29 / 32
第四部 『スパルタン』は死なない
第二十九話 嵐のあとで
しおりを挟む
白い装甲に身を覆われた男はため息を吐く。
吐きながら右手に握った『アサルトライフル』の腹にもう弾が無くなった弾倉を吐き出させるために、親指上側にあるリリースボタンを押し込んで乱暴に振るった。
直後。
なにからも拘束されることがなくなった弾倉が宙を舞い、
重力に引かれる様に地に落ちた。
『・・・・・・・・・・・・・・・・。』
もう弾が無くなってしまった武器には用事がない。
そう思いながら、
右手の武器を『アイテムボックス』に仕舞った。
そして、今ある弾倉からどれが使えるかを考えながら、
『メニュー画面』を操作していく。
そうして男の手には、
『・・・・・・ま、今の状態だとコイツがピッタリか。』
分厚く長い照準器が取り付いている武器、『バトルライフル』が握られていた。
どちらかと言えば、不適切かと思われるのだが実際にはそうではない。
全弾発射は出来ないが、三発しか連射できないは出来る。
そして、この男、『ケンジ110』にはとある能力がある。
それは、
『・・・・・・・・一発目が急所に必中なら後の二発は単なるおまけだ。いちいち、一体ずつにありったけの弾丸をぶち込む必要なんざねぇさ。』
一体どの口が言うか、それは神のみぞ知る。
だが、ケンジの言う通りだった。
一発目は必ず急所に必中となる。
それ故に、たった三発だけでも申し分はない。
・・・・・・・・であれば、だ。
それが分かっているのなら『アサルトライフル』を使う必要はなかったのではないか?となるのだが、
その理由は至ってシンプル。
簡単なモノだった。
それは、
『・・・・・・・・・いちいち取り換えるのって面倒だよな。』
そう。
面倒だったのだ。
そうして歩いていく間にも『魔人種』の何体かがケンジに襲い掛かってくる。
飛び掛かってくるそれらを、
『・・・・・・ったく。』
容赦することなく処理して進んでいく。
その姿は、まるで死神のようであり、
天使とは全く違ったモノだった。
しかし、
『・・・・・・・・面倒ったらありゃしねぇなぁ、おい。』
地に生を受けたモノを、
天に還すという意味では合っていると言えた。
・・・・・・・本人からしては断固として首を振るだろうが。
『・・・・・・・・・・?・・・・・・これがなかったら問題ないんだがなぁ。』
そう言いながらケンジは、
弾倉を吐き出させ、
『・・・・・・・・空になった!・・・・・・・・再装填!!』
背中から伸びてきたアームに掴まれた弾倉に、
『バトルライフル』の腹を突き刺した。
初弾を送り込むために左手でチャージングハンドルを引っ張ろうとして、
「クタバレェェェェェ、化ケ物ガァァァァァァァァァ!!!!」
大きく上段に振り上げられた剣に気付き盾を構える。
衝撃。
しかし、力ではケンジの方が遥かに上である。
その証拠に、
「アァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
襲い掛かってきた一匹は自身の得物を落としていた。
盾の強度もさることながら、
どうやら当たった反動で取りこぼしたのだろう。
・・・・・・・・・・・情けねぇ。
声には出さずにチャージングハンドルを掴むと、
思いっきり伸ばし、
ある程度の長さまで伸ばすとパッと離した。
瞬間、
カチリ、と音がした。
フッ、と軽く微笑むようにして、
『・・・・・・・・それじゃあな。』
銃口を悶えている一匹に向け、
引き金を引き絞った。
三連射。
乾いた銃声が三つ鳴った。
一発目は頭部に当たり、
二発目は胴体に当たり、
三発目は脚部に当たった。
弾が当たった反動で身体を背後に反りながら、倒れていくその姿を、
ケンジは気にすることなく、
次の獲物に狙いを定めて、
一匹、一匹、着実に仕留めて行った。
そして歩いて行く彼の道横には、
何体もの『魔人種』の亡骸が仰向けになっていた。
『・・・・・・・・・・面倒くせぇ。』
一体ずつ処理していくケンジであったが、
面倒なことには変わりがなかった。
一体ずつの処理スピードは早いと言えば早いだろう。
ただ一体ずつという意味では、
面倒なこと、この上なかった。
故に、
ケンジは思い、呟くのだ。
『・・・・・・・・・面倒くせぇ。』
せめて、この場にレオナか、
もしくはケイトのどちらかが居れば少しは楽になるのだが。
それでも、ケンジのやることには変わりはないだろう。
こうして一体ずつ、処理していくことに変わりはないのだから。
ということは、
『・・・・・・・・・面倒くせぇ。』
ということになり、
面倒なことには変わりはない。
しかし、そう文句は言えども、
現状を打破しなくはならないわけで。
現状を打破するためにはこの現状を生み出した『ろくなことを考えない野郎』をどうにかしなければないというわけで、
それつまりは、
『・・・・・・・・・面倒くせぇ。』
ということになる。
楽なことをしたいのは、誰もが同じく考えて、
思うことだろう。
しかし、
そうは上手くいかないというのが現実であって、
それは今のケンジの状況をそのままと言ってもおかしくはなく、
『・・・・・・・・・面倒くせぇ。』
ということに変わりない。
生きるということに面倒は感じなかったが、
現状は面倒なこと、この上ない。
進めども、
進めども、
先に居るのは『襲うことしか出来ない能無し』だ。
しかし、それらでもケンジの足を止めることは出来ない。
何故ならば、
ケンジは『頭のネジがおかしな方向に曲がった連中』であり、
そして『バイオス』はそんなケンジにとっての仇敵だ。
止めようと襲ってきても止めることはない。
止められることはない。
故に、
ケンジは呟くのだ。
『・・・・・・・・・面倒くせぇ。』
と。
襲って来ては倒し、
襲って来ては倒す。
徐々に自分は何かしらの夢を見ているのではないだろうか、
そう思えてくる。
だが、
悲しいことにこれは現実。
