の底から溢れ出ている殺気の籠る怒気に彩られていた。これにはさすがのハンスも笑みを消した。

「俺はただ、玉緋姫の石能を知って、御助力頂けないかと願い出たつもりだったんです」
「私の石能って、つまり……」

 玉緋は言いよどむ。
 他言はしないようにと口煩く言われていたのだ。実際にハンスの言葉を耳にした緋凰から、ただならぬ威圧感が漂ってきている。

「ええ、俺の大切なコを、救って頂けないかと」
「大切なコ?」

 緋凰の威圧も気になるが、玉緋はハンスの事情も気になった。
 出会ってまだ短いが、ハンスやシャルとは親しくしている。彼らの大切な人の役に立てるならばと、心が揺れた。
 だがしかし、

「無理だろ?」

 耳に飛び込んできた不快な声に、玉緋の口元には苛立ちの笑みが浮かんだ。

「セントーンの神官総出でも現状維持がやっとなのに、お姫サマ一人で覆せるはずがない」

 不快な声は、断言するように言い切る。
 玉緋はゆっくりとそちらを向くと、黒髪黒目の大将を、ぎんっと睨みつける。

「何よ、その言い方。私の能力も知らないくせに」

 ハンスへの怒りの矛先は向きを変え、ライへと激突を繰り出す。玉緋の怒りに満ちた眼差しに、ライは視線を逸らした。視界の隅に、にやりと笑むハンスが映る。
 玉緋の石能の話題になったことで、緋凰は表情を硬くしていた。

「詳しい話は中で聞こう」

 緋凰の声に兵達は頭を垂れる。
 緋龍の兄弟とセントーンの一向は、城の中へと戻っていく。皇族の姿が消えると、その場は解散となった。


「兄さん」

 ハンスの袖を引くシャルの表情は、不安に染められている。その目はハンスが体中に受けた傷を映していた。
 ライは軽くハンスを睨んでから、シャルを見る。

「放っとけ、わざと怪我したんだから」
「おや? 気付かれていましたか。うまくやったと思ったんですけど」

 悪戯っぽく眉を上げるハンスに、ライは苦く顔をしかめた。

 緋嶄が繰り出した、土の尾による最初の攻撃を、ハンスは見切っていた。かわせるはずだったにもかかわらず、彼は戦いに支障が出ない程度の傷を負い、なおかつ捕えられたように見える状況に持ち込んだ。
 そして次の攻撃で、緋嶄から死角となった瞬間に抜け出て、すでに地に刺さっている土の尾を駆け上った。無論、緋嶄から死角になる位置を作り出せる尾を。
 新たな尾が地面とぶつかり土煙を上げると、足場とした土の尾を蹴って別の土の尾を足がかりに、緋嶄との間合いを一気に詰めたのだ。

 予想外のことに冷静さを失った緋嶄は、剣を抜く。
 ハンスはわずかに体を左に動かすと、緋嶄の視界から消える。そこに、弾かれ空へと上っていた土の尾の欠片が落ちてきた。
 ハンスと錯覚してそちらに体を向けた緋嶄の背後を、悠々とハンスは取ったわけだ。

 最初の攻撃から、全てを読みきっての行動。緋嶄に背を向け、シャルに向かって手を振ったのも、計算のうちだろう。
 緋嶄の精神と思考を支配下に置いて、望む通りの攻撃を誘発させたのだ。
 先ほどの戦いを思い出したライは、冷たい汗を額に浮かべ、拳を握り締める。
 石能の補助を受けていたとはいえ、あそこまで読みきれる人間は早々いない。ハンスがその気になれば、ライとて勝てる自信は無い。石能を使わなければ、確実に敗北するだろう。

 ハンスとライのやり取りの理由が分からないシャルは、戸惑いに揺れる瞳で、二人を交互に見た。
 シャルの視線を受けたライは、無理矢理に口角を上げ、不敵に哂う。

「まずは自分の体で、お姫サマの能力を試すつもりなんだろう?」
「ライ大将の目は誤魔化せませんね」

 くつくつと笑うハンスを横目に、ライは苦々しく顔をしかめた。

 玉座の間に移動すると、次兄の緋鰉(ひこう)が控えていた。
 緋凰は壇上に上り、玉座に腰掛ける。そして改めて、ハンスに事情を問うた。

「こちらが思い違いをしていたとは言え、決闘の勝敗は決まった。お前の望み通り、玉緋の力をお前に貸してやろう。だが腑に落ちぬな。そちらにも優れた治癒能力者がいるだろう?」

 緋凰に睨まれ、シャルはハンスの影に隠れた。
 ちらりとシャルに視線を向けたハンスは、落ち着かせるように頭を軽く撫でてやる。それから改めて緋凰に向き直った。

「アリスの力は万能ではありません。ゆえに玉緋様のお力におすがりしたいのです」
「なるほど。だがセントーンへ連れていく事はならぬ。治したい者を緋龍に連れて来い」
「それではこちらの望みと少々違いませんか?」

 ハンスは眉をひそめる。
 皇帝に対して不敬な態度である。しかし皇帝だからこそ、不満を顕わにして見せることで、先ほどの言葉を反故にしていることを責めた。
 しかし緋凰はハンスの挑発には乗らない。

「治癒の力を持つ妹を、安易に他国へ出せると思うか?」

 冷静な口調で返した。
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