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38・青年③

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 魔力欠陥や、魔力欠乏などと言われている症状で、妊娠中、あるいは出産時や出生後一年以内の間、充分な魔力を得られず、存在を安定させられなかったときによく起こる先天性・・・の持病と同じ。ただし彼の場合は後天的に起こされたということなのだろう。他でもない、前陛下によって。
 なお、その持病を抱えた子供たちは長くは生きられないことがままあって、生き続ける為には常に他者からの魔力を必要とした。
 何故なら、生きる為の魔力でさえ、体内に留めておくことが出来ないから。
 加えて、人にはそれぞれ、生きていくための魔力量というものがあり、それは個人によって違っている。
 庶民などの、元からそこまでの魔力量を必要としない者なら、より魔力保有量の多い者の側でなら、生きていける場合もあった。
 だけど彼は高位貴族。濃い金髪に鮮やかな緑色の瞳をしていたという彼の保有魔力量は彼自身の爵位に相応しくより多かったことだろう。同時に生きる為に必要な魔力量もまた。
 そんな彼が生きてきたこの10年は、いったいどのような日々だったことだろうか。
 ちなみに魔力欠陥を後天的に患う場合もないわけではなく、それらは魔獣などを相手取る、騎士や兵士、あるいは冒険者や傭兵などに多かった。つまりはそれほどまでに体を損なわれた場合ということだ。
 彼は同じように、前陛下によって損なわれてしまったのだろう。よりにも寄っておそらくは、魔力を溜めておく為の器官のようなものを。
 そしてその器官は明確に定まっている部位ではないだけあり、修復することがほとんど不可能に近いのだと聞いたことがあった。
 余程治癒魔術に優れた者が、すぐに再生したならばあるいは。けれど、そういった者たちであっても、欠損した状態で存在が固定されてしまえば、どうすることも出来ないのだとも。
 僕は詳しくは知らないのだけれど、損なわれるのはおそらく、のようなものなのではないかと思う。
 ナディリエ様が微笑む。
 どこか淡く、消え入りそうな笑みだ。

「僕は生まれつき感応力に長けていてね。他者の感情が、手に取るようにわかるんだ。だからすぐにわかったよ。リアが僕を嫌っているってね」

 精神感応能力だとか言われている、人の表層の魔力から、思考までも読み取る力のことだろう。そういった者達がいることは知っていた。
 あるいは習練によって同じような効用の魔術を習得することも出来るはずで、難しいものではあれど、そこまで珍しいものでもない。
 生まれつき、というのは流石にあまり聞かない話ではあるのだけれど。

「コーデリニス侯爵家って言うのは、もともとそう言った者が生まれやすいんだ。兄上もアリーもさっぱりだけどね」

 アリーとはおそらく、アレリディア嬢のことなのだろう。ナディリエ様がははと軽く笑った。

「今のコーデリニス侯爵家だと、多分僕だけだと思う。アリーの子供とかだとまた出てくるかもしれないけどね」

 あくまでも傾向であり、また、隔世的に出現する可能性のある能力だということなのだろう。時折聞く話だった。おそらくは僕の、ユナフィア・・・・・の血と同じだ。

「僕はほら、見た目がいいだろう? 僕を嫌うものなんて周りにいなかったよ。僕は周りのやつらが望むもの、望むことがすぐに分かったしね」

 だからこそ余計に、彼を好み、心酔するような者たちが周りに集まっていた。なのに。

「リアだけだったかなぁ、初対面で僕に嫌悪を向けてきたのは。生意気なガキだなって思った。で、僕なそんな態度にますます嫌悪感を募らせるんだよ? ほんと、どこまでも腹立つガキだったよ。多分、相性ってのが悪かったんだろうね。でも、」

 陛下は違っていた。
 ぽつり、落ちた声は遠く、どこか昔を懐かしんででもいるかのようにも思えた。
 前陛下。リア様の兄。

「リアと違ってね、陛下は僕を見て、なんて美しいんだろうって。こんな美しい子供を、どうしてリアなんかに、なんて。リアに嫉妬までしてるのがよくわかったよ。でも、ほら陛下じゃない? もうユナフィアが王妃になってたし、すぐにティネも生まれてきた。だから近づくようなこともなかったんだけど……なのに」

 と、一度言葉を切る。
 次に落ちた笑みは自嘲。
 僕は何も口を開かず、ただ彼の話を聞いていた。

「ほんと、バカバカしい。すぐにわかった。リアが、恋をしたってね! この僕に、いやいや付き合い続けていたリアが、恋をした! この僕を差し置いて、他の誰かに心惹かれた! 多分、その時の感情は恋というほど強い感情じゃなかっただろうと思う。でも、心惹かれた、その事実だけで充分だ。バカにされたとしか思えなかった。僕は別にリアのことが好きだったわけじゃない。むしろ嫌っていたし、興味もなかった。僕を嫌っている奴に興味を割くなんて無駄だもの。どんなに嫌い合っていたって、子供の一人や二人ぐらいは作らなきゃいけないんだろうなってこともわかってたしね。でも、僕以外に心惹かれる、なんて別だろう? しかも相手は子供ときた!」

 許せなかったとナディリエ様が吐き出す。
 僕なリア様が心惹かれた相手がいるという事実の方こそ、どうしても気になってしまったけれど、今、そんなことを訊ねられる状況ではないことぐらいわかっていたので流石にただ、口を噤んだ。

「あり得ないなって腹が立って、そんな時に陛下にあったんだ。陛下が僕に好意を抱いて下さっていたのは元から知っていたし、年を経るごとに、その好意に欲が伴っていっていたのもわかっていた。だから、近寄らないようにしていたんだけど、でも、その時はもういいかって思って。だってリアは僕を嫌っている。あんな子供に心惹かれるような変態だ。僕はリアより年上だから駄目だったんだろうな、とも思ったし、だったら、僕を好いてくれている相手と一緒にいたかった。それに何より、陛下が、僕の方が王妃に相応しい、そう思っていたのは確かだったから」

 持ち前の感応力でそれがわかったのだろう。だから信じた。
 ユナフィアである今の王妃を疎んじていて、ナディリエ様の方が王妃として相応しいと、確かに思っていた陛下を。
 そうして前陛下に身を委ねたのだと、ナディリエ様は静かに続けた。
 いずれ近いうちに王妃を廃して、ナディリエ様を王妃として迎え入れてくれると信じて。

「子供もね、だから望んだんだ。早い方がいいと思ったし、いつまで経ってもちっとも現状を変える様子がないからせっつく気持ちもあった。早くって。早く僕を王妃として迎え入れて欲しいって。なのに」

 子供を成したその直後。ナディリエ様を襲ったのはひどい裏切りだったのだと言う。
 僕は知っている。
 見たからだ。ナディリエ様の過去を見た。
 子供が成ったとわかった瞬間の前陛下を。醜く歪んだその顔を。
 閨の中。
 たった今まで睦み合っていた、その直後のことだった。
 子供は成しただけではどうにもならない。育てて、子供として、安定させなければならない。それこそ、多くの魔力も必要となる。特に成して直後のひと月と、生れる前のひと月辺りは。
 だが、あの状況では、育てるどころではなかったことだろう、それどころか。

「陛下は無理やり、僕の子供を散らしたんだよ。そのまま僕を損なった。僕を……――こんな状態にした」

 以前共鳴した時に、僕も見た過去だった。
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