現実であるのだ。
ただ、夢かもしれないと思えるのは、
「死ネェェェェェェェェェェェ!!!!化ケ物ガァァァァァァァァ!!!!」
襲ってくるのが化け物に似た弱者であり、
自身がヒトに似た絶対強者ということだった。
だからこそ、だ。
だからこそ、思うのだ。
『・・・・・・・・・面倒くせぇ。』
と。
そう思っていると、
もう既に何回かの再装填を終えたせいか、
弾倉が無くなっていることに気が付いた。
『・・・・・・・・・面倒くせぇ、な!!!!』
『メニュー』操作を放棄して左腕の盾を大きく振りながら、
『挽き肉製造機』の引き金を押し込んだ。
六つの銃身が回転し、
一つ一つの弾丸を、
計六つの弾丸が弾き出される。
六つの弾丸は、
ケンジの前に居たそれぞれの頭部に直撃し、
被弾した六体は当たった反動で身体を後ろに反らしながら倒れていく。
しかし、
ケンジにはその様子を見る暇はなかった。
武器を手に持った一体が来ていたからだ。
腕を振る。
だが、
「クタバレェェェェェェェェェェェ!!!!」
いつの間にか反対側からやって来た一体が大きく武器を振り被り、
『誰がくたばるかよっ、クソッたれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
間に入ってきた一体に向けて右腕を向けて、
親指を押し込んだ。
だが、
感じるはずの感触がなかった。
『・・・・・・・・・・っ!?』
本来、訪れるはずの光景が訪れないことにケンジは驚愕し、困惑した。
・・・・・・・・何故だ!?なんで出ねぇんだ!?
ケンジは考える。
しかし、時は現在進行形で進んでおり、
止まることなど有り得ない。
少し、
また少し、
大きく振りかぶった剣をケンジに叩きつけるために、
『魔人種』を歩を進めていく。
ゆっくり、
ゆっくりと、
ほんのわずかに進んでいく時間の中で、
ケンジは思考を巡らせる。
しかし、
思い浮かんできてはすぐには実行できない案ばかりが浮かんできては消えていく。
そして、
ケンジはふと自身の右腕を見た。
そこには、
自身が作り、
使い込んできた長年の相棒、
『一発限りという読んで字の如くの必殺武器』があった。
それを見て、
ケンジは鼻で笑った。
そうだ。
何故ならば、
『・・・・・・・・お前を使ってた俺が忘れるとはなっ!!!』
・・・・・・笑えちまうぜ、全くよぉ!!!
そして、
ケンジは後ろに引いていた身体を、
前に、
ただ前に、
押し出した。
そのことに、
振り被った『バイオス』は奇妙に思っただろう。
何故ならば右腕を前に突き出して進んでくるのだから。
何を思っているのか、理解は出来ないだろう。
避けるために後ろに引くのではなく、
当たるために身体を前に動かすのだから。
理解することは出来ないだろう。
何故ならば、
ケンジは普通の人ではなく、
死を欲した戦闘狂なのだから。
大した思考力も持ちえない『バイオス』にはそれは分からない。
故に、
身体に衝撃が来たその瞬間に何が起こったのか、
それには理解が出来なかった。
・・・・・・・・・・いや。
ただ一つ、
ただ一つだけ、
理解しているのであるだろう。
それは、
『・・・・・・・・いやぁ、慣れってのはいかんね、どうにも身体が鈍っちまうぜ。』
狩る存在であった自身が命を落とし、
狩られる存在であったケンジが生きているということだけだ。
・・・・・・・それを理解しているのかは怪しいところではあるが。
それでも、
変わらないことがある。
それは、
『さて、と。・・・・・・量が多いみたいだし、ちと本気でも出しましょうかね。』
一人の狩人を目覚めさせたということだ。
手に持った『バトルライフル』を振り捨てる様に、
右手を大きく振った。
乾いた音を出しながら跳ねていく銃器を他所に、
ケンジはワイヤー付きのリングを親指に引っ掛けた。
腕を垂らす。
そして、
『スゥ・・・・・・・・・、』
ゆっくりと息を吸い、
『ハァ・・・・・・・・・。』
ゆっくりと息を吐いた。
その間、
何を思ったのか『バイオス』は動くことはなかった。
それまで止めるために動いていたのに、だ。
・・・・・・・・・いや、
動けなかったというのが正しいのだろう。
そして、ケンジは歩き出す。
それは端から見れば、死を求める様に見えたことだろう。
しかし、ケンジにはその気はなかったし、そうしようとも思わなかった。
何故なら、
『・・・・・・・・・「戦うことしか脳にない戦闘狂」は死なねぇ。』
『スパルタン』は死なない。
それは英雄を求めて生まれた言葉だったか、
もしくは英雄にさせるために生まれた言葉だったか、
どの様な意味で生まれた言葉だったか、それは今のケンジには分からない。
ただ一つ。
そう、
ただ一つ、分かることがあるとすれば。
今の自分は英雄でも何でもないただの阿呆だということだけだ。
それを証明するかのように先程と同じく数体もの『バイオス』が襲い掛かる。
だが、接近を許すケンジではない。
左腕の『挽き肉製造機』が、咆哮する。
一体、また一体と。
数発の弾丸に身体を貫かれ、ただの肉片へと変わっていった。
しかし、たとえそうなったとしても、
『バイオス』達は歩みを止めることはなかった。
一歩も後ろに引かないそれらを見て、ケンジは舌を打つ。
・・・・・・・・・数が多いな。
的の数が多ければ、それだけ弾の消費は激しくなる。
幸いにも弾の消費を気にすることなく使えるのが、この『挽き肉製造機』の利点ではあるのだが、
しかし、無限に弾を撃つことは出来ても弱点はあるのだ。
脳内に警告音が聞こえると同時に、
急に弾を出さずに数回だけ、空回りを起こし、止まった。
弾を撃つ出す銃口からは蒸気が立ち上る。
・・・・・・・・オーバーヒートっ。
内心で舌を打つ。
熱エネルギーを放出することが出来なくなって蓄積したのだ。
そして、蓄積された結果が今に至る。
・・・・・・・・ったく、相も変わらずのじゃじゃ馬だな、コイツは!!!
