8 / 8
第八話【夏休み子ども電話相談編】
しおりを挟む
「会社休む?」
昨夜から熱を出してしまった山本だったが、朝起きても体調は回復していなかった。昨夜から看病にきてくれている彼女の穂花が山本の様子を見てそう言った。
「そうだな。この体調じゃ仕事にならないし、急ぎの案件もない。今日は休むよ。会社に電話する」
山本は電話を取り、会社へかけた。
「あ、課長、おはようございます。山本です。本日なのですが体調が悪くて、申し訳ないのですが、1日おやすみをいただきたいと、、、ええ、ええ、すみません。。。はい。あ、その件でしたら、池手名さんが対応できるかと、え?池手名さんが急用で休み。そうですか。。。ええ。明日でも問題ありませんので、明日、私の方から先方へ連絡しておきます。はい。ありがとうございます。それでは、失礼いたします」
「大丈夫だった?」
「うん。休むのは問題なかったんだけど、池手名さんも急用で休んでるみたいだ。仕事ができる、できないは別として、あの人、仕事は好きだからな。急用って、よっぽどの用事なんだろうな」
いぞう、仕事は全くできないのだが(本人だけはできると信じている)、滅多なことで会社を休んだりはしなかった。おそらく、よっぽどの用事なのだろうと山本は思った。
「明日は会社に行きたいし、今日はゆっくり休むよ。あ、そうだ、穂花、これ、一緒に聞こうよ」
山本はスマートフォンをスピーカーに接続し、ラジオアプリを起動した。
「ラジオ?珍しいね」
「うん、普段は聞かないんだけどさ、夏のこの時期、朝に夏休みこども電話相談ってのがやっててさ、これが結構面白いんだよ」
「どんなの?」
「こどもの疑問に対して先生が答えるって形なんだけど、質問がさ、子供ならではの発想っていうか、とても大人じゃ思いつかないような質問してさ、それに答える先生の回答も面白いんだ」
山本の言うこの「こども電話相談」という番組にはファンも多く、ちょっとした人気番組となっていた。
「へー、面白そう。例えばどんなの?」
「覚えているのは、そうだな…180cmのゴキブリがいたら、人間は勝てますか?とか」
「180cmのゴキブリって発想がすごいよね」
「そうなんだよ。でさ、先生の回答が、まずは戦わず話し合ってみよう。とか言うんだよ。それもおもしろくってさ」
「その先生も面白いね。いろいろ、面白い話がありそうだね」
「うん。あと、1年生の女の子だったと思うんだけど、世界は朝から始まったの?って質問もあった。担当の女の人がさ、どうしてそう思ったの?って聞いたらさ、お空を見ていて思いました。って」
「ステキ」
「ほんと、ステキだよね。でさ、先生の回答がさ、世界には朝のところもあれば夜のところもあるから、わからない。みたいな回答だった」
「いや、それは回答難しいよ。先生も大変だね」
「先生もすごく考えてて、大変そうだよ」
山本が穂花にひと通り番組の説明をしたところで、ちょうど一つの質問が終わろうとしていた。
「きっと、恐竜のお肉は美味しいんだねー。けんたくん、わかったかなー」
どうやら、けんたくんという男の子が『恐竜のお肉は美味しいか?』という質問をしていたようだ。
「はい。わかりました。ありがとうございました」
「けんたくん、質問ありがとうねー。じゃあねー。はい。けんたくんから、恐竜のお肉は美味しいのか?という質問でしたー。では次のお友達の質問にいきましょう。電話がつながったかな?もしもしー」
「はい。もしもし」
女の人の『もしもし』に対し、えらく低い声のもしもしが返ってきた。
「あれ、今度は少し大きなお友達かな。お名前と何年生か教えてくれるかなー」
明らかに小学生の声のトーンではないが、そういった声の子もいるのかもしれない。山本はそう思った。
「名前はいけてないぞう。学年は、そうだな。1年生ということになるだろうか」
山本と穂花は目を見合わせた。
「これ、池手名さんじゃない?」
穂花がびっくりした様子で言う。
「間違いないよ。あの人、会社休んでなにやってんだよ。それに、1年生ってどういうことだ…」
番組スタッフの慌てふためく様子がスピーカーから伝わってくる。それはそうだろう。小学生の質問コーナーに完全なるおっさんが紛れ込んできたのだ。応募の時、間違いなく、1年生と偽ったに違いない。
「あのー、いぞうくん。いぞうくんは、1年生なのかなー」
そんなわけないだろう。どこにこんな図太い声の小学1年生がいるんだ。
「そうだな。歳はそれなりに重ねてはいる。ただ、この番組は今年から聞き始めたんだ。だから、この番組の経験者という意味では1年生で間違いではない」
間違いだらけだ。
「あのー、いぞうくん。ここでの学年っていうのはそうではなくてね、小学校の何年生かっていう意味でね…」
「それは、あなたの考えだ。僕の考え方は違う。自分の考えを他人に押し付けるのは良くない」
(だめだ、お姉さん!それ以上何を言ってもこの人には無駄だ!)
