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「愛してる」は呪い⑤
しおりを挟む僕が、此処から出る条件が子供なのだと、明確に言葉にされたわけではなかった。
ただ、いつも通りの男の独り言から、僕が勝手にそう思っただけだ。
子供が、出来れば。
もしかしたら。
僕はこの悪夢から、覚めることが出来るというのだろうか。
「あっ、ぁ、ぁあっ……!」
揺れている。揺れて、揺れて、僕の体はもう、ただの穴だ。
男が自分勝手に使うだけの穴。 男の魔力を注がれるだけの器。
そこには僕などどこにもない。
なのに。
「ルディ」
男が僕を呼ぶ。腰を動かし、僕を苛み、欲を注ぎ、揺さぶって。
僕の反応など何も見ずに。
「ルディ」
なのに僕を呼んだ。
「ルディ、ルディ、ルディ」
何度も何度も僕を呼んで。
「ぁ、ぁあぁあ……」
揺れる僕の声を食み。
「愛してる」
そんな、呪文を唱える。
愛してる。
愛って何。
わからない。わからなかった。
「る、でぃ……ぅっ、」
「あ!」
男が小さく息を詰めるのと同時、ぶわと、腹の奥に広がる熱。吐き出される欲。
男ば僕の腹を撫でる。そこに決してとどまらない熱を惜しむように。
「ああ……どうして」
どうして。
どうして、なんて、そんなもの。思っているのは僕の方だった。
「ルディ……なら、また、」
注がなければ。
「ぁっ!」
いうと同時、また動き出した男からの刺激に、僕の喉からは声が漏れた。
男が固執する腹。そこに男が求めているのは子供。
それは僕にもわかっている。
子供が、出来れば。
もしかしたら、この状況が、変わるかもしれない。もしかしたら。だって男が言うのだ。
「ああ、どうして。子供が出来れば、君と、」
外で。
外で、いったいどうするというのか。僕は外へ出れるというのか。こんな風に、昼も夜もなく、男に揺さぶられるだけの日々がなくなると?
今を、どのような形であれ変えるには子供が要ると?
男が明確にそう告げたわけではない。
何故なら男が僕に応えを求めたことなど一度もないからだ。
「愛している」
愛している。
そう、唱えながら、男は僕に何も求めない。僕を穿ち、捕らえながら何も。敢えて言うなら腹を。残念そうに撫でるだけで。
僕は。こんな扱いを受けながらも、男に手を上げられたことはなかった。男は僕を殴ったりだとかいうことを決してせず、ただ、捕らえ続ける。捕まえて、逃がさずに。
何処かを縛られたり、何かに繋がれていたりだとかいうことだって一度もない。
だけど僕は逃げられない。
何故なら、僕はずっと、男に留め置かれ続けているからだ。
僕の意識がある時はいつも、僕の中に男が入り込んでいる。そうされ続けて、どうして僕が逃げられるというのか。
僕の体はもう、僕の意思では指先一つ動かせやしないというのに。
「ルディ、ルディ、ルディ」
男が腰を振る。
僕の体の奥深くを穿つ。
「あっ! がっ! ぁあっ!!!」
ぐぽっ、ぐぽっと、ありえない音を立てながら、体の奥が開かれている。僕の尻の中、奥の奥。突き当りのような其処が、ぐぽっと力任せに男を迎え入れさせられていて、それはいつもとんでもない衝撃と共に、僕の体を仰け反らせるのだ。
「ぐっ、が、あ、あぁっ……!」
僕の喉から漏れる声も、そんな時ばかりは少し違って、濁って汚く、苦痛に塗れた。
それでも。
「ああ、ルディ……愛している」
愛している。
男の声はどろりと甘く、陶然と。何処までも幸せに酔っているのだ。
ああ、どうして。
どうして、こんなことになったのか。どうして。
こんな、悪夢でしかない状況から、僕はどうすれば逃れることが出来るのだろう。
助けは来ない。ずっと来ない。
男は2年と言っていた。
2年、経つのに子供がずっとできないと、そう、僕を穿ちながら嘆いていた。
子供。
子供が、出来れば。僕はここから出られるのか。
ああ。だが、子供を、そんなことの為に……この男の子供を、この、腹に?