残弾を気にすることなく、ほぼ無限に撃てるのは利点ではある。
だが、その利点を無しにしてしまうのが、これだ。
唯一の弱点ではあるのだが、それを抜きにしても、
・・・・・・・・・熱が冷めるに時間が掛かるのがな。
それが難点ではあった。
使い物にならなくなった現状では破棄してしまうのが一番効率がいいと思える。
事実、
それを隙だと思った何体かが駆け出すのが目に見える。
その内の数体が手に銃器に似たなにかを握って、こちらに狙いを定めようとしているのが、目に映る。
状況を見れば、不利にしか見えない。
見えないのだが、
ケンジは笑っていた。
それは死への恐怖か?
いや、違った。
何故ならば、
『ハッ、・・・・・・・遅すぎだろうが。』
なぁ?と誰かにケンジは問う。
だが、その先に、
その問いに答える者は誰もいない。
そう。
誰も居ないはずだった。
そのため、
突如として自身を吹き飛ばす様に起こった爆発に『バイオス』達は気付くことが出来なかった。
そう、
誰が予想しようか。
誰も居ないはずなのに起こるはずのない爆発が起こるなど。
誰が予想出来ようか。
誰もいなかったはずなのに、
「・・・・・・申し訳ありません、我が主。少し手間取ってしまいました。」
ケンジの前に、
白い外套に、フードを頭に深く被った人物が現れることなど。
その人物はケンジを前にして、深く頭を下げた。
「予想はしていましたが、ここに来るまでに多くの『バイオス』に足止めを受けまして。謝罪します。」
「・・・・・・・・ja。・・・・・・・・ごめんね、チーフ。」
動きやすそうな服装をした緑色の髪を揺らしながら、
爆発を起こしその文字通りに吹き飛ばした張本人が現れる。
その張本人は謝る気があるかないのかよく分からない口調で言う。
彼女のその態度にケンジは微笑んで、
『気にするな、レオナ、ケイト。』
気にすることではないと、
そう、言葉を返しながら、
ああ、と思い付いたかのように続けて、
『で、やれるか?』
と二人に訊いた。
二人はケンジの言葉に何を?とは疑問を返さず、
「nein。まだ捕捉できていませんので、難しいかと。」
「・・・・・・・・ja。・・・・・・・・右に同じく。」
その返しにケンジは唸る。
『そうか、出来てないか。下にはまずいないと思ったんだがなぁ。』
どうしたもんだか、と再び唸った。
そんなケンジに、
「ですが、マスター。もし、もしですよ?その指揮官がいたとして、です。」
レオナはそう言うと言葉を続ける。
「その人物をどうするのですか?」
彼女が何を考えてそう訊いてくるのか、
どういう意図があってのことかはケンジには分からない。
・・・・・・・・だが。
だが、一つだけ。
一つだけはケンジの中で分かっていることがある。
それは、
『決まってるだろ、レオナ?』
笑うように言葉を続ける。
『ぶっ飛ばす。』
言った。
止めろと言葉で訴えるなどではない。
ぶっ飛ばす、
ケンジはそう言ったのだ。
もう既に決まってることなのだ、これは。
群れを率いて地上を攻めた。
そして、負けたのだ。
その責任を果たせ、とはケンジは言うつもりはない。
何故なら、
ここはケンジが生まれ生きた世界ではないのだから。
故に責任を追及しようとは思わない。
攻めて、負けた。
そして、撤退した。
その判断は恐らくは正しいだろう。
ただ、
ただ、その選択は取るべきではなかった。
再び攻めてくる可能性がある以上は野放しにしておくつもりはケンジにはないし、
ただで逃がすつもりもない。
何故ならば、
『ケンジを含めたプレイヤー七人の集まり』が作った最高傑作を攻撃したのだ。
その行為に腹を立てない者が何処に居ようか。
それも一度ではない。
二回だ。
二度の攻撃を許したのだ。
二度もあれば、次も。
三度目の攻撃もあると考えていいだろう。
そして、三度目の攻撃。
次の攻撃で砦は崩れる。
であれば。
であれば、ケンジが取るべき選択はただ一つ。
二人に言う。
『ここで終わらせるぞ。』
そうだ。
終わりにするのだ。
これが終わるはずの夢の続きだとしても、
終わりにするのだ。
ケンジの言葉に二人は頷く。
「ja。了解です、マスター。貴方がそうお決めになられたのであれば我々は従うのみです。」
「・・・・・・・・ja。・・・・・・・・右に同じ。・・・・・・・・チーフが決めたなら従うよ?」
二人の返事にケンジは頷きながら、
・・・・・・・・・有り難いねぇ。
感謝していた。
だが、それをするにしても問題がある。
それは、
「ですが、マスター。先ほども伝えましたが、目標を捕捉できておりません。」
「・・・・・・・・ja。・・・・・・・・どうするの、チーフ?」
『そこなんだよな・・・・・・。・・・・・・・・って言っても何処に行くのか、分かってるが。』
何処に?と二人は首を傾げる。
その二人にケンジは静かに伝える。
『ほら、あそこだ。俺が降りる時になんかデカいのがあっただろ?』
「ja。そう言えば、ありましたね。」
「・・・・・・・・あったっけ?」
ケンジの言葉にレオナは頷く。
だが、ケイトは疑問する。
そんな彼女に伝える時間はさほど残されてはいない。
・・・・・・・・・・・ま、どうにかなるか。
説明しなくてもどうにかなるだろうと思って、
説明をせずにケンジは歩き出す。
歩き出した彼を追うようにしてレオナが歩き出し、
ケイトが最後尾に着く。
そして、
数歩進んだそのタイミングで、
