続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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19.ようやく解放されて

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「あら、おはよう。まだ生きていたのね」

 朝、ようやく解放されて外に出たライを、緋嶄と玉緋の兄妹が待ち受けていた。

「何とかな」

 げっそりとした顔付きで、ライは面倒くさそうに返す。

「本当に強運の持ち主ね。緋凰兄様の寝室に押し入って生きてるなんて」
「だと良いけどな」

 玉緋は感心したように言ったが、ライは内心で頭を抱えた。
 今後の展開を考えると、ひどく頭痛がして、胃も痛む。
 とりあえず、『アリス』の兄であるハンスとは連絡を取らしてもらえそうなので、ハンスの意見を求めるのが得策だろう。
 あの男なら、何か良い策をひねり出してくれるはずだ。

「でも見直したわ。恋人を助けるために、命も省みず皇帝の寝室に駆け込むなんて。度胸は充分ね」
「どうも」

 生返事を残し、ライは水場に向かう。昨夜はまともに寝付けず、頭が曇っている。
 冷たい井戸水で顔を洗うと、何とか意識ははっきりとした。そして気付いた。城のあちらこちらから視線を感じる。
 敵意は感じないが、気付かなかったとは、思っていた以上に疲弊していたようだと情けなくなる。

「何だ?」

 視線に対して怪訝な表情で呟くライに、玉緋はすかさず答えた。

「あら、当然でしょ? 恋人を助けるために、緋凰兄様に歯向かった男ですもの。侍女達が放っておくと思う?」
「勘弁してくれ」

 本気で脱力感を味わうライの気持ちとは裏腹に、侍女達の声が大きくなった。
 何事かと侍女たちの視線の先を追えば、見慣れた少女の姿が映る。

「おはようございます。昨夜はありがとうございました」

 現れたシャルは、丁寧に頭を下げる。

「お前、意外と図太いよな?」
「そうですか?」

 呆れたように言うライに、シャルは小首を傾げた。

「朝まで熟睡していただろう?」
「ええ。ライさんは眠れなかったのですか?」
「お前な」

 心底から不思議そうに見つめるシャルに、ライはがくりと肩を落とす。溜め息を吐きはするが、言っても無駄な心配をさせるだけだと、説明は省いた。

「あなたが噂の恋人?」

 二人の様子を見ていた玉緋が、目を輝かせて身を乗り出してきた。

「噂?」
「昨夜の事が、もう城中に知れ渡ったらしい」

 事態が見えず困惑しているシャルに、ライが端的に説明する。

「ええ?」

 シャルは声を裏返して、顔を赤く染めた。一方のライは、朝から何度めかの溜め息を吐くと、じろりと玉緋を睨む。

「それで、わざわざのお出ましは、俺達をからかうためですか?」
「まさか。そこまで暇じゃないわ。緋凰兄様が二人も朝餉に呼ぶように、って」
「へえ?」

 心外だとばかりに、玉緋は眉根を寄せた。
 予想とは違う答えだが、どちらにしても下らないことになりそうだと、ライは気だるげな声を出すだけだ。

「もっと喜んだらどう? 朝餉に家族以外が呼ばれるなんて、滅多にないことよ」

 来賓をもてなす晩餐会などに対して、朝食に客人を招く習慣は無い。城に来客がある場合は、それぞれの部屋に食事が運ばれるのが常識だった。

「俺はできれば部屋で食いたかったよ」

 これ以上の面倒ごとはごめんだとばかりに文句を垂れるライを引き連れて、緋嶄と玉緋は、皇族が食事を取るための奥の広間に向かった。


「連れて来たわよ」

 玉緋の声に、兄弟達とその母親達の視線が集まる。

「何人兄弟だよ?!」

 思わず問うたライだけでなく、シャルも驚いていた。
 五十は超える人数が、幾つかに別れて大卓を囲んでいるではないか。

