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x-6・戸惑い
しおりを挟むユリィ様のお生まれになられた経緯というか、ユリィ様の状態というのは、実は国内貴族であるならば、誰でもが知っていることだった。
そもそも、少なくとも書類上は王妃となっていたレナディヤ公爵令嬢は亡くなられていて、にもかかわらず陛下は他の誰のことも傍へと近寄らせず、特にユリィ様の生まれたあと1年ほどは何処に行くにもユリィ様を連れていらしたのだ。
隠せるようなことではない。
ユリィ様の王配候補が私であり、実際の執務や公務は私が執り行うだろうことがあらかじめ定められていることに加え、他でもないその私や陛下が強くユリィ様をと望んでいることから、ユリィ様がほとんど名称だけとはなるが国王となることに、反対する者はいなかった。
つまり、本来ならば王となっても不足のない私が王となるのとあまり違いがないというので、それならと何とか納得した形である。
ユリィ様の出自を気の毒に思っている者も多かったことだろう。
多くの者がユリィ様のことを理解した上で、ユリィ様は学園に通われていたので、心ある者は皆、正しくユリィ様を尊重して接していたように私の目には見えていた。
少なくとも、あの女以外は。
学園はそもそも国が運営していて、ほとんど貴族などが礼儀作法、あるいは社交を学ぶための施設となっている。
だから必然、皆、親などにユリィ様のことを言い含められていたことだろう。
正しくユリィ様のお生まれになられた経緯などまでは知らずとも、いずれ国王になられるのは間違いがないし、そもそも気の毒な方なので、出来るだけ尊重して差し上げるようにだとか、そんな風に。
そうでもなければユリィ様のご病気の状態では、軽んじられてもおかしくはなかった。
実際に影で、不穏なことを言う者がいたことを知っている。
勿論そういった者には厳重に注意、抗議したのだが。
なにせユリィ様は魔力をほとんどお持ちではなく、それは平民並みか、もしかしたら平民以下かというような状態なのだ。学園に通えていたことこそ奇跡。
私や、ユリィ様のご学友である彼ら彼女らの尽力もあって、ユリィ様の耳に心無い言葉が届くようなことがあったとは思えない。
唯一の例外と言っていいのはやはりあの女。
自主的にほとんど動かれたりなさらないユリィ様とあの女は、本来なら出会うようなことはなかったのだが、それでも同じ学園に通っていることは事実。
あの女はそれを利用し、私や彼ら、彼女らの目をかいくぐりユリィ様の目に留まってしまったのである。
あの女に気付いたユリィ様が、ユリィ様の方からあの女に近づかれてしまっては、私たちに止める術はない。
出来るだけユリィ様の行動を妨げないように。そう心がけていたのだからなおさらだ。
ミュリニエ・ミェシュア。
元は平民として育てられていた庶子であったのが、少し前に貴族であった父親に引き取られたのだという子爵令嬢。
大変に小柄で子供っぽい、情緒面さえ幼いばかりの礼儀を知らない、名前だけの貴族令嬢。
大人や私、彼ら彼女らか、そんな私達が許容したものしかそれまで周りにいなかったユリィ様の目には、さぞや物珍しく映ったことだろう。
あれはおそらく珍獣のようなものだったはずだ。
なにせあの女ははっきりと無礼だった。
「ユリィ様ぁ」
などと、名前を呼ぶことなど、ユリィ様がご許可なさっていらっしゃらないというのに名前を呼び、媚びたような声でユリィ様にすり寄っていく。
体力のあまりおありにならないユリィ様は、そうされる度に少しよろけられる始末で、常にさり気なく周囲の者が支えねばならないほどだった。その上、
「ねぇ、ユリィ様ぁ、私、欲しいものがあるんですぅ」
とか何とか言って、なんだかよくわからないことをねだったり、時には、
「えぇ? ユリィ様ぁ、そんなことをおっしゃらないでぇ? もう!」
と、ユリィ様に向けて拗ねて見せたり、もはやもうやりたい放題だ。
ユリィ様も初めは彼女の言動に全くついていけていなかったように思う。
なにせ、何か欲しいと言われても、
「? ならば買えばよいのではないか?」
何故それを自分に言うのかと不思議そうにするばかりであったし、
「そんなこと、というのは何だろうか。説明してもらってもいいだろうか?」
だとか、疑問を浮かべていらっしゃることが多かった。
なお、あの女は他にも、
「うわぁ、流石王子様ですね!」
だとかユリィ様のことについて、よくわからない称え方をしていたりもしていたようだが、『流石』とはいったい何なのか。いったいあの女は何目線でユリィ様を評価しているのか。
評価する、などと言うことそのものが不敬なことこの上ない。
ユリィ様が素晴らしいのは、あまりにも自明の理であるのだから、皆、わざわざ口に出したりなどしないのである。
私は見るに見かねて再三彼女に注意した。
むしろ近づくなとさえ告げてしまった。
あまりにユリィ様を軽んじているかのような態度に怒りを抑えられず、つい口調などがいつになくきつくなってしまったのは、私の未熟さゆえだと反省している。
そんな中でいつの頃からか、ユリィ様の態度がおかしくなっていったのだ。
「ラシェ。貴様、彼女を罵ったらしいな? そのような嫉妬など見苦しいぞ」
だとか、物凄く言いたくなさそうに私に苦言を呈してきたり、
「お前、なぜ俺様の前に立っているのだ? 脇に避けて首を垂れるのが筋というものだろうが」
などと、やっぱり物凄く言いにくそうに、その場にいた生徒に言い付けてみたり。
ちなみに言われた生徒ははっきりきっぱり戸惑って、とりあえず言われた通り脇に避け頭を垂れながら、大変心配そうにユリィ様を見送っていた。
多分何らかのお考えがあり、偉そうな態度だとかを目指しておられたのだとは思うのだが、なにぶんもとよりお優しく穏やかなユリィ様のこと、誰の目にも無理をしているのが明らかで、ただ、皆、ユリィ様がそう望むのならと、無理に行動を諫めたりなどせず、見守っていたに過ぎなかった。
なお、あの無礼な女だけは変わらない。
相変わらずよくわからないことを言っては、ユリィ様を戸惑わせるばかり。
そうして、これは果たしてユリィ様は、少しでも外の世界を楽しまれることが出来たのだろうかと、皆に疑問を残しながら、ユリィ様は学園生活を過ごされていったのだった。
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