「・・・・・・・・っ。・・・・・・・・チーフッ!!!」
『あっ?ケイト、どうし・・・・・・・。』
た、と訊くよりも前にケイトが前に出て、
ケンジの身体を横に押し出した。
直後、
なにかが柔らかいなにかに突き刺さる音が聞こえ、
「・・・・・・・・・・・・・・っ!!!ケイトッ!!!」
レオナの、
自身ではなくケイトを呼ぶ声が聞こえた。
何が起きたのか、
それが分からずに押され、倒されたケンジは頭を抑えながら立ち上がる。
『いたたた・・・・。おい、ケイト。お前いきなり押し飛ばすたぁ、何考えてやがるんだ。』
全く、と言葉を続けようとしてケンジは顔を上げて彼女を見た。
そこには、
身体に先の尖った弾丸が突き刺さった彼女だったものが立っていた。
『・・・・・・・・・・・・・・おい。』
何か言おうとしてケンジは口を開く。
だが、そこから出てくる言葉は、
『・・・・・・・・・・・・・・なに、寝てんだお前。』
彼女を想っての言葉ではなかった。
『・・・・・・・・・・・・・・立ちながら、寝るなんていつの間に器用になったんだよ。なぁ、おい。』
ケンジは彼女に声を掛ける。
だが、彼女はその言葉には応えることはなく、
ゆらりと、
ゆらりと、
後ろに倒れることで応えた。
仰向けになって倒れた彼女の身体には、
赤い、
紅き液体が下へと流れ、
地面に溜まっていく。
それが、血だまりだとケンジが理解できなかった。
理解するのに時間が掛かった。
そして、身体が動き出すまで周囲に銃声が響いた。
銃声が聞こえると、
誰かが自身を呼ぶ声が遠くで聞こえる。
しかし、
それが自身のことか、
誰のことか、
それを理解することがなく、
身体に弾丸が当たる。
だが、
その弾丸には鋭さはなく、
当たった感触を感じられなかった。
弾丸が飛び交う中で彼は、
『なぁ、ケイト。』
ただ一人、
誰かに向けてただ呟いた。
『お前は何がしたかったんだ?』
疑問する。
だが、
今はその疑問に答える者はもういない。
息を吐く。
声が耳に届く。
「マスターっ!!しっかり為さってください!!!」
『・・・・・・・・しっかり、か。』
そうか、
そうだよな、
しっかりしなくちゃいけねぇよな。
ゆっくりと、
ゆっくりと、顔を下す。
弾丸が向かってくる方向を見る。
銃声は多い。
一つではない、
五つか、
十か、
それ以上か。
それを知ることは叶わない。
それでも、
それでも、分かることがある。
それは、
『・・・・・・・・・・・あぁ、そうだな。』
そう言いながら、左手で銃把に手を掛け、
『今日じゃねぇな!!!』
正面に向け握った。
瞬間、
重々しい銃声と共に六つの銃身が回転し、
六発の弾丸を弾き出す。
一回転、
一回転、
一回回る度に、
その分だけ銃声が減る。
そうだ。
いつかは死ぬ。
人間であれば誰かは死ぬし、ケンジだって死ぬ。
みんないつか死ぬのだ。
だが、
だが、これだけは言える。
だが、今日じゃない。
抗うために戦う限りは生きてはいるのだ。
とすれば、
今というこの瞬間に、死ぬことはないのだ。
銃声が止む。
左手に握った銃把から手を離す。
地に倒れたケイトの身体に触れる。
上体を起こす。
反応はない。
瞳には明かりはない。
ただの暗闇がそこに映るだけだ。
呼吸音もなければ、
胸部が動くことはない。
それだけで、
それで、
ようやくケンジは理解した。
自分にとっての大切な人を無くしたことに。
「マスター・・・・・・・・。」
控えめにレオナから声が掛けられる。
顔を上げる。
上げた先には闇がある。
だが、
そこには何もないわけではなく、
優し気に映る明るさがあった。
気遣っているのだろう、
そうケンジは思うと、
彼女の身体を腕から降ろした。
『悪いな、レオナ。・・・・・・・あぁ、もう大丈夫だ。』
そう言いながら、
ケンジは彼女に手を振った。
立ち上がる。
そう立ち上がった彼には元気がない様に思えるものだった。
そんな彼を、
「大丈夫ですか、マスター?」
心配そうにしてレオナが再び訊いた。
しかし、
『大丈夫だ。・・・・・・あぁ、大丈夫だとも。』
とてもそうには見えない口調で彼はそう答えた。
そして、
『・・・・・・・・レオナ。』
「ja。なんですか、マスター?」
『潰すぞ。』
決意した様に答える彼の言葉に、
「ja。お供致します、我が主。」
レオナはそう答える。
二、三歩二人は歩き出して、
唐突に彼は振り返って、
彼女だったものを見ると、
『行ってくるぜ、ケイト。』
そう言った。
ケンジの耳にもう聞こえないはずの彼女の声が聞こえた気がした。
吐きながら右手に握った『アサルトライフル』の腹にもう弾が無くなった弾倉を吐き出させるために、親指上側にあるリリースボタンを押し込んで乱暴に振るった。
直後。
なにからも拘束されることがなくなった弾倉が宙を舞い、
重力に引かれる様に地に落ちた。
『・・・・・・・・・・・・・・・・。』
もう弾が無くなってしまった武器には用事がない。
そう思いながら、
右手の武器を『アイテムボックス』に仕舞った。
そして、今ある弾倉からどれが使えるかを考えながら、
『メニュー画面』を操作していく。
そうして男の手には、
『・・・・・・ま、今の状態だとコイツがピッタリか。』
分厚く長い照準器が取り付いている武器、『バトルライフル』が握られていた。
どちらかと言えば、不適切かと思われるのだが実際にはそうではない。
全弾発射は出来ないが、三発しか連射できないは出来る。
