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x・エピローグー幸せなくちづけ
しおりを挟むたとえレシア王子を欠いたとしても、私の日常は当たり前に過ぎていきます。
あの後。騒然としていた場を納められた国王に促され、私達は皆、何事もなかったかのように帰路につきました。
ただ一つ確かなことは、私の婚約者はいなくなってしまったということだけです。
同時に私の婚約が破棄されてしまったことも確かで、あの、中途半端な糾弾のような、断罪のような騒動はいったい何だったのかと後から思い返してもわからないまま。
あの日レシア王子のお傍におられて、ですが最後まで打ちひしがれ、その場に取り残されたビュティ様がその後どうなさったのかも私は知りませんでした。
新学期が始まっても、お姿を見ることはありませんでしたので、自主的になのかどうかはわかりませんが、学園を退学なさったことだけはわかりました。
我が国では貴族の義務でもある学園を途中で退学なさったビュティ様が今後、貴族として過ごされることは恐らくないのでしょう。
それは少し寂しいような気もしました。
だってあの方は、大変よく動いてくださっていましたから。
また、たとえレシア王子がいなくなっても、私の王子妃教育は終わりません。
いえ、公妃になるための練習、とでも言えばよろしいでしょうか。
まさか大国の王妃でもあるまいし、それほど難しいお勉強など致しません。ただ、一貴族のご令嬢だと知る由もないようなことをたくさん知ることが出来る時間ではありました。
私の公妃教育が終わっていない理由はただ一つ。それは相手がレシア王子ではなくなっても、私が彼の家系に嫁ぐ予定なことに変わりはなかったからでした。
そう、私は新たにライネ王子の婚約者となっているのです。
「それにしても……レシア王子、いえ、レミュシア公子は今頃どうなさってらっしゃるのでしょうね」
公邸でのお勉強の合間の休憩時間。中庭にある小さなガゼボに備え付けられたテーブルに着いて、用意された紅茶を一口、口に運んでそう呟いた私に、向かい側の席に腰掛けられたライネ王子、もとい、ライネファ公子はやんわりと、いつも通りの柔らかな笑顔をお返しくださいました。
「さぁ? どうかな。案外上手くやっているのかもしれないよ」
何せレミュシア公子を連れ去ったのは、あの護衛騎士です。
隣国であるナウラティス帝国から来られた、グローディ・パンレソ様と名乗っていらっしゃった私達よりもよほど高貴なお方。
レミュシア公子は、最後までご自身の名前さえまともには理解してらっしゃいませんでしたけれど、そもそも私達の国、カナドゥサは公国で、公子様方のお父上様も国王陛下ではなく正しくは大公閣下です。
私はずっと、レミュシア公子の認識に合わせてお話ししておりましたけれども、それはそうしないとレミュシア公子とはまともに会話が成り立たない為でした。
私が、少しばかりお勉強が得意ではなさすぎる彼の方との婚約を破棄したいと思い始めたのはいつからだったのでしょう。少なくとも、グローディ様が来られてから後であることだけは確かでした。
それは私の年齢が少しばかり大きくなってきたからだったのか、それともグローディ様の何らかの思惑の影響だったのか。それは定かではございません。
ただ私はあの、まるで子供のようなままちっとも成長なさらないレミュシア公子の妻になることは耐えられそうもないと、そう思っていただけなのです。
ですので、一方的にレミュシア公子に熱を上げておられたビュティ様の存在は大変都合よく、レミュシア公子からどれほど幻滅されようとも私には痛くもかゆくもありませんでした。とは言えあのご様子ですと、レミュシア公子様は最後まで私に幻滅などなさってはおられなかったようですけれども。
流石はあのナウラティス帝国に、ご家族の中でもほとんど唯一、何の妨げもなく入国できる方なだけはあります。
ナウラティス帝国は思想防壁によって守られた国で、彼の国に入国する為にはまず、彼の国に認められるだけの精神性を持っていなければなりません。
とは言え条件は厳しい物ではなく、悪意や害意を持たなければ差支えのないものではありました。
しかし、つまりそれは翻って、あの国に居続ける為には悪意や害意を一切、持ってはならないということに他なりません。
一時的になら可能でしょう。ですがそれを、生涯に渡って保ち続けなければならないだなんて。
例えば、私の行動の妨げになるような方がいたとして。その方を邪魔だと。いなくなればいいのにと、むしろ、いなくなるようにするにはどうすればいいのかだとか、そのようなことを考えてしまう私では、とうてい彼の国ではやってはいけないことでしょう。もっとも、そもそも、彼の国に入国したいとも思っておりませんけれども。
「でも、ライネ様。まさかグローディ様があれほどレミュシア公子をお恨みになってらっしゃるだなんて、私、思ってもみませんでしたわ」
彼の国の高貴な方であるグローディ様の恨みなど、私は考えたくもありません。確かに、レミュシア公子の普段のご様子から想像するだけでも、どれほどの無礼を働いていたのかなど明らかではありましたけれども。
私の言葉に、ライネ様が一瞬、固まられたように見えました。ですがきっとそれは私の勘違いだったのでしょう。その証拠にすぐににっこりと、私に笑顔をお見せ下さり。
「そうだね。僕もまさかあれほどまでとは考えてもみなかったよ。」
そう、私に同意して下さいました。そしてすぐに、
「そんなことよりネフィ嬢。国外追放になった兄上のことなんてもういいじゃない。今は僕と二人きりなんだから。ねぇ?」
甘く、甘く、私に囁いてくださいます。
私の胸は高鳴りました。
ああ、ライネ様はなんて素敵な方なのでしょう。私だけを愛して下さる、私だけの王子さま。
あの、レミュシア公子からの婚約破棄は、私にとっては渡りに船でした。そもそも、ああしてあのような場で宣言なさらずとも、遅かれ早かれ私とレミュシア公子との婚約の破棄は決まっていたことなのです。何故ならレミュシア公子はグローディ様に引き渡されることが明らかであり、次の大公閣下となられるのはライネ様と内定していたからでした。
そして私はこうして、本当に好きな方と将来を誓い合うことが出来ています。
私はライネ様に促されるまま目を閉じて、幸せな気持ちで降らされる愛にあふれたくちづけを心ゆくまで受け取り続けたのでした。
Fine.
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