「来たか。そこへ」

 ライの質問に答える者はいなかった。
 緋凰にあごで示され、ライは緋凰の隣に腰掛ける。シャルはその隣に腰掛けた。

「朝餉の席くらいしか時間が取れなくてな」
「いいえ、お気になさらず。皇帝陛下が暇していたら、そっちのほうが吃驚ですから」

 皮肉たっぷりに、ライは答える。
 緋龍の皇族たちは眉をひそめるが、皇帝である緋凰が何も言わないため、口をつぐんだ。
 朝食でしか話せないと言うならば、ライとシャルを呼んで、別室で食事を取れば良いのにと、ライは内心で毒づく。
 しかし緋龍では、城にいながら朝餉を別に取ることは、余程の理由が無くては許されない決まりだった。

「それで、用とは?」

 前置きも早々に尋ねるライに、好奇の視線が集まる。こういった話への興味に、身分の上下は関係無いようだ。

「共に来ていた神官の話では、アリスの親族は、ゼノに仕えている兄が一人だけらしいな?」
「はい」

 昨夜の今朝で、ずいぶんと話が早いと、ライは感心するより呆れた。

「それでライ、お前のほうは何処に書簡を届ければ良い?」
「いえ、皇帝のお手を煩わせずとも自分で報せますから、お気遣いなく」

 ライは即座に断わる。
 彼にはユイを初めとした弟妹や母がいるが、只人の家族を巻き込む訳にはいかない。判断を誤れば皇帝の怒りを買い、処罰されかねない状況なのだから。
 どうしても身内を呼ぶ必要に迫られたなら、風の民に残っている、一つ下の弟であるルイを呼ぶしかないだろうと、ライは算段をつける。
 ルイであれば、いざとなれば逃がすことも可能だ。
 だがそれも最終手段だ。なるべく隠し通したい。

「それはいかぬ。日程の調整もあるからな。緋龍に来れる最短の日取りを確かめておかねばならぬ」

 緋凰は大仰に眉を下げてみせた。

「ご心配頂き恐縮ですが、うちは商人なんで、捕まえるのは大変なんですよ」
「では尚更、急がねばなるまい」

 ライがさらりと返せば、緋凰はにっこりと微笑む。
 そのやり取りを見ていた母子達は、凍りついていた。
 緋凰が柔和に微笑むなど、滅多にない。こういう表情を浮かべる緋凰は、その外面と裏腹に実は大層怒っているのだと、彼等は知っていた。
 緋嶄が礫を投げてライに合図を送るが、打ち払われるに終わる。

「ぴいっ」

 二人を包む吹雪のような空気を破ったのは、シャルの珍妙な声だった。

「どうした?」

 ライと緋凰の雰囲気が和らぎ、眉間に皺が刻まれる。視線を向けられたシャルは、涙を浮かべていた。

「辛いです」

 舌を出し、顔をゆがめている。

「ああ。緋龍の料理は香辛料が多く使われるからな。なるべく赤くないのを選べ」
「はい」

 緋龍の料理は辛口で有名だ。
 シャルは卓上にずらりと並んでいる料理を見比べた。緑色の細長い野菜を見つけ、小皿に取る。
 それを確かめることなく、簡潔に指示を終えたライは緋凰との対話に戻っていた。

「俺の方から連絡を寄越すよう、行きそうな所に書簡を送っておきますから、御心配無く」
「それでは運任せだろう? 緋龍の交易網を使えば、すぐに見つけ出せる」
「そこまで手を煩わせる訳には……」

 と言いかけたところで、再び奇声が上がる。

「今度は何だ?」

 振り向くと、今度こそシャルは泣いていた。

「何食った?」

 怪訝な表情を浮かべ、ライはシャルを見、それから彼女の前に置かれた小皿へと視線を下ろした。

「緑の、赤く無い」

 舌が痺れているのか、シャルは片言で説明する。
 小皿に残った料理を見やったライは、額を押さえた。

「阿呆か? これは唐辛子の中でも、飛びっきり辛いことで有名なんだよ。ちゃんと選んで食え」

 怒鳴りつけるが、シャルは涙を流すばかりで聞いてはいない。
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