そして、この男、『ケンジ110』にはとある能力がある。
それは、
『・・・・・・・・一発目が急所に必中なら後の二発は単なるおまけだ。いちいち、一体ずつにありったけの弾丸をぶち込む必要なんざねぇさ。』
一体どの口が言うか、それは神のみぞ知る。
だが、ケンジの言う通りだった。
一発目は必ず急所に必中となる。
それ故に、たった三発だけでも申し分はない。
・・・・・・・・であれば、だ。
それが分かっているのなら『アサルトライフル』を使う必要はなかったのではないか?となるのだが、
その理由は至ってシンプル。
簡単なモノだった。
それは、
『・・・・・・・・・いちいち取り換えるのって面倒だよな。』
そう。
面倒だったのだ。
そうして歩いていく間にも『魔人種』の何体かがケンジに襲い掛かってくる。
飛び掛かってくるそれらを、
『・・・・・・ったく。』
容赦することなく処理して進んでいく。
その姿は、まるで死神のようであり、
天使とは全く違ったモノだった。
しかし、
『・・・・・・・・面倒ったらありゃしねぇなぁ、おい。』
地に生を受けたモノを、
天に還すという意味では合っていると言えた。
・・・・・・・本人からしては断固として首を振るだろうが。
『・・・・・・・・・・?・・・・・・これがなかったら問題ないんだがなぁ。』
そう言いながらケンジは、
弾倉を吐き出させ、
『・・・・・・・・空になった!・・・・・・・・再装填!!』
背中から伸びてきたアームに掴まれた弾倉に、
『バトルライフル』の腹を突き刺した。
初弾を送り込むために左手でチャージングハンドルを引っ張ろうとして、
「クタバレェェェェェ、化ケ物ガァァァァァァァァァ!!!!」
大きく上段に振り上げられた剣に気付き盾を構える。
衝撃。
しかし、力ではケンジの方が遥かに上である。
その証拠に、
「アァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
襲い掛かってきた一匹は自身の得物を落としていた。
盾の強度もさることながら、
どうやら当たった反動で取りこぼしたのだろう。
・・・・・・・・・・・情けねぇ。
声には出さずにチャージングハンドルを掴むと、
思いっきり伸ばし、
ある程度の長さまで伸ばすとパッと離した。
瞬間、
カチリ、と音がした。
フッ、と軽く微笑むようにして、
『・・・・・・・・それじゃあな。』
銃口を悶えている一匹に向け、
引き金を引き絞った。
三連射。
乾いた銃声が三つ鳴った。
一発目は頭部に当たり、
二発目は胴体に当たり、
三発目は脚部に当たった。
弾が当たった反動で身体を背後に反りながら、倒れていくその姿を、
ケンジは気にすることなく、
次の獲物に狙いを定めて、
一匹、一匹、着実に仕留めて行った。
そして歩いて行く彼の道横には、
何体もの『魔人種』の亡骸が仰向けになっていた。
『・・・・・・・・・・面倒くせぇ。』
一体ずつ処理していくケンジであったが、
面倒なことには変わりがなかった。
一体ずつの処理スピードは早いと言えば早いだろう。
ただ一体ずつという意味では、
面倒なこと、この上なかった。
故に、
ケンジは思い、呟くのだ。
『・・・・・・・・・面倒くせぇ。』
せめて、この場にレオナか、
もしくはケイトのどちらかが居れば少しは楽になるのだが。
それでも、ケンジのやることには変わりはないだろう。
こうして一体ずつ、処理していくことに変わりはないのだから。
ということは、
『・・・・・・・・・面倒くせぇ。』
ということになり、
面倒なことには変わりはない。
しかし、そう文句は言えども、
現状を打破しなくはならないわけで。
現状を打破するためにはこの現状を生み出した『ろくなことを考えない野郎』をどうにかしなければないというわけで、
それつまりは、
『・・・・・・・・・面倒くせぇ。』
ということになる。
楽なことをしたいのは、誰もが同じく考えて、
思うことだろう。
しかし、
そうは上手くいかないというのが現実であって、
それは今のケンジの状況をそのままと言ってもおかしくはなく、
『・・・・・・・・・面倒くせぇ。』
ということに変わりない。
生きるということに面倒は感じなかったが、
現状は面倒なこと、この上ない。
進めども、
進めども、
先に居るのは『襲うことしか出来ない能無し』だ。
しかし、それらでもケンジの足を止めることは出来ない。
何故ならば、
ケンジは『頭のネジがおかしな方向に曲がった連中』であり、
そして『バイオス』はそんなケンジにとっての仇敵だ。
止めようと襲ってきても止めることはない。
止められることはない。
故に、
ケンジは呟くのだ。
『・・・・・・・・・面倒くせぇ。』
と。
襲って来ては倒し、
襲って来ては倒す。
徐々に自分は何かしらの夢を見ているのではないだろうか、
そう思えてくる。
だが、
悲しいことにこれは現実。
現実であるのだ。
ただ、夢かもしれないと思えるのは、
「死ネェェェェェェェェェェェ!!!!化ケ物ガァァァァァァァァ!!!!」
襲ってくるのが化け物に似た弱者であり、
自身がヒトに似た絶対強者ということだった。
だからこそ、だ。
だからこそ、思うのだ。
『・・・・・・・・・面倒くせぇ。』
と。
そう思っていると、
もう既に何回かの再装填を終えたせいか、
弾倉が無くなっていることに気が付いた。
『・・・・・・・・・面倒くせぇ、な!!!!』
『メニュー』操作を放棄して左腕の盾を大きく振りながら、
『挽き肉製造機』の引き金を押し込んだ。
六つの銃身が回転し、
一つ一つの弾丸を、
計六つの弾丸が弾き出される。
六つの弾丸は、
ケンジの前に居たそれぞれの頭部に直撃し、
被弾した六体は当たった反動で身体を後ろに反らしながら倒れていく。
しかし、
ケンジにはその様子を見る暇はなかった。
武器を手に持った一体が来ていたからだ。
腕を振る。
だが、
「クタバレェェェェェェェェェェェ!!!!」
いつの間にか反対側からやって来た一体が大きく武器を振り被り、
『誰がくたばるかよっ、クソッたれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
間に入ってきた一体に向けて右腕を向けて、
親指を押し込んだ。
だが、
感じるはずの感触がなかった。
『・・・・・・・・・・っ!?』
本来、訪れるはずの光景が訪れないことにケンジは驚愕し、困惑した。
・・・・・・・・何故だ!?なんで出ねぇんだ!?
ケンジは考える。
しかし、時は現在進行形で進んでおり、
止まることなど有り得ない。
少し、
また少し、
大きく振りかぶった剣をケンジに叩きつけるために、
『魔人種』を歩を進めていく。
ゆっくり、
ゆっくりと、
ほんのわずかに進んでいく時間の中で、
ケンジは思考を巡らせる。
しかし、
思い浮かんできてはすぐには実行できない案ばかりが浮かんできては消えていく。
そして、
ケンジはふと自身の右腕を見た。
そこには、
自身が作り、
使い込んできた長年の相棒、
『一発限りという読んで字の如くの必殺武器』があった。
それを見て、
ケンジは鼻で笑った。
そうだ。
何故ならば、
『・・・・・・・・お前を使ってた俺が忘れるとはなっ!!!』
・・・・・・笑えちまうぜ、全くよぉ!!!
そして、
ケンジは後ろに引いていた身体を、
前に、
ただ前に、
押し出した。
そのことに、
振り被った『バイオス』は奇妙に思っただろう。
何故ならば右腕を前に突き出して進んでくるのだから。
何を思っているのか、理解は出来ないだろう。
避けるために後ろに引くのではなく、
当たるために身体を前に動かすのだから。
理解することは出来ないだろう。
何故ならば、
ケンジは普通の人ではなく、
死を欲した戦闘狂なのだから。
大した思考力も持ちえない『バイオス』にはそれは分からない。
故に、
身体に衝撃が来たその瞬間に何が起こったのか、
それには理解が出来なかった。
・・・・・・・・・・いや。
ただ一つ、
ただ一つだけ、
理解しているのであるだろう。
それは、
『・・・・・・・・いやぁ、慣れってのはいかんね、どうにも身体が鈍っちまうぜ。』
狩る存在であった自身が命を落とし、
狩られる存在であったケンジが生きているということだけだ。
・・・・・・・それを理解しているのかは怪しいところではあるが。
それでも、
変わらないことがある。
それは、
『さて、と。・・・・・・量が多いみたいだし、ちと本気でも出しましょうかね。』
一人の狩人を目覚めさせたということだ。
手に持った『バトルライフル』を振り捨てる様に、
右手を大きく振った。
乾いた音を出しながら跳ねていく銃器を他所に、
ケンジはワイヤー付きのリングを親指に引っ掛けた。
腕を垂らす。
そして、
『スゥ・・・・・・・・・、』
ゆっくりと息を吸い、
『ハァ・・・・・・・・・。』
ゆっくりと息を吐いた。
その間、
何を思ったのか『バイオス』は動くことはなかった。
それまで止めるために動いていたのに、だ。
・・・・・・・・・いや、
動けなかったというのが正しいのだろう。
そして、ケンジは歩き出す。
それは端から見れば、死を求める様に見えたことだろう。
しかし、ケンジにはその気はなかったし、そうしようとも思わなかった。
何故なら、
『・・・・・・・・・「戦うことしか脳にない戦闘狂」は死なねぇ。』
『スパルタン』は死なない。
それは英雄を求めて生まれた言葉だったか、
もしくは英雄にさせるために生まれた言葉だったか、
どの様な意味で生まれた言葉だったか、それは今のケンジには分からない。
ただ一つ。
そう、
ただ一つ、分かることがあるとすれば。
今の自分は英雄でも何でもないただの阿呆だということだけだ。
それを証明するかのように先程と同じく数体もの『バイオス』が襲い掛かる。
だが、接近を許すケンジではない。
左腕の『挽き肉製造機』が、咆哮する。
一体、また一体と。
数発の弾丸に身体を貫かれ、ただの肉片へと変わっていった。
しかし、たとえそうなったとしても、
『バイオス』達は歩みを止めることはなかった。
一歩も後ろに引かないそれらを見て、ケンジは舌を打つ。
・・・・・・・・・数が多いな。
的の数が多ければ、それだけ弾の消費は激しくなる。
幸いにも弾の消費を気にすることなく使えるのが、この『挽き肉製造機』の利点ではあるのだが、
しかし、無限に弾を撃つことは出来ても弱点はあるのだ。
脳内に警告音が聞こえると同時に、
急に弾を出さずに数回だけ、空回りを起こし、止まった。
弾を撃つ出す銃口からは蒸気が立ち上る。
・・・・・・・・オーバーヒートっ。
内心で舌を打つ。
熱エネルギーを放出することが出来なくなって蓄積したのだ。
そして、蓄積された結果が今に至る。
・・・・・・・・ったく、相も変わらずのじゃじゃ馬だな、コイツは!!!
