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第19話【デリートマンの友達⑩】

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中元一平。

麻里が偽造メールを送らせた不倫相手だった。麻里との関係はまだ続いているが、もう旦那がいないので正確に言えば現在は不倫ではない。ずるずると関係を続けてはいたが、正直なところ、麻里はこの男を切りたかった。計画を話したわけではないが、計画の一端を背負わせている。もしかすると、何かに気づいているかもしれない。

すべてがうまくいった今でも、麻里は『あの計画』とつながるものは、できれば近くに置いておきたくなかった。人でも、物でもだ。

『あの計画』とは、行きずりの男と寝たときに思いついた、旦那の殺害計画だ。行きずりの男は、灰田はいだといった。

その灰田の家で周波数発信機を見たとき、心臓を患っている旦那に心臓発作を起こさせることを思いついたのだ。その話をしたとき、灰田はこの装置を作った友人、阿久沢あくざわも仲間に入れようと提案した。阿久沢は切れ者ということだった。

そして、麻里たちは3人で計画を考えた。いや、3人というより、実際には阿久沢1人で考えたようなものだったが。
阿久沢は、旦那を人気のないところへおびき出し、周波数発信機を使い高周波の超音波を旦那に浴びせるというシンプルな計画を考えていたが、どうやっておびき出すかに頭を悩ませていた。

灰田は、直接手を下すわけではないので、『別に人気があってもいいのではないか?』と言っていたが、それだと成功して旦那が心臓麻痺を起して倒れても、すぐに人が駆けつけてきてしまう。かと言って無理やり人気のないところへ連れ出そうとすれば、人目につく。阿久沢が『できる限り自然に誘導したい』と言ったとき、旦那の母が入院している病院への道を思い出した。家から病院まで最短のルートだと、尻無川沿いに人気のない道がある。

そして相談の結果、旦那にその道を歩かせようということになった。
最初、麻里は家に病院から電話がかかってきたふりをして、『お義母さんが危篤!』とでも言おうかと考えたが、それだと自転車や車を使ってしまう。確実に歩かせるために、夜のウォーキング中を狙おうということになった。
旦那は店が暇な日、店を早く閉めてウォーキングに出ることがあった。

そのときに病院からと思わせて呼び出せばいい。一番良い手段は電話だ。しかし、麻里の声は気づかれるし、男二人も病院スタッフのふりをする自信がないとのことだった。

そこで阿久沢が思いついたのがメールだった。メールを偽造できれば、誰が書いたなどわからない。さらに、病院からではではなく、母親のふりをしてメールを送ることができれば、より効果的だ。

阿久沢からその話を聞いたとき、そんなことできるのかと思ったが、パソコンに詳しい人なら、差出人メールアドレスを偽造するくらいできるだろうということだった。ただ、阿久沢は周波数発信機を作れる技術を持ってはいたが、パソコンには詳しくなかった。

そのとき、思いついたのが中元だった。
営業的な仕事もしていたが、システムエンジニアだともいっていた。システムエンジニアだったらパソコンに詳しいはずだ。麻里は中元に偽造メールを送らせようと決意した。

ただ、言ってしまえば、中元とは体だけの関係だった。それがダラダラ続いる。そんな相手に対して、

『旦那に偽造メールを送って』

とお願いして、素直に『はいわかりました』と言ってもらえるはずがない。いろいろ聞かれるに違いない。そうならないようにするため、灰田、阿久沢には友達にメールを送らせる準備をするから、少し時間がほしいといった。

阿久沢は知り合いに頼んでやると言ったが、麻里はこれ以上計画を知る人間を増やしたくなかった。それに、それほど時間もかからないと思った。なぜなら、自分は中元とは体だけの関係でよかったのだが、中元はそうではないと感じていたからだ。麻里は自分に対する中元の愛情を感じていた。

中元がそれ以上を望んでこなかったのは、麻里に合わせてくれているだけだと、そう思っていた。それから、麻里は中元に対して本気になったふりをした。旦那との離婚を匂わせながら、何度も中元と一緒になりたいと言った。するとやはり、予想通り中元もそれに応えるように自分に熱を上げてくれた。

こうなれば、頼みやすい。
まず、義母がもう長くないことを伝え、旦那が義母と不仲で、会おうとしないと嘘をついた。そして、旦那とは離婚するつもりだが、最後、旦那に義母にはどうしても会ってほしい。ただ、自分の頼みは聞いてくれないので、なんとか、無理やりにでも会わせたいと考えているので、どんな手段を使ってでも義母に会ってほしいのが自分の考えだと、中元に伝えた。

