56 / 63
38・青年③
しおりを挟む魔力欠陥や、魔力欠乏などと言われている症状で、妊娠中、あるいは出産時や出生後一年以内の間、充分な魔力を得られず、存在を安定させられなかったときによく起こる先天性の持病と同じ。ただし彼の場合は後天的に起こされたということなのだろう。他でもない、前陛下によって。
なお、その持病を抱えた子供たちは長くは生きられないことがままあって、生き続ける為には常に他者からの魔力を必要とした。
何故なら、生きる為の魔力でさえ、体内に留めておくことが出来ないから。
加えて、人にはそれぞれ、生きていくための魔力量というものがあり、それは個人によって違っている。
庶民などの、元からそこまでの魔力量を必要としない者なら、より魔力保有量の多い者の側でなら、生きていける場合もあった。
だけど彼は高位貴族。濃い金髪に鮮やかな緑色の瞳をしていたという彼の保有魔力量は彼自身の爵位に相応しくより多かったことだろう。同時に生きる為に必要な魔力量もまた。
そんな彼が生きてきたこの10年は、いったいどのような日々だったことだろうか。
ちなみに魔力欠陥を後天的に患う場合もないわけではなく、それらは魔獣などを相手取る、騎士や兵士、あるいは冒険者や傭兵などに多かった。つまりはそれほどまでに体を損なわれた場合ということだ。
彼は同じように、前陛下によって損なわれてしまったのだろう。よりにも寄っておそらくは、魔力を溜めておく為の器官のようなものを。
そしてその器官は明確に定まっている部位ではないだけあり、修復することがほとんど不可能に近いのだと聞いたことがあった。
余程治癒魔術に優れた者が、すぐに再生したならばあるいは。けれど、そういった者たちであっても、欠損した状態で存在が固定されてしまえば、どうすることも出来ないのだとも。
僕は詳しくは知らないのだけれど、損なわれるのはおそらく、核のようなものなのではないかと思う。
ナディリエ様が微笑む。
どこか淡く、消え入りそうな笑みだ。
「僕は生まれつき感応力に長けていてね。他者の感情が、手に取るようにわかるんだ。だからすぐにわかったよ。リアが僕を嫌っているってね」
精神感応能力だとか言われている、人の表層の魔力から、思考までも読み取る力のことだろう。そういった者達がいることは知っていた。
あるいは習練によって同じような効用の魔術を習得することも出来るはずで、難しいものではあれど、そこまで珍しいものでもない。
生まれつき、というのは流石にあまり聞かない話ではあるのだけれど。
「コーデリニス侯爵家って言うのは、もともとそう言った者が生まれやすいんだ。兄上もアリーもさっぱりだけどね」
アリーとはおそらく、アレリディア嬢のことなのだろう。ナディリエ様がははと軽く笑った。
「今のコーデリニス侯爵家だと、多分僕だけだと思う。アリーの子供とかだとまた出てくるかもしれないけどね」
あくまでも傾向であり、また、隔世的に出現する可能性のある能力だということなのだろう。時折聞く話だった。おそらくは僕の、ユナフィアの血と同じだ。
「僕はほら、見た目がいいだろう? 僕を嫌うものなんて周りにいなかったよ。僕は周りのやつらが望むもの、望むことがすぐに分かったしね」
だからこそ余計に、彼を好み、心酔するような者たちが周りに集まっていた。なのに。
「リアだけだったかなぁ、初対面で僕に嫌悪を向けてきたのは。生意気なガキだなって思った。で、僕なそんな態度にますます嫌悪感を募らせるんだよ? ほんと、どこまでも腹立つガキだったよ。多分、相性ってのが悪かったんだろうね。でも、」
陛下は違っていた。
ぽつり、落ちた声は遠く、どこか昔を懐かしんででもいるかのようにも思えた。
前陛下。リア様の兄。
「リアと違ってね、陛下は僕を見て、なんて美しいんだろうって。こんな美しい子供を、どうしてリアなんかに、なんて。リアに嫉妬までしてるのがよくわかったよ。でも、ほら陛下じゃない? もうユナフィアが王妃になってたし、すぐにティネも生まれてきた。だから近づくようなこともなかったんだけど……なのに」
と、一度言葉を切る。
次に落ちた笑みは自嘲。
僕は何も口を開かず、ただ彼の話を聞いていた。
「ほんと、バカバカしい。すぐにわかった。リアが、恋をしたってね! この僕に、いやいや付き合い続けていたリアが、恋をした! この僕を差し置いて、他の誰かに心惹かれた! 多分、その時の感情は恋というほど強い感情じゃなかっただろうと思う。でも、心惹かれた、その事実だけで充分だ。バカにされたとしか思えなかった。僕は別にリアのことが好きだったわけじゃない。むしろ嫌っていたし、興味もなかった。僕を嫌っている奴に興味を割くなんて無駄だもの。どんなに嫌い合っていたって、子供の一人や二人ぐらいは作らなきゃいけないんだろうなってこともわかってたしね。でも、僕以外に心惹かれる、なんて別だろう? しかも相手は子供ときた!」
許せなかったとナディリエ様が吐き出す。
僕なリア様が心惹かれた相手がいるという事実の方こそ、どうしても気になってしまったけれど、今、そんなことを訊ねられる状況ではないことぐらいわかっていたので流石にただ、口を噤んだ。
「あり得ないなって腹が立って、そんな時に陛下にあったんだ。陛下が僕に好意を抱いて下さっていたのは元から知っていたし、年を経るごとに、その好意に欲が伴っていっていたのもわかっていた。だから、近寄らないようにしていたんだけど、でも、その時はもういいかって思って。だってリアは僕を嫌っている。あんな子供に心惹かれるような変態だ。僕はリアより年上だから駄目だったんだろうな、とも思ったし、だったら、僕を好いてくれている相手と一緒にいたかった。それに何より、陛下が、僕の方が王妃に相応しい、そう思っていたのは確かだったから」
持ち前の感応力でそれがわかったのだろう。だから信じた。
ユナフィアである今の王妃を疎んじていて、ナディリエ様の方が王妃として相応しいと、確かに思っていた陛下を。
そうして前陛下に身を委ねたのだと、ナディリエ様は静かに続けた。
いずれ近いうちに王妃を廃して、ナディリエ様を王妃として迎え入れてくれると信じて。
「子供もね、だから望んだんだ。早い方がいいと思ったし、いつまで経ってもちっとも現状を変える様子がないからせっつく気持ちもあった。早くって。早く僕を王妃として迎え入れて欲しいって。なのに」
子供を成したその直後。ナディリエ様を襲ったのはひどい裏切りだったのだと言う。
僕は知っている。
見たからだ。ナディリエ様の過去を見た。
子供が成ったとわかった瞬間の前陛下を。醜く歪んだその顔を。
閨の中。
たった今まで睦み合っていた、その直後のことだった。
子供は成しただけではどうにもならない。育てて、子供として、安定させなければならない。それこそ、多くの魔力も必要となる。特に成して直後のひと月と、生れる前のひと月辺りは。
だが、あの状況では、育てるどころではなかったことだろう、それどころか。
「陛下は無理やり、僕の子供を散らしたんだよ。そのまま僕を損なった。僕を……――こんな状態にした」
以前共鳴した時に、僕も見た過去だった。
24
お気に入りに追加
740
あなたにおすすめの小説
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました。
おまけのお話を更新したりします。
僕の策略は婚約者に通じるか
藍
BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。
フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン
※他サイト投稿済です
※攻視点があります
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる