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2.動物と人間
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※二章には虫や爬虫類がでてきます。苦手な方は八哉の動向にご注意ください。
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昼前に飛び込んできたお客様は、なんだか様子がおかしかった。高級スーツを身にまとった初めて見る顔のダンディなおじ様だけど、探るような視線で注意深く店の中を窺っている。
陳列している商品を確認してはいるけれど、探しているというよりも探っているという表現が適切だろう。
ダンディなおじ様――仮に男爵と呼ぼう――は、店の中を一周した後、おもむろに僕に近づき、耳元でそっとささやいた。
「君、例の物を」
と。
反射的に僕は顔を横向けて、男爵をまじまじと見た。
息が耳に掛かってくすぐったかったからなのか、『例の物』でいけないものを想像してしまったからなのか、それともそれを求める男性の正体を想像して戦慄してしまったからか、とにかく全身に鳥肌が立っている。
「な、なんのことでしょう?」
震えそうになる声を必死に抑えて、冷静を装って聞いたものの、少し声が上ずってしまっていたのは仕方ないと思う。
「ふっ。隠さなくていい。金は準備しているんだ」
男爵は鼻で笑うと、にやりと口角を上げてニヒルな笑みを僕に向けた。
いったいこの店では何を扱っているのかと、僕は怖くなりながら、
「し、少々お待ちください。店長を読んできますので」
と、慌てて店長を呼びに行った。
いつもはひょうひょうとしていて変な人だけど、悪い人ではないと思っていた店長。でも実は何かの犯罪に絡んでいるのはないかと、僕は青くなった。もしかしたら、店員である僕も巻き込まれているのかもしれない。
お巡りさんの世話にはなりたくない。今ならばまだ、罪に問われずに済むだろうか? 僕は獣帝国を辞めることまで考えてしまった。
僕に呼ばれた店長は男爵の下へと向かうと、いつもと変わらぬのんびりとした笑顔で対応する。だけど男爵が僕の時と同じように耳元で何かをささやくと、表情が険しくなった。
それから二人は深刻な表情で相談を続ける。
僕も店内に居合わせたお客さんたちも、息を殺して緊張しながら、二人の様子を気づかれないようにそっと窺う。
そして、
「だ・か・らあ、ドラゴンの卵が欲しいって言っているんだ! いったい幾ら出せば譲ってくれるんだ? 一億では足りないのか? 値段を教えてくれ!」
と、男爵は叫んだのだった。
僕も店内に居合わせたお客さんたちも、体がかちーんと固まった。まるで蛇の頭を持つ三姉妹に出会ったかのように、石化した。
数秒して、まるで事前に打ち合わせていたかのように、一斉に腰から上を店長と男爵へと捻る。心の声は一致していただろう。
(今、なんと?!)
と。
大声を出したことを恥じたらしい男爵は、耳を少し赤くして、こほりとわざとらしい咳払いをしてから、声を潜めて店長に重ねて要求した。
僕もお客さんたちも、耳をゾウのように大きくしウサギのように立てて、内容を聞き取ろうと静かに拝聴する。
「隠さなくても知っているんだ。この店は異世界と取引していて、ドラゴンやスライム、オークなんかも販売しているんだろ? 公にはできないから、こっそりと」
そうだったのですか? お客様。この店の店員ですが、僕は知りませんでした。
てっきり子供たちの他愛もない噂話だと思っていたけれど、「この店ではスライムを売っているんだぜ」と言っていた小学生たちの話は、冗談だったわけではなかったようだ。疑ってごめんよ、小学生たち。
しかしドラゴン。とても大きくなりそうだけど、いったいどこで飼う気だろう? 山でも所有しているのだろうか? 生態系が壊れそうだ。
「残念ですが、うちでは生体販売は行っていないのです」
沈痛な面持ちで、店長が答える。
店長、生体云々の問題ではないと思います。まずドラゴンを売っている店はないと教えてあげてください。
「それも知っている。だからまだ生まれていない、卵を頼んでいるんだ」
なるほど。確かに卵は法律上、生体販売には当てはまらない。生体販売の許可を持っていないので卵を販売している業者がいるという噂は、聞いたことがある。
「しかしこの店では、卵も扱っていないのですよ」
「隠さなくていいと言っているんだ。実際にこの店でスライムやマンドラゴラを購入したという話が、ネットにあふれているんだ。頼むから」
と、そこで男爵は何かに気付いたように言葉を切った。
ネット情報ですか。どうしてそんな与太話を信じてしまったんだろう。たしかにドラゴンやスライムを飼ってみたいというのは、男なら一度は夢見るロマンかもしれないけれど。
「はっ、そうか、一見さんはお断りということか。やはり異世界の魔物を販売するには、信頼関係が必要だからな」
あごに手を当てて考え込んだ男爵はにやりと笑みを浮かべると、手近にあった犬のおやつを手に取りじっと見つめてから、