山本はお姉さんにそう伝えたがったが、残念ながら伝えるすべがない。再び、スタッフのざわつく様子が伺えた。
「わかりました。では、いぞうくんの聞きたいことは何かなー」
どうやら、番組スタッフはいぞうの質問を受け入れ、早く対処してしまおうと考えたようだ。賢明だと山本は思った。
「仮面ライダーを知っているかい?」
「仮面ライダー?はあ、まあ…」
「彼の変身についてだ。彼が変身するとき、こんな説明があるんだ。『ベルトの風車に風力を与えることによって、仮面ライダーに変身する』と。しかし、これではさっぱりだ」
「はあ…あの、風車が回って変身するのではないでしょうか」
「だから、それがさっぱりだというんだ。風を与えると風車が回るところまではわかる。しかし、風車が回ると、なぜ仮面ライダーになれるんだい?この一番重要な部分の説明が割愛されているんだ。説明を頼む」
「はあ…あの、どなたか先生方、お願いできますでしょうか」
かつてないほど、思い空気がスタジオ内に流れている様子が伝わってくる。山本はラジオアプリを終了した。
「ごめん、具合が悪くなりそうだ。お姉さんや番組スタッフの方には申し訳ないが、逃げさせてもらう」
「うん。それがいいよ。なんか作るね」
彼の名は、「池手名 伊三(いけてな いぞう)」
世界一たちの悪い1年生である。
昨夜から熱を出してしまった山本だったが、朝起きても体調は回復していなかった。昨夜から看病にきてくれている彼女の穂花が山本の様子を見てそう言った。
「そうだな。この体調じゃ仕事にならないし、急ぎの案件もない。今日は休むよ。会社に電話する」
山本は電話を取り、会社へかけた。
「あ、課長、おはようございます。山本です。本日なのですが体調が悪くて、申し訳ないのですが、1日おやすみをいただきたいと、、、ええ、ええ、すみません。。。はい。あ、その件でしたら、池手名さんが対応できるかと、え?池手名さんが急用で休み。そうですか。。。ええ。明日でも問題ありませんので、明日、私の方から先方へ連絡しておきます。はい。ありがとうございます。それでは、失礼いたします」
「大丈夫だった?」
「うん。休むのは問題なかったんだけど、池手名さんも急用で休んでるみたいだ。仕事ができる、できないは別として、あの人、仕事は好きだからな。急用って、よっぽどの用事なんだろうな」
いぞう、仕事は全くできないのだが(本人だけはできると信じている)、滅多なことで会社を休んだりはしなかった。おそらく、よっぽどの用事なのだろうと山本は思った。
「明日は会社に行きたいし、今日はゆっくり休むよ。あ、そうだ、穂花、これ、一緒に聞こうよ」
山本はスマートフォンをスピーカーに接続し、ラジオアプリを起動した。
「ラジオ?珍しいね」
「うん、普段は聞かないんだけどさ、夏のこの時期、朝に夏休みこども電話相談ってのがやっててさ、これが結構面白いんだよ」
「どんなの?」
「こどもの疑問に対して先生が答えるって形なんだけど、質問がさ、子供ならではの発想っていうか、とても大人じゃ思いつかないような質問してさ、それに答える先生の回答も面白いんだ」
山本の言うこの「こども電話相談」という番組にはファンも多く、ちょっとした人気番組となっていた。
「へー、面白そう。例えばどんなの?」
「覚えているのは、そうだな…180cmのゴキブリがいたら、人間は勝てますか?とか」
「180cmのゴキブリって発想がすごいよね」
「そうなんだよ。でさ、先生の回答が、まずは戦わず話し合ってみよう。とか言うんだよ。それもおもしろくってさ」
「その先生も面白いね。いろいろ、面白い話がありそうだね」
「うん。あと、1年生の女の子だったと思うんだけど、世界は朝から始まったの?って質問もあった。担当の女の人がさ、どうしてそう思ったの?って聞いたらさ、お空を見ていて思いました。って」