悍ましさに慄く。気持ち悪くて仕方なく、込み上げてきた衝動のまま、ごぼっと胃からせり上がってきた何かを吐き出したが、男は構わず、僕を揺さぶるのをやめない。
「ああ、ルディ」
勿論、流石に気付いてすぐにさっと、キレイにされた。洗浄魔法。嘔吐したことなどまるでなかったかのように清められた僕は、結局、構わず揺さぶられている。
ああ。ああ。ああ。
男の魔力が、また腹に。
ああ。
そんな、悪夢でしかない日々の終わりは。予想もしないほど唐突だった。
「ルディ、ルディ、ルディ」
その日も男は僕の上で腰を振っていた。僕をベッドに組み敷いて、捕らえて、捉まえて、腰を掴み、開かせた足の間に自身をねじ込み、僕の尻の穴に、男の硬く逞しく長大な剛直を容赦なく突き入れている。そして躊躇なく、僕の様子になど何も構わず、好き勝手に僕を揺さぶった。
「ぁっ、ぁあっ、あぁああぁあぁぁ……」
揺れる度に漏れる声になど、何の意味もない。どんな意味も、乗っていない。
男は何も構わない。何も、かまわずどぷ、僕の腹の奥に熱を吐き、ずぞ、ずちゅ、それでも止まらず腰を揺らす。
どぷ、どぷ、幾度も、幾度も。とめどなく、僕の腹は男の欲で満ちていた。
ああ。
いつも通り。
その日も、変わらずいつも通り。
僕は何もわからず、男に揺さぶられるだけ。
ああ、どうして。
僕の父も母も、おそらくはこの男に殺された。
空いた王位にはきっと、この男が座ったのだろう。
僕の従兄弟だという。ろくに会ったこともなかった男だ。
どうして、そんなことをしたのだろう。
そしてどうして。こうして僕を、とどめ置くのか。
僕の思考と意識は、いつも受け続ける刺激に流されて判然とせず、だけど時折戻って、その時ばかりは僕も、零れ落ちそうな思考を必死でつなぎ留め続ける。
ずっと、ずっと考えていた。
どうして男はこんなことをしているのだろう。
どうして。
僕のわかる範囲で、僕の腹の中に男が突き入れていなかったことなどないけれど、そもそも僕の意識自体が遠く揺蕩っていることの方が多いのだ。
おそらく男は、僕が意識を失っている間は、この部屋にはいない。
だが、僕の意識がある時はほとんど必ず、僕の体は男によって穿たれている。
頻繁にこの部屋に戻ってきているのだろう、もしくはごく短時間しか、この部屋の外で過ごさないのか。
わからない。
この部屋の外で、男がいったい何をしているのか。この部屋の外は、いったいどうなっているのか。
僕には何もわからず、ただ男に揺さぶられるだけ。
その日もそうだった。
何も変わらなかった。
違ったのは男の言葉だ。
そしてその日。僕は少しだけ正気だった。
「ああ、ルディ……どうして散ってしまうんだろう……もう、私と君を邪魔する者など何もないのに」
ああ、ルディ、愛している。
愛している。唱えながら僕を揺さぶる男が、荒い息の合間合間に、小さく何かを囁いていた。
それらは全て、僕に聞かせるための言葉ではない。だけどその日に限って僕は、その、男の言葉を拾った。
「ああ、どうして」
嘆く男の言葉を拾った。
「君を手に入れる為だけに、私は邪魔なものを全て消し去ったんだよ? のにどうして」
僕を、手に入れる、ためだけに。邪魔なものを、全て。
邪魔なものを、全て?
おそらく男が、そんなことを囁いたのは、その日に限ったものではなかった。
ただ、僕がずっと正気じゃなかっただけだ。
男の言葉の意味を、少しも捕らえられず、揺蕩う意識の中で揺さぶられるだけだった。
なのにどうしてかその日に限って、僕の頭は少し冴えていて。
どうして、どうして、どうして。
僕を、手に、入れる、たったそれだけの為に、全て?