「今日はこれを買おう。オークの骨かな?」
と、目をキラキラと輝かせながら店長に差し出した。
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昼前に飛び込んできたお客様は、なんだか様子がおかしかった。高級スーツを身にまとった初めて見る顔のダンディなおじ様だけど、探るような視線で注意深く店の中を窺っている。
陳列している商品を確認してはいるけれど、探しているというよりも探っているという表現が適切だろう。
ダンディなおじ様――仮に男爵と呼ぼう――は、店の中を一周した後、おもむろに僕に近づき、耳元でそっとささやいた。
「君、例の物を」
と。
反射的に僕は顔を横向けて、男爵をまじまじと見た。
息が耳に掛かってくすぐったかったからなのか、『例の物』でいけないものを想像してしまったからなのか、それともそれを求める男性の正体を想像して戦慄してしまったからか、とにかく全身に鳥肌が立っている。
「な、なんのことでしょう?」
震えそうになる声を必死に抑えて、冷静を装って聞いたものの、少し声が上ずってしまっていたのは仕方ないと思う。
「ふっ。隠さなくていい。金は準備しているんだ」
男爵は鼻で笑うと、にやりと口角を上げてニヒルな笑みを僕に向けた。
いったいこの店では何を扱っているのかと、僕は怖くなりながら、
「し、少々お待ちください。店長を読んできますので」
と、慌てて店長を呼びに行った。
いつもはひょうひょうとしていて変な人だけど、悪い人ではないと思っていた店長。でも実は何かの犯罪に絡んでいるのはないかと、僕は青くなった。もしかしたら、店員である僕も巻き込まれているのかもしれない。
お巡りさんの世話にはなりたくない。今ならばまだ、罪に問われずに済むだろうか? 僕は獣帝国を辞めることまで考えてしまった。
僕に呼ばれた店長は男爵の下へと向かうと、いつもと変わらぬのんびりとした笑顔で対応する。だけど男爵が僕の時と同じように耳元で何かをささやくと、表情が険しくなった。
それから二人は深刻な表情で相談を続ける。
僕も店内に居合わせたお客さんたちも、息を殺して緊張しながら、二人の様子を気づかれないようにそっと窺う。
そして、
「だ・か・らあ、ドラゴンの卵が欲しいって言っているんだ! いったい幾ら出せば譲ってくれるんだ? 一億では足りないのか? 値段を教えてくれ!」
と、男爵は叫んだのだった。
僕も店内に居合わせたお客さんたちも、体がかちーんと固まった。まるで蛇の頭を持つ三姉妹に出会ったかのように、石化した。
数秒して、まるで事前に打ち合わせていたかのように、一斉に腰から上を店長と男爵へと捻る。心の声は一致していただろう。
(今、なんと?!)
と。
大声を出したことを恥じたらしい男爵は、耳を少し赤くして、こほりとわざとらしい咳払いをしてから、声を潜めて店長に重ねて要求した。
僕もお客さんたちも、耳をゾウのように大きくしウサギのように立てて、内容を聞き取ろうと静かに拝聴する。
「隠さなくても知っているんだ。この店は異世界と取引していて、ドラゴンやスライム、オークなんかも販売しているんだろ? 公にはできないから、こっそりと」
そうだったのですか? お客様。この店の店員ですが、僕は知りませんでした。
てっきり子供たちの他愛もない噂話だと思っていたけれど、「この店ではスライムを売っているんだぜ」と言っていた小学生たちの話は、冗談だったわけではなかったようだ。疑ってごめんよ、小学生たち。
しかしドラゴン。とても大きくなりそうだけど、いったいどこで飼う気だろう? 山でも所有しているのだろうか? 生態系が壊れそうだ。
「残念ですが、うちでは生体販売は行っていないのです」
沈痛な面持ちで、店長が答える。
店長、生体云々の問題ではないと思います。まずドラゴンを売っている店はないと教えてあげてください。
「それも知っている。だからまだ生まれていない、卵を頼んでいるんだ」
なるほど。確かに卵は法律上、生体販売には当てはまらない。生体販売の許可を持っていないので卵を販売している業者がいるという噂は、聞いたことがある。
「しかしこの店では、卵も扱っていないのですよ」
「隠さなくていいと言っているんだ。実際にこの店でスライムやマンドラゴラを購入したという話が、ネットにあふれているんだ。頼むから」
と、そこで男爵は何かに気付いたように言葉を切った。
ネット情報ですか。どうしてそんな与太話を信じてしまったんだろう。たしかにドラゴンやスライムを飼ってみたいというのは、男なら一度は夢見るロマンかもしれないけれど。
「はっ、そうか、一見さんはお断りということか。やはり異世界の魔物を販売するには、信頼関係が必要だからな」
あごに手を当てて考え込んだ男爵はにやりと笑みを浮かべると、手近にあった犬のおやつを手に取りじっと見つめてから、
「今日はこれを買おう。オークの骨かな?」
と、目をキラキラと輝かせながら店長に差し出した。
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