「ステキ」
「ほんと、ステキだよね。でさ、先生の回答がさ、世界には朝のところもあれば夜のところもあるから、わからない。みたいな回答だった」
「いや、それは回答難しいよ。先生も大変だね」
「先生もすごく考えてて、大変そうだよ」
山本が穂花にひと通り番組の説明をしたところで、ちょうど一つの質問が終わろうとしていた。
「きっと、恐竜のお肉は美味しいんだねー。けんたくん、わかったかなー」
どうやら、けんたくんという男の子が『恐竜のお肉は美味しいか?』という質問をしていたようだ。
「はい。わかりました。ありがとうございました」
「けんたくん、質問ありがとうねー。じゃあねー。はい。けんたくんから、恐竜のお肉は美味しいのか?という質問でしたー。では次のお友達の質問にいきましょう。電話がつながったかな?もしもしー」
「はい。もしもし」
女の人の『もしもし』に対し、えらく低い声のもしもしが返ってきた。
「あれ、今度は少し大きなお友達かな。お名前と何年生か教えてくれるかなー」
明らかに小学生の声のトーンではないが、そういった声の子もいるのかもしれない。山本はそう思った。
「名前はいけてないぞう。学年は、そうだな。1年生ということになるだろうか」
山本と穂花は目を見合わせた。
「これ、池手名さんじゃない?」
穂花がびっくりした様子で言う。
「間違いないよ。あの人、会社休んでなにやってんだよ。それに、1年生ってどういうことだ…」
番組スタッフの慌てふためく様子がスピーカーから伝わってくる。それはそうだろう。小学生の質問コーナーに完全なるおっさんが紛れ込んできたのだ。応募の時、間違いなく、1年生と偽ったに違いない。
「あのー、いぞうくん。いぞうくんは、1年生なのかなー」
そんなわけないだろう。どこにこんな図太い声の小学1年生がいるんだ。
「そうだな。歳はそれなりに重ねてはいる。ただ、この番組は今年から聞き始めたんだ。だから、この番組の経験者という意味では1年生で間違いではない」
間違いだらけだ。
「あのー、いぞうくん。ここでの学年っていうのはそうではなくてね、小学校の何年生かっていう意味でね…」
「それは、あなたの考えだ。僕の考え方は違う。自分の考えを他人に押し付けるのは良くない」
(だめだ、お姉さん!それ以上何を言ってもこの人には無駄だ!)
山本はお姉さんにそう伝えたがったが、残念ながら伝えるすべがない。再び、スタッフのざわつく様子が伺えた。
「わかりました。では、いぞうくんの聞きたいことは何かなー」
どうやら、番組スタッフはいぞうの質問を受け入れ、早く対処してしまおうと考えたようだ。賢明だと山本は思った。
「仮面ライダーを知っているかい?」
「仮面ライダー?はあ、まあ…」
「彼の変身についてだ。彼が変身するとき、こんな説明があるんだ。『ベルトの風車に風力を与えることによって、仮面ライダーに変身する』と。しかし、これではさっぱりだ」
「はあ…あの、風車が回って変身するのではないでしょうか」
「だから、それがさっぱりだというんだ。風を与えると風車が回るところまではわかる。しかし、風車が回ると、なぜ仮面ライダーになれるんだい?この一番重要な部分の説明が割愛されているんだ。説明を頼む」
「はあ…あの、どなたか先生方、お願いできますでしょうか」
かつてないほど、思い空気がスタジオ内に流れている様子が伝わってくる。山本はラジオアプリを終了した。
「ごめん、具合が悪くなりそうだ。お姉さんや番組スタッフの方には申し訳ないが、逃げさせてもらう」
「うん。それがいいよ。なんか作るね」
彼の名は、「池手名 伊三(いけてな いぞう)」
世界一たちの悪い1年生である。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる