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37・青年②

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「貴方は……その、前陛下、の……」

 そこでどうしても少しだけ言い淀む。
 前陛下。10年近く前に亡くなった、リア様の兄、ティネ殿下の父。
 その、前陛下、の。

「愛人、だったんですね……」

 リア様の婚約者でありながら、おそらくはその兄と関係を持っていたのだろう。確信を持った僕の言葉に、だけど途端、青年……ナディリエ様は激しく首を横に振る。

「違うっ! 愛人じゃない! 婚約者だ! だって僕が王妃になるはずだった! ユナフィアなんてとっとと廃して、僕が王妃に! 陛下も、僕の方が王妃に相応しいって言ってた、思ってた! 僕になかったのはユナフィアの血だけだ!」

 そんなことを言いきる姿は、いっそ滑稽だと僕には思えた。
 だって、そうだろう? 彼は、他でもないその前陛下に。

「ですが、貴方をそうした・・・・のは、その、前陛下なのでしょう?」

 彼と共鳴した僕にはわかる。もう、知っている。
 彼はリア様とそこまで年が違わない。つまり10年前ともなると、成人してそれほど経っていなかったはずだ。リア様の兄であった前陛下からすると、ともすれば子供のようなものだったことだろう。
 前陛下にとって、若く、美しく、そして弟の婚約者だったのだろう彼。
 吐き気がしそうだ。
 彼はあるいは被害者なのかもしれないとも一瞬思う。けれど、こう言ったことにおいて、余程強要されているのでもなければ、どちらか一方だけが悪いなどと言うようなことはない。
 なら、罪は彼にもあるはずで。それでも。それでも、前陛下は。

「は、はは……そうだね……お前には見せたもんね……知っているよね……今の僕で、上手く出来るかわからなかったけど……なんだ、お前、ちゃんと僕の魔術にかかってたんだね」

 はは、ちょっと安心した……。
 なんて笑う顔が、ほんの少しだけ幼気いたいけで、僕の胸は僅かに痛んだ。
 彼は優秀な魔術士だったのだと言う。学業面もさることながら、非常に優秀な人物だったのだと。
 そう、言葉少なに教えてくれたのはリア様だった。
 輝かんばかりだったというその美貌だけは、今も陰ることはない。
 たとえ目や髪の色が黒に近くなろうとも、彼は今も美しかった。
 それなのに、とやるせない。だからこそ、と胸が痛んだ。
 彼の今の状態を、これ以上指摘することを躊躇う僕に、彼はやはり笑っている。
 先程までよりは余程落ち着いた様子で、僕の代わりにというように、彼は静かに口を開いた。

「そうだね。僕をこうしたのは陛下だ。僕の、成したばかりだった子供を散らして、そのまま勢い余って僕をこうした。僕を損なった。……ねぇ。僕はもう、魔力を留めておけないんだよ。生きていくことだって、出来ないんだ……」

 彼の状態を注意深く見てみた僕にはわかる。
 彼が抱えている欠損が。それが、治るようなものではないことが。
 彼は今、この時でさえ、全身から薄く魔力を放出していて、それが自分では止められていないようなのだった。
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