続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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12.変わらぬ態度のエラルドに

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「それで、風の民とはどこで?」

 変わらぬ態度のエラルドに毒気を抜かれ、ゼノはお茶を一口含む。酸味のあるお茶は心を落ちつけるには役立たなかったが、怒気を退けるには役に立った。

「先程エラルド殿が仰った、クルール国ですよ」
「柘榴と対面した時? それ以前には?」

 エラルドは細かく問いかける。

「クルールで柘榴まで案内してくれた商人も、風の民のようでした」
「会ったのはその時だけ?」
「ええ」

 肯定するゼノに、エラルドは黙し考えにふけった。
 実際は城下町にある小白という料理屋でも、風の民達と会っているのだが、ゼノは彼等が風の民だとは知らない。

「ではなぜ、彼等は君を古の王と認めた?」

 ゼノは言葉に詰まった。それを答えるには、シャルの事を話さなければならない。だがすでに、エラルドはシドからシャルとゼノの関係を聞いているだろう。
 ゼノがシャルと出会うきっかけを作り、そして再会の手筈を整えてくれたのも、シドなのだから。

「柘榴が私を選んでくれたからです。風の民は柘榴を主と呼び、柘榴が選んだ私を王である可能性が高いと言いました」
「柘榴、シャルって娘だね。では何故、風の民は彼女を伝説の柘榴だと?」

 ゼノは首を傾げる。

「風の民の伝説では、彼等の主である柘榴は翠色の実を成らせ、治癒力を持つそうです。クルールでのシャルは確かにその特徴を揃えていました」

 次々と訪れる人々を癒すため、力を使い続けた柘榴の実は、赤く熟すことなく翠の実を結び続けた。
 それは古の伝説の王が愛したという柘榴と、同じ色の実だった。

「なるほど。詳しくは聞かなかったのか?」
「興味もありませんでしたから」

 あっさり答えたゼノに、エラルドは絶句した。彼にとっては、古の王の情報は垂涎ものの宝なのだ。
 その場にいたならば、いや、風の民と出会うことができたなら、根掘り葉掘り、それこそ連日徹夜で倒れるまで、詳細を聞きたがっただろう。

「他に何か聞かなかったかい? 王の事でも、柘榴の事でも、聖玉の事でも、何でも良い」
「特には」

 素っ気ないゼノの答えに、エラルドは見て分かる程に大袈裟に項垂れた。

「君って子は、何だってそんな好機を無に出来るのかな?」
「すみません」

 思わずゼノは申し訳なく思い、頭を垂れた。肩を落としたエラルドは、大きく息を吐く。

「緋龍皇帝がお亡くなりになった時に、柘榴で揉めたよね? その時は?」

 大国である緋龍帝国は、先だって前皇帝が崩御した。その直前、治癒の力を持つ柘榴の噂を耳にした皇帝が、セントーンに柘榴を譲るよう求めてきたのだ。
 ゼノはシャルを護るため、シャルに似た柘榴を持って、緋龍帝国へ向かった。偽者と気付いた皇帝は怒り、ゼノは一時、帝国に囚われ処刑まで宣告される事態となる。
 結果としては、ゼノの処刑を回避したかった当時の皇太子緋凰が上手く取り計らい、前皇帝の崩御と共にうやむやにして事なきを得たが。

「私は彼等を見ていません」

 首を横に振ったゼノに、エラルドは指をあごに添えて考える素振りを見せる。
 そこへシドが帰って来た。

「やあ、久し振りだね、ゼノ」

 応接室に顔を出したシドは、軽い調子で声をかける。

「呼び戻してすまなかったな」
「いいさ、たまには家に帰らないと忘れてしまいそうだからね。それで、用件は?」

 上着を脱ぎ捨てながら、開いた席にどかりと体重を預けた。ゼノが手を付けずにいる菓子を引き寄せると、口に放り込んでいく。
 問われたゼノは、エラルドを見る。

「気にするな。うちに家族間での秘密が無い事は、承知だろ? 退席したところで、すぐに耳に入る」

 エラルドの言葉に苦笑して頷くと、ゼノはシドに向き合う。

「シャルの事だ。体の調子はどうなんだ?」

 深刻な表情で問われ、シドも表情を改める。その気難しげな表情に、察したゼノは苦悶に眉を寄せた。

「正直、良くないね。そもそも生きている事自体、不思議な体だ。複数の神官を使って治療に当たらせたが、今の状態がやっとだ」

 それはゼノもわかっている。
 シャルの体の多くは、柘榴の木が代替している。おそらくゼノが初めて出会ったときから、シャルは柘榴と共に生きていた。
 その不安定な体を、ゼノと関わったことでセスの怒りを買い、さらに損傷してしまったのだ。

「他に見解は?」

 ゼノの問いに、シドはゼノの目を凝視する。

「治療に当たっている者達によると、いつ何が起きても不思議ではないとさ。ただ体の構造が特殊過ぎて、はっきりとは言えないってのが正直なところだ。明日倒れるかもしれないし、お前より長く生きるかもしれない」
「そうか」

 ゼノは瞼を落とし考え込んだ後、立ち上がる。

「邪魔をした」
「そうでも無いさ」

 答えたのはシドではなく、エラルドだった。

「ああ、忘れるところだった」

 ふと思い出したゼノは、足を止め、怒気の籠る視線をシドに向ける。

「もうシャルに妙な物を付けていないだろうな?」

 問われてシドは二度瞬き、エラルドを睨むように見た。
 対するエラルドは、不機嫌な弟をからかうように、にやにやと笑っている。

「大丈夫だ。生身の相手に細工は出来ないよ。心配ならお前の所の菓子職人に調べさせれば良い」

 シドは両手を挙げて、盛大に顔をしかめる。

「ハンスに?」
「ああ、呪具を見破るのが得意なようだからな」

 呪具を作り出す才能は、誰にも負けないとシドは自負していた。
 それなのに、国中の才能が集まる神官宮はもちろん、自身の家族にさえ見破られることのないように、手間隙かけて作り上げた呪具を、いとも容易くハンスに見破られてしまったことがあるのだ。
 
「ほう」

 ゼノはシドがハンスを認めていると知り、興味深げに眉を跳ねた。その一方で、ハンスならばありえるだろうと、どこかで納得していた。
 シドに見送られて、ゼノは将軍寮に戻った。

 戻ってきたゼノを待っていたのは、そのハンスだった。セスがゼノに縁談の話を持ち掛けた理由が判明したという。

「早いな」

 優秀すぎる部下に、内心で舌を巻く。これで菓子職人だと言い張るのだから、性質が悪い。

「王族にとって、使用人は道端の小石のようなものですから。秘密も簡単に耳に入るのですよ」

 とはいえ、その情報を外部に漏らせば、即座に打ち首になりかねないため、外部に漏れることはまずないのだが。
 ハンスが王宮の情報を入手できるのは、彼が元々王宮に勤めていたことがあり伝手が多くあること、そして今も王子であるゼノの部下として働いているからだ。
 まあ彼の場合は、誰もが口を割りたくなる、『菓子』という名の特別な秘薬を持っていることが最大の理由かもしれないが。
 ハンスはそうして得た、王宮の使用人達から仕入れた情報を報告する。
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