中元が『何か考えがあるのか?』と聞いてきたので、偽装メールの考えを明かした。冷静に考えればおかしなところがあるかもしれないが、中元は疑わなかった。
『送信アドレスを義母のアドレスに変更して旦那にメールを送ることはできる。そういうことなら協力する』
と中元は言った。

中元には、普通にメールを送っても旦那は行かないから、麻里の言うタイミングで、麻里の言った内容でメールを送ってほしいと伝え、待ってもらうことにした。

ここまできて、麻里はもう一度、灰田、阿久沢と話し合った。その結果、計画が決まった。決行は、暇でお店を早く閉める日。お店を早く閉めるのはいつも月~木のどこかの平日。ただ、週によってどの曜日になるかわからないので、決行する週のこの四日間は灰田、阿久沢はいつでも動けるように待機。

中元にも、いつでもメールを送れる状態にしてもらい、準備しておいてもらう。店を早く閉めることが分かったら、ウォーキングに出た旦那の頃合いを見計らって、中元にメール送信を指示。メールの内容は『急いで病院に来てほしい』などでいい。

中元には不仲と言っているが、実際そんなことはないので、その内容で旦那は病院に急行するはずだ。その後、人気のない道で待ち伏せしている灰田が、周波数発信機を使って高周波を旦那に浴びせる。この時点で旦那が倒れなければ、計画は終了。

何もなかったことにして終わらせ、メールについても何も知らないで通すことにしていた。もしうまくいって旦那が倒れれば、灰田は倒れた旦那の携帯をポケットから取り出し、偽造した受信メールを削除。その後、携帯を旦那のポケットへ戻し、その場を去る。

この間もし誰かに見られて人が来た場合、灰田は倒れている人がいたから心配になって様子を見ていたことにする。そして、阿久沢が野次馬の体でそこへ駆けつけ、証拠になる周波数発信機を灰田から受け取り、阿久沢はその場所を離れ、灰田は心配してかけつけた人としてそこへ残る。

これが、麻里たちの立てた計画だった。
計画は、話がまとまった翌週の火曜日、実行された。メール、心臓麻痺、携帯受信履歴削除、目撃者なし。すべてがうまくいったので、阿久沢の出番はなかった。計画が終了次第、麻里は阿久沢から連絡が来ることになっていたので、店の閉店準備をせずに待っていた。麻里がカウンターで連絡を待っているとき、常連客の一人が酔っ払って入ってきた。そのとき、麻里は心臓が口から出そうなくらい驚いたが、予定外のことはそれくらいだった。

しばらくして旦那は倒れているところを発見され、病院に運ばれたが死亡が確認された。
病院から電話がかかってきたとき、麻里はすべてが計画通りで歓喜の声をあげそうになったが、しっかりと取り乱した。悲劇の妻を演じることなど、麻里にはたやすかった。

阿久沢の案で、保険金は受け取らず義母へすべて渡した。元々、穴だらけの計画だ。警察に本気で調べられたらボロが出る。だから保険金目当ての殺人とか、少しでも疑わせるなというのが阿久沢の考えだった。疑われなければ、事故として処理されるはずだと阿久沢は言った。

麻里にしてみても、もともと保険金目当てではないのだ。店さえ手に入ればそれで十分だった。結果は、阿久沢の狙い通りになった。それほど疑われることもなく、事故として処理されたのだった。麻里も警察にいろいろと聞かれたが、事件性はないということで落ち着いた。阿久沢は、見返りを求めてこなかった。

自分の作ったもので人を殺せたことが満足らしい。初めて会ったときから感じていたが、人間味がなく、どこか狂った男だった。灰田には散々自分を好きなように抱かせていたので、それ以上何も与えてやる必要はない。

問題は、中元だった。
この『事故』がニュースで取り扱われたのだ。中元がそれを見て、自分がメールを送ったのがウォーキング中に心臓麻痺で死んだ男だと知った。麻里は何があったのかしつこく中元から聞かれたが、ただの事故で突っぱねていた。中元は納得していないようだったが、それでも麻里は何も話さなかった。

しばらくして、中元はこの件に関して麻里に何も聞いてこなくなったのだが、納得した訳ではないだろう。というより、自分が何かの方棒を担がされたという疑いを持っている気がした。疑ってはいるが、中元もそれを知るのが怖くてきけないのかもしれない。そう、麻里は思っていた。もしそうだとすれば、麻里達の計画について、中元は何か気づいているかもしれないということになるのだ。

その中元が、今、麻里の目の前に立っている。旦那の名前で偽造メールを麻里にに送ってきたのも中元だろう、そしてそれは、おそらく田坂の指示だと麻里は思った。

(この二人は、知り合いなのか)

追い詰められていく。麻里は、そう感じていた。

(一人では、もう逃げれないかもしれない)

麻里はスマートフォンを握りしめた。

「田坂、オレは…何をしてもーたんや」

「中元、全部、説明するよ。それから、あんた」

まっすぐに麻里を見る田坂。

「店を閉めろ。今日で終わらせる」

「は?何言ってるの?」

「あんたのために言っている。ここから先は、3人で話した方がいいぞ。あんたにとっても他に知られたらまずい話になるからな」

(まあ、そうだろう)

「中元はな、メールを偽装してしげさんに送ったことを認めた。お前に頼まれたこともな。おれたちは親友なんだ。誤算だったな」

(そこがつながってたのか。だから、こいつはいろいろと知ったんだ。確かに誤算だ)

「そんな証拠、どこにもない」

(とりあえず、中元は切ろう)

「中元、こいつはこういう女だ。自分に不利になるとわかった瞬間、『愛している』はずのお前を簡単に切るんだよ。お前が利用されたことは明白だ」

「まり…お前は…」

「いっぺいくん、私はあなたに、何も言ってないし、何も頼んでない」

「腐った本性が出てきたじゃないか。それでこそ、お前らしい」

「言っとくけど、警察に行ったって無駄よ。証拠なんて何もない。1年前に事故として処理されたの。決定的な証拠でもない限り、捜査なんてされない」

そのはずだ。そして、決定的な証拠などあるはずもない。麻里はそう確信していた。

「勘違いするな。誰も警察に行くなんて言ってない。実際のところ、お前がしげさんを人気のないところへ誘導したあと、どうやって心臓麻痺を起させたかもわかってないからな」

「なにそれ?じゃあ、警察に私を捕まえさせて、この店を終わらせるなんて無理だね」

(この男は何も証拠なんてつかんでない。私の杞憂に終わってくれそうだ)

「この店を終わらせる?何の話だ?」

田坂が麻里をまっすぐに見る。

「あんたが言ったんじゃん。『終わらせる』って。この店の話でしょう」

「あんたとは本当にかみ合わないな。終わらせるのはこの店じゃない。『店を閉めろ』と言ったのは、3人で話すためだ」

「じゃあ、何を終わらせるのよ?」

麻里が中元を見る。

「わたしといっぺいくんの関係?」

「田坂、お前の言ってることがよーわからへん。ほんで、お前、田坂やんな?口調も違うし、お前、顔が…表情が…別人みたいやぞ」

「中元、安心しろ。田坂だよ。ただ、今は怒りを通りこして、自分でもよくわからない状態になってるんだ」

「田坂…」

「わたしといっぺいくんには、元々なんの関係もないよ」

バンっ!!
田坂が勢いよくロックグラスをカウンターにたたきつける。氷が飛び出し、カウンターを滑っていく。

「おまえ、何言ってんだ?」

田坂の表情がさらに険しくなる。

「あなたが『終わらせる』って言ったんじゃない!お店でも、この男との関係でもなければ何よ!」

「お前だよ」

「は?」

「お前を終わらせる。金城麻里、お前は、終わりだ」

(こいつは、何を言ってるんだ?)

「終わらせれるもんなら、終わらせてみてよ」

(こいつは何とかして自分の罪を認めさせるつもりだろう。でも、絶対に認めない。今、手に入れてるものを何一つだって手放さない!)

麻里は『共犯者』へメッセージを送った。阿久沢なら、何とかしてくれるはずだ。

「3人じゃなく、5人で話そうよ」

麻里は田坂を見てにやりと笑った。

「お仲間か?ちょうどいい。じゃあ、来るまで飲んで待ってよう。中元、突っ立ってないで、まあ座れよ」

田坂は中元を見て笑った。その笑顔があまりにも恐ろしく、中元はその場に立ちつくしたまましばらく動けなかった。
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