上 下
20 / 24

x-4・幼少期

しおりを挟む

 ユリィ様は目を覚まされず、苦しげに呻いておられるばかりだった。
 ユリィ様のご病気のことは予め伝えられていたし、起きていられる時間が短いのだとも聞いていた。
 だが、そのようなことは全く関係がない。
 あの時の衝撃となんと言い表せばいいのだろうか。
 今でも、昨日のことのように覚えている。
 艶のある、黒に近い紫の髪が汗をかいた肌に張り付いて、妙に艶めかしく私の目に移った。
 真っ白な肌と、反して、発熱もしていたのかもしれない、赤く染まった頬と。
 苦しげに寄せられた眉、お体の不調にお顔は歪んでいたはずなのにどうしてだろう。
 ユリィ様は、これまで見たことがないほどに……――大変にお可愛らしかったのである。
 私はユリィ様に一目で心を奪われた。
 そして自分の立場に歓喜した。
 自分は将来この方の王配となる。
 それはなんと素晴らしいことなのだろう。
 その当時の私の認識としては、いつかはこの方の婿となり、国王の代わりを努めねばならないという程度の物ではあったのだが、私の婚姻相手となる予定の方だということはわかっていた。
 婚姻、ということについてもぼんやりと。
 父と母のように、つまりは仲睦まじく生きていくのだと。
 私はそれからほどなく、ユリィ様に私以外が触れることさえ厭うようになっていった。
 ユリィ様はご病気で、常に魔力が足りておらず、可能な限りずっと、誰かが存在が揺らがない程度の魔力を、ユリィ様に流し続けていなければならない。
 そうでなければ目を覚ますことさえ、お出来になられはしないのだ。
 だがそれはつまりユリィ様の中に私以外の誰かの魔力があるということ。
 私以外がユリィ様に魔力を注ぐ。それは私に堪えがたい嫌悪感をもたらすことに他ならなかった。
 私は必死に魔法魔術、そして魔力操作を学んでいった。
 全ては私以外がユリィ様へと魔力を注ぐことを防ぐため。
 死に物狂いの私の努力は早々に認められ、幼くして私は多くの時間を、ユリィ様と過ごすことが出来るようになっていった。
 もともと私はユリィ様の王配候補。
 ユリィ様へと注ぐ魔力も、私のものだけ・・であれば、存在が揺らぐのを少なくすることが出来るだろうと、それまでは他の者では最小限しか流せなかった所を、それまで以上に注ぐことが出来るようになり、私は慎重に、しかし出来るだけ多くの魔力をユリィ様へと注いでいった。
 勿論お互いにまだ子供。性行為やそれに類似した方法ではなくて、治癒魔術か、それの応用程度で、ではあったのだが。
 そもそも治癒魔術などで流せる魔力などそう多くはない。
 だが、それまで以上の魔力量であったのは間違いなく、ユリィ様のご不調はすぐさま、少しばかり改善されたようだった。
 何とか起きていらっしゃったユリィ様が、私が治癒魔術を行使した途端、目を見開いて驚かれ、信じられないものを見る目で私を見た時、私は非常に誇らしい気持ちになったのを今もよく覚えている。
 次いで目にすることが出来た、ユリィ様のお可愛らしい笑顔も。
 少しばかり、長く起きていられるようになったユリィ様は私と共に勉学に励むこととなった。
 ユリィ様はお優しく控えめで、そしてとても聡明な方だった。
 ご自身のお体の不調故もあったのだろう、どうやらご自分のご希望を口にすることさえ得意ではないらしく、強く、何かを望まれることさえほとんどなかった。
 おそらくはそうなさるだけの気力や元気が全くおありにならなかったのだ。
 いつも小さく微笑んで、周囲の望む通りに行動なさった。
 ご聡明ではあったので、おそらくは周りの者の機微を察せられていたが故に。
 そしてそれに沿って行動なさるのが、つまりはユリィ様にとって楽だっただけの話なのだろう。
 頭の回転や記憶力、という点においては本当に優れていらした方だと思う。
 なにせそれまでほとんど起き上がることさえお出来になられていなかったというのに、すぐに私と同じお勉強をなさることが出来るようになられたのだから間違いない。
 とは言え魔法魔術などは使用できるはずがない、剣術や体術など言わずもがな。
 年を経るごとに、ユリィ様の分まで、そういった方面も習得しなければならなかった私は、ずっとユリィ様のお傍に居続けられなくなっていくことを、堪えなければならなかった。
 私の居ない間、私の代わりにとユリィ様のお父上であり、私の叔父である国王陛下が用意なさったのは、比較的年の近い高位貴族の子供のうち、特に治癒魔術や魔力操作に長けた幾人かの者達で、おそらく将来的に、ユリィ様を支えて欲しいというような意図があったのだろうと思われる。
 もしくは私に何かあった時のための保険か何かだったのか。
 私の代わりということは、私がいない間、ユリィ様をお支えし、たとえ少しでも魔力を注ぐのは私ではなく彼らだということだ。
 それは私にとっては堪えがたいことではあったのだが、ユリィ様の状態を思うと、飲みこまねばならないことでもあった。
 とは言え、用意した者がどうしても分別の足りなくなりがちな子供ばかりであったのは、よくない部分もあったのではないか、そう思うのもやはり随分後になって、否、今になって思うことで、その時には気づかずに。
 だからこそユリィ様はあのようなことを口に出すようになってしまわれたのだろう、そんな風にも考えられた。
 なにせユリィ様に影響を与えることが出来たのは、私以外には彼ら彼女らだけ。
 ユリィ様の周囲にいる侍女や侍従が、ユリィ様を大変に大切に扱っていたのは私も十分理解している。
 陛下などは言わずもがなだ。
 忙しい中を縫って、少しでもとユリィ様と触れ合われ。
 あれは溺愛というに相応しい扱いだったと私の目に映っていた。
 ユリィ様も、陛下からの愛情は疑っておられなかったようだから間違いない。
 にもかかわらず、あんな、ご自身に価値がおありにならないだなんて。
 そんなはずがないというのに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