残弾を気にすることなく、ほぼ無限に撃てるのは利点ではある。
だが、その利点を無しにしてしまうのが、これだ。
唯一の弱点ではあるのだが、それを抜きにしても、
・・・・・・・・・熱が冷めるに時間が掛かるのがな。
それが難点ではあった。
使い物にならなくなった現状では破棄してしまうのが一番効率がいいと思える。
事実、
それを隙だと思った何体かが駆け出すのが目に見える。
その内の数体が手に銃器に似たなにかを握って、こちらに狙いを定めようとしているのが、目に映る。
状況を見れば、不利にしか見えない。
見えないのだが、
ケンジは笑っていた。
それは死への恐怖か?
いや、違った。
何故ならば、
『ハッ、・・・・・・・遅すぎだろうが。』
なぁ?と誰かにケンジは問う。
だが、その先に、
その問いに答える者は誰もいない。
そう。
誰も居ないはずだった。
そのため、
突如として自身を吹き飛ばす様に起こった爆発に『バイオス』達は気付くことが出来なかった。
そう、
誰が予想しようか。
誰も居ないはずなのに起こるはずのない爆発が起こるなど。
誰が予想出来ようか。
誰もいなかったはずなのに、
「・・・・・・申し訳ありません、我が主。少し手間取ってしまいました。」
ケンジの前に、
白い外套に、フードを頭に深く被った人物が現れることなど。
その人物はケンジを前にして、深く頭を下げた。
「予想はしていましたが、ここに来るまでに多くの『バイオス』に足止めを受けまして。謝罪します。」
「・・・・・・・・ja。・・・・・・・・ごめんね、チーフ。」
動きやすそうな服装をした緑色の髪を揺らしながら、
爆発を起こしその文字通りに吹き飛ばした張本人が現れる。
その張本人は謝る気があるかないのかよく分からない口調で言う。
彼女のその態度にケンジは微笑んで、
『気にするな、レオナ、ケイト。』
気にすることではないと、
そう、言葉を返しながら、
ああ、と思い付いたかのように続けて、
『で、やれるか?』
と二人に訊いた。
二人はケンジの言葉に何を?とは疑問を返さず、
「nein。まだ捕捉できていませんので、難しいかと。」
「・・・・・・・・ja。・・・・・・・・右に同じく。」
その返しにケンジは唸る。
『そうか、出来てないか。下にはまずいないと思ったんだがなぁ。』
どうしたもんだか、と再び唸った。
そんなケンジに、
「ですが、マスター。もし、もしですよ?その指揮官がいたとして、です。」
レオナはそう言うと言葉を続ける。
「その人物をどうするのですか?」
彼女が何を考えてそう訊いてくるのか、
どういう意図があってのことかはケンジには分からない。
・・・・・・・・だが。
だが、一つだけ。
一つだけはケンジの中で分かっていることがある。
それは、
『決まってるだろ、レオナ?』
笑うように言葉を続ける。
『ぶっ飛ばす。』
言った。
止めろと言葉で訴えるなどではない。
ぶっ飛ばす、
ケンジはそう言ったのだ。
もう既に決まってることなのだ、これは。
群れを率いて地上を攻めた。
そして、負けたのだ。
その責任を果たせ、とはケンジは言うつもりはない。
何故なら、
ここはケンジが生まれ生きた世界ではないのだから。
故に責任を追及しようとは思わない。
攻めて、負けた。
そして、撤退した。
その判断は恐らくは正しいだろう。
ただ、
ただ、その選択は取るべきではなかった。
再び攻めてくる可能性がある以上は野放しにしておくつもりはケンジにはないし、
ただで逃がすつもりもない。
何故ならば、
『ケンジを含めたプレイヤー七人の集まり』が作った最高傑作を攻撃したのだ。
その行為に腹を立てない者が何処に居ようか。
それも一度ではない。
二回だ。
二度の攻撃を許したのだ。
二度もあれば、次も。
三度目の攻撃もあると考えていいだろう。
そして、三度目の攻撃。
次の攻撃で砦は崩れる。
であれば。
であれば、ケンジが取るべき選択はただ一つ。
二人に言う。
『ここで終わらせるぞ。』
そうだ。
終わりにするのだ。
これが終わるはずの夢の続きだとしても、
終わりにするのだ。
ケンジの言葉に二人は頷く。
「ja。了解です、マスター。貴方がそうお決めになられたのであれば我々は従うのみです。」
「・・・・・・・・ja。・・・・・・・・右に同じ。・・・・・・・・チーフが決めたなら従うよ?」
二人の返事にケンジは頷きながら、
・・・・・・・・・有り難いねぇ。
感謝していた。
だが、それをするにしても問題がある。
それは、
「ですが、マスター。先ほども伝えましたが、目標を捕捉できておりません。」
「・・・・・・・・ja。・・・・・・・・どうするの、チーフ?」
『そこなんだよな・・・・・・。・・・・・・・・って言っても何処に行くのか、分かってるが。』
何処に?と二人は首を傾げる。
その二人にケンジは静かに伝える。
『ほら、あそこだ。俺が降りる時になんかデカいのがあっただろ?』
「ja。そう言えば、ありましたね。」
「・・・・・・・・あったっけ?」
ケンジの言葉にレオナは頷く。