思い出す。
血まみれの男。
無遠慮に僕の部屋を開け放った、見覚えのない男。
思い出す。
『ルディ様』
僕の前に出て、僕を庇い、僕の目の前でごろり、床に転がり落ちた女官の頭。それをしたのは、目の前の男だった。
「あ、あ、ぁあ、ああ……」
僕は声を出した。いつもの、揺れるに任せて喉から漏れるそれではない。僕は本当に声を出した。
「ぁ、ぁあ、ぁ、ぁ、」
思い出す。
あの日、外はひどく騒がしく。部屋の外、遠くから迫ってきた喧騒、激しい剣戟の音。
思い出す。
男に捕えられ、抱き上げられ、暴れる僕をものともせず、この部屋へと運び込まれた。その道々。見慣れた王宮の廊下は全て。おびただしい量の血に、塗れていた。
赤、赤、赤。
何処も赤。
思い出す、思い出す。
男が言った。
「ああ、ルディ、ようやくだよ、ルディ。ようやく君に触れられる、ルディ、ルディ、愛している。愛している。邪魔するものはもう誰もいないんだ、ルディ」
わからなかった、わからなかった、わからなかった。
何も、わからなかった。
僕は何もわからなかった。
男は何を言っているのか。邪魔する者とは、何。
男は僕の父を、母を殺した。護衛や女官や他も。みんなみんなきっと殺した。
ああ。
男ははじめから言っていたではないか。
『やっと君に触れられる』
そう。
僕を、手に入れる、ために。
全て、全て、全て!
僕を、手に入れる、たったそれだけの為に!
「ぁ、ぁああぁぁああああああああああ!!!!!!!!」
僕は叫んだ。ほとんど二年ぶりの叫びだった。
そして。
ありったけの魔力を放つ。男に向けて放つ。
攻撃でも何でもない。
ただの魔力の放出。
だが、そんな風に魔力を、こんな近距離で放たれて。無事でいられる者などいない。
放った僕も、きっと無事ではいられないだろう。
構わない。
否、そんなこと、大したことではない。
ああ、どうして今までこうしなかったのだろう。
どうして。
「あああああああああ!!!!!!!」
放つ、放つ、放つ。部屋を渦巻く僕の魔力の奔流。ただ、男にのみ向かっていくそれ。僕のありったけの全て。
自分を顧みないそれ。
ああぁぁぁあああぁぁぁ……。
男は。僕の放つ魔力を。ただ無防備に受けて。何も、欠片も防ごうとすら、しなかった。
ああ。
「ル……ディ……」
男の力ない声が、僕を呼ぶ。血を吐いた男が、幸せそうに笑む。僕を見て、手を伸ばし。
ああ。ルディ。
もう一度。今度は、息だけで僕を呼んで。
「あいして、いる」
愛している。
男の指先が、僕の腹に触れ、そして。
それっきり。
男はもう、動かなかった。
「ぁ……は……はは……ははは、あは、はは……」
ははははははは。
僕は笑った。
何故かわからないけど、僕は笑った。
今、僕を満たすのは指一本すら動かせないような疲労感。全て解き放ち切って魔力など少しも残っていない。このままでは僕も。否、魔力は、残って、いない……はず。
僕は気付く。
僕の、腹。
男が最後に触れた場所。そこに、凝るよう、男の魔力が渦巻いていた。ぐるり、渦巻いて。それは。それが、示す意味は。
「ぁ…ぁ、ぁあ、ああ……?」
わからない、否、わからないはずがない。
どうして、なぜ、いつ。僕、が?
今を、僕は変えたかった。
この悪夢から、逃れたかった。
その為に、必要だと、僕が思った。
まさか、だから?
いや、いや、そんなもの、そんなもの。散らせばいい。散らす、散らす、要らない、そんなもの、要らない。要らない、はずなのに。どうして。
「ぁ、ああああああぁぁぁ……ああ」
は。はは。はははは。あははははははは。
僕は笑った。
もう、笑うことしかできなかった。
愛している。
男の声が、まだ、僕の耳にこびりついている。
離れない。これはきっとずっと離れない。
ああ。
愛している?
そんなもの、ただの呪いじゃないか。
ああ。
「あは。あはははは、はは、ははははははは」
僕は笑う、笑う、笑う。
僕の笑い声は、いつまでも。ずっと、何処にも届かないまま。
聞く者などもう、誰もいなかった。
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