青い臆病者と白金の天然兵士

ヒツジ
BL
※この作品はBLの要素を含みます。 【白き魔女と金色の王】と言う作品の番外編で、ツギハとカダのお話です。

よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜

高菜あやめ
BL
【マイペース美形商社マン×頭痛持ち平凡清掃員】千野はフリーのプログラマーだが収入が少ないため、夜は商社ビルで清掃員のバイトをしてる。ある日体調不良で階段から落ちた時、偶然居合わせた商社の社員・津和に助けられ……偏頭痛持ちの主人公が、エリート商社マンに世話を焼かれつつ癒される甘めの話です◾️スピンオフ相川x太田【爽やか甘重な営業エースx胃腸が弱いエンジニア】◾️2024/9/9スピンオフ白石x片瀬(幼馴染同士)をアップ

恋の終わりもその先も~ずっと好きだった幼なじみに失恋したので、

愛早さくら
BL
忘れ形見 も 創ることにした ↑ここまでタイトル。 ティシクニ王国の第1王子でありながら王立騎士団の団長も務めるリシュは幼馴染みであり、自身の副官でもある公爵子息マディのことが好きだった。 しかし長くセフレ関係を続けながら、それがゆえか恋人同士には進めないでいた。 とは言え、お互い口に出せないだけ、マディとは相思相愛だとばかり思っていたのに、ある日、マディの好みは自分ではないと知ってしまって……――?! 俺は今日、失恋した。 から始まる、ちょっと素直になれない系のでも包容力はある方な攻め×自分に自信があるタイプのちょっと思い込みが激しめな受け、でありがちな勘違い、すれ違い物。 に、記憶喪失ネタと隠し子ネタを添えて。 オチバレすると失恋自体が勘違いです!ハピエン! 相変わらず「固定CP」が最大のネタバレ。 ・いつもの。(他の異世界話と同じ世界観) ・今回も国ごと新規! ・切ない風に思える描写もあるかもしれませんが、主人公が脳筋よりの自信家なので悲壮感はそんなにないはずです。 ・頭はいいはずなのに馬鹿な主人公(というか、思考がぶっ飛んでいる。) ・喧嘩っぷる要素あり ・って感じに出来ればいいなぁ~! ・男女関係なく子供が産める魔法とかある異世界が舞台。 ・R18描写があるお話にはタイトルの頭に*を付けます。 ・視点がコロコロ変わります注意!

オレとアイツの関係に名前なんていらない

ゆあ
BL
オレとアイツの関係を表すのは、セフレとか知り合いとか…そんな言葉しかない ただ、相性が良かっただけ この気持ちを伝えてしまえば終わってしまう関係なら、それならこのままでいい 素直になれない大学生のすれ違い

こっち見てよ旦那様

BL
会社存続の為、かの有名な三ツ橋グループの一人息子であり副社長の元に嫁いだオメガの透。 郊外の広々とした一軒家で新婚生活スタート…というわけにはいかず。 夫である潤也の態度はぎこちなく、会話もあまりない。 嫌われているのかな…と出会い当初から想いを寄せる透は心配するが実際は…旦那様の方が透にベタ惚れだった? ──── 「咲夜の恋路」 無事に2人の想いは通じあい、愛息子を交えてこれまで以上に幸せな2人。 そんな中、旦那・潤也の甥がいろいろあって居候をする事に。 甥っ子の咲夜αはどうやら想い人がいるようで…。 併せてお楽しみください 【注】 オメガバースです(独自の解釈設定あります) 妊娠表現、後に出産表現あります。 妊婦のことや、妊娠出産一連のことについて知識が未熟なことがあります。 慎重に考えて書いてはいますが、失礼に当たることがあれば申し訳ありません。 苦手な方は回れ右でお願い致します。 深く考えず、娯楽として気楽に読んでいただけると嬉しいです。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

ゲイアプリで知り合った男の子が浮気してお仕置き調教されるはなし

ましましろ
BL
あらすじはタイトルの通りです。 ※作者の性欲発散のために書いたのでかなりハードなプレイ、マニアックな内容となっております。 【登場人物】 黒田春人 (ハル) 会社員 26歳 宮沢時也 (M) 無職 18歳 タロさん 別のBL小説を同時に連載しているので投稿頻度はまだらです。

変異型Ωは鉄壁の貞操

田中 乃那加
BL
 変異型――それは初めての性行為相手によってバースが決まってしまう突然変異種のこと。  男子大学生の金城 奏汰(かなしろ かなた)は変異型。  もしαに抱かれたら【Ω】に、βやΩを抱けば【β】に定着する。  奏汰はαが大嫌い、そして絶対にΩにはなりたくない。夢はもちろん、βの可愛いカノジョをつくり幸せな家庭を築くこと。  だから護身術を身につけ、さらに防犯グッズを持ち歩いていた。  ある日の歓楽街にて、β女性にからんでいたタチの悪い酔っ払いを次から次へとやっつける。  それを見た高校生、名張 龍也(なばり たつや)に一目惚れされることに。    当然突っぱねる奏汰と引かない龍也。  抱かれたくない男は貞操を守りきり、βのカノジョが出来るのか!?                

処理中です...