だが、ケイトは疑問する。
そんな彼女に伝える時間はさほど残されてはいない。
・・・・・・・・・・・ま、どうにかなるか。
説明しなくてもどうにかなるだろうと思って、
説明をせずにケンジは歩き出す。
歩き出した彼を追うようにしてレオナが歩き出し、
ケイトが最後尾に着く。
そして、
数歩進んだそのタイミングで、
「・・・・・・・・っ。・・・・・・・・チーフッ!!!」
『あっ?ケイト、どうし・・・・・・・。』
た、と訊くよりも前にケイトが前に出て、
ケンジの身体を横に押し出した。
直後、
なにかが柔らかいなにかに突き刺さる音が聞こえ、
「・・・・・・・・・・・・・・っ!!!ケイトッ!!!」
レオナの、
自身ではなくケイトを呼ぶ声が聞こえた。
何が起きたのか、
それが分からずに押され、倒されたケンジは頭を抑えながら立ち上がる。
『いたたた・・・・。おい、ケイト。お前いきなり押し飛ばすたぁ、何考えてやがるんだ。』
全く、と言葉を続けようとしてケンジは顔を上げて彼女を見た。
そこには、
身体に先の尖った弾丸が突き刺さった彼女だったものが立っていた。
『・・・・・・・・・・・・・・おい。』
何か言おうとしてケンジは口を開く。
だが、そこから出てくる言葉は、
『・・・・・・・・・・・・・・なに、寝てんだお前。』
彼女を想っての言葉ではなかった。
『・・・・・・・・・・・・・・立ちながら、寝るなんていつの間に器用になったんだよ。なぁ、おい。』
ケンジは彼女に声を掛ける。
だが、彼女はその言葉には応えることはなく、
ゆらりと、
ゆらりと、
後ろに倒れることで応えた。
仰向けになって倒れた彼女の身体には、
赤い、
紅き液体が下へと流れ、
地面に溜まっていく。
それが、血だまりだとケンジが理解できなかった。
理解するのに時間が掛かった。
そして、身体が動き出すまで周囲に銃声が響いた。
銃声が聞こえると、
誰かが自身を呼ぶ声が遠くで聞こえる。
しかし、
それが自身のことか、
誰のことか、
それを理解することがなく、
身体に弾丸が当たる。
だが、
その弾丸には鋭さはなく、
当たった感触を感じられなかった。
弾丸が飛び交う中で彼は、
『なぁ、ケイト。』
ただ一人、
誰かに向けてただ呟いた。
『お前は何がしたかったんだ?』
疑問する。
だが、
今はその疑問に答える者はもういない。
息を吐く。
声が耳に届く。
「マスターっ!!しっかり為さってください!!!」
『・・・・・・・・しっかり、か。』
そうか、
そうだよな、
しっかりしなくちゃいけねぇよな。
ゆっくりと、
ゆっくりと、顔を下す。
弾丸が向かってくる方向を見る。
銃声は多い。
一つではない、
五つか、
十か、
それ以上か。
それを知ることは叶わない。
それでも、
それでも、分かることがある。
それは、
『・・・・・・・・・・・あぁ、そうだな。』
そう言いながら、左手で銃把に手を掛け、
『今日じゃねぇな!!!』
正面に向け握った。
瞬間、
重々しい銃声と共に六つの銃身が回転し、
六発の弾丸を弾き出す。
一回転、
一回転、
一回回る度に、
その分だけ銃声が減る。
そうだ。
いつかは死ぬ。
人間であれば誰かは死ぬし、ケンジだって死ぬ。
みんないつか死ぬのだ。
だが、
だが、これだけは言える。
だが、今日じゃない。
抗うために戦う限りは生きてはいるのだ。
とすれば、
今というこの瞬間に、死ぬことはないのだ。
銃声が止む。
左手に握った銃把から手を離す。
地に倒れたケイトの身体に触れる。
上体を起こす。
反応はない。
瞳には明かりはない。
ただの暗闇がそこに映るだけだ。
呼吸音もなければ、
胸部が動くことはない。
それだけで、
それで、
ようやくケンジは理解した。
自分にとっての大切な人を無くしたことに。
「マスター・・・・・・・・。」
控えめにレオナから声が掛けられる。
顔を上げる。
上げた先には闇がある。
だが、
そこには何もないわけではなく、
優し気に映る明るさがあった。
気遣っているのだろう、
そうケンジは思うと、
彼女の身体を腕から降ろした。
『悪いな、レオナ。・・・・・・・あぁ、もう大丈夫だ。』
そう言いながら、
ケンジは彼女に手を振った。
立ち上がる。
そう立ち上がった彼には元気がない様に思えるものだった。
そんな彼を、
「大丈夫ですか、マスター?」
心配そうにしてレオナが再び訊いた。
しかし、
『大丈夫だ。・・・・・・あぁ、大丈夫だとも。』
とてもそうには見えない口調で彼はそう答えた。
そして、
『・・・・・・・・レオナ。』
「ja。なんですか、マスター?」
『潰すぞ。』
決意した様に答える彼の言葉に、
「ja。お供致します、我が主。」
レオナはそう答える。
二、三歩二人は歩き出して、
唐突に彼は振り返って、
彼女だったものを見ると、
『行ってくるぜ、ケイト。』
そう言った。
ケンジの耳にもう聞こえないはずの彼女の声が聞こえた気がした。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる