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母上
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目が覚めると、見慣れた離れの天井が目に映った。離れの寝室だ。体を起こすと、着物姿の女性がこちらに背を向けていた。
「母上…、」
久方に見るその女性を呼んだ。女性は振り向いて、こちらを寄ってきた。
「貧血、とのことです。問題ないようでしたら、私はこれで。」
そうか、私はあの話を聞いて倒れたんだ、当て馬になれという三人の話の場で…。一瞬で記憶が追いついたが、それについて考える間もなかった。
お辞儀をして出ていこうとする母がいたから。
「母上!」
「失礼いたします。」
引き留めも虚しく、襖を閉めて行ってしまった。大巫女になった日以来、仕事の場以外で母と顔を合わせることがなかった。親と子として話したのはここに来る前夜が最後だ。大巫女になってから母を母と呼べたのは今日が初めてだった。
時計を見る。呼び出されたのは9時ごろ、今は11時。2時間弱眠っていたということか。この時間ならまだ霧は夜の番についているのだろう。寝所の用意から何から投げ出して申し訳なかったな、と思いつつ寝室を出ると霧が夕食をとっていた。
「大丈夫でしたか?」
「霧さん、全部任せきりですみませんでした。」
「そんなことより貧血って…。」
霧は箸を置いて私の顔を心配そうに見ている。それほどひどい顔をしているのだろうか。
私は霧の向かいに座った。近くに置かれたポットから湯呑みにお湯だけ入れてそれを飲む。
「私は大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません。」
「顔色、ひどいですよ。明日、朝は私が行くのでお休みなさってたら?」
「朝には治ります。本当に大丈夫です。それより霧さん、今日は戻りが早いのですね。」
今度は霧さんの顔色が変わった。まさか何かあったのだろうか。
「何かありました?」
「何かあったというより、何もなかったのです…。」
「え?」
しない日は大御神からあらかじめ伝えられるが、今日は特に言われていなかったはずだ。
「その、一応はそういう感じになったのですが、大御神様の方が、その…。」
顔を赤くして俯いてしまった霧。確かに巫女である私たちは生娘だし、そう言ったことを口にする機会はまずない。私も同じように言葉を濁してしまうだろう。それに言わんとしていることは十分伝わってくる。
「わかりました。そろそろお互い限界なのかもしれませんね。」
「残念ですが、そのようです。女神様もいつまでも西の神社を空けておくわけにいかないですし、」
「そうですね、最終は今月末でしたか?」
「はい。その予定でした。もう後一週間ですね。」
あらかじめ、もしご懐妊が確認できなくても4月末日には戻るという約束があった。時間はたったひと月だ。戻ってまたひと月経てば妊娠していました、という可能性の方が十分にある。だからそこまで悲観的になるつもりはなかった。が、この様子だと期待はできそうにない。
今日の話は、引き受けなければいけないのだろう。
だが冷静になって考えれば、巫女がそのような端ない行動に出るなどあってはならないのでは?いくら生娘のままでとは言え、そんなことしていいものだろうか。
こんなこと相談できる相手はいない。先代の大巫女ももう亡くなっている。母はあんな感じだ、相談には乗ってくれないだろう。
もちろん、霧にもできない。霧の仕える女神に対して失礼なことだと思うからだ。
無意識にため息だでた。
「…大巫女様でもため息なんてつかれるんですね。」
霧にそう言われて気がつく。
「私もただの人間ですから。」
重圧に疲れ、喜怒哀楽があり、離れてしまった母にすがりたくなってしまうような、ただの人間なのだ。
「母上…、」
久方に見るその女性を呼んだ。女性は振り向いて、こちらを寄ってきた。
「貧血、とのことです。問題ないようでしたら、私はこれで。」
そうか、私はあの話を聞いて倒れたんだ、当て馬になれという三人の話の場で…。一瞬で記憶が追いついたが、それについて考える間もなかった。
お辞儀をして出ていこうとする母がいたから。
「母上!」
「失礼いたします。」
引き留めも虚しく、襖を閉めて行ってしまった。大巫女になった日以来、仕事の場以外で母と顔を合わせることがなかった。親と子として話したのはここに来る前夜が最後だ。大巫女になってから母を母と呼べたのは今日が初めてだった。
時計を見る。呼び出されたのは9時ごろ、今は11時。2時間弱眠っていたということか。この時間ならまだ霧は夜の番についているのだろう。寝所の用意から何から投げ出して申し訳なかったな、と思いつつ寝室を出ると霧が夕食をとっていた。
「大丈夫でしたか?」
「霧さん、全部任せきりですみませんでした。」
「そんなことより貧血って…。」
霧は箸を置いて私の顔を心配そうに見ている。それほどひどい顔をしているのだろうか。
私は霧の向かいに座った。近くに置かれたポットから湯呑みにお湯だけ入れてそれを飲む。
「私は大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません。」
「顔色、ひどいですよ。明日、朝は私が行くのでお休みなさってたら?」
「朝には治ります。本当に大丈夫です。それより霧さん、今日は戻りが早いのですね。」
今度は霧さんの顔色が変わった。まさか何かあったのだろうか。
「何かありました?」
「何かあったというより、何もなかったのです…。」
「え?」
しない日は大御神からあらかじめ伝えられるが、今日は特に言われていなかったはずだ。
「その、一応はそういう感じになったのですが、大御神様の方が、その…。」
顔を赤くして俯いてしまった霧。確かに巫女である私たちは生娘だし、そう言ったことを口にする機会はまずない。私も同じように言葉を濁してしまうだろう。それに言わんとしていることは十分伝わってくる。
「わかりました。そろそろお互い限界なのかもしれませんね。」
「残念ですが、そのようです。女神様もいつまでも西の神社を空けておくわけにいかないですし、」
「そうですね、最終は今月末でしたか?」
「はい。その予定でした。もう後一週間ですね。」
あらかじめ、もしご懐妊が確認できなくても4月末日には戻るという約束があった。時間はたったひと月だ。戻ってまたひと月経てば妊娠していました、という可能性の方が十分にある。だからそこまで悲観的になるつもりはなかった。が、この様子だと期待はできそうにない。
今日の話は、引き受けなければいけないのだろう。
だが冷静になって考えれば、巫女がそのような端ない行動に出るなどあってはならないのでは?いくら生娘のままでとは言え、そんなことしていいものだろうか。
こんなこと相談できる相手はいない。先代の大巫女ももう亡くなっている。母はあんな感じだ、相談には乗ってくれないだろう。
もちろん、霧にもできない。霧の仕える女神に対して失礼なことだと思うからだ。
無意識にため息だでた。
「…大巫女様でもため息なんてつかれるんですね。」
霧にそう言われて気がつく。
「私もただの人間ですから。」
重圧に疲れ、喜怒哀楽があり、離れてしまった母にすがりたくなってしまうような、ただの人間なのだ。
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