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x-4・幼少期
しおりを挟むユリィ様は目を覚まされず、苦しげに呻いておられるばかりだった。
ユリィ様のご病気のことは予め伝えられていたし、起きていられる時間が短いのだとも聞いていた。
だが、そのようなことは全く関係がない。
あの時の衝撃となんと言い表せばいいのだろうか。
今でも、昨日のことのように覚えている。
艶のある、黒に近い紫の髪が汗をかいた肌に張り付いて、妙に艶めかしく私の目に移った。
真っ白な肌と、反して、発熱もしていたのかもしれない、赤く染まった頬と。
苦しげに寄せられた眉、お体の不調にお顔は歪んでいたはずなのにどうしてだろう。
ユリィ様は、これまで見たことがないほどに……――大変にお可愛らしかったのである。
私はユリィ様に一目で心を奪われた。
そして自分の立場に歓喜した。
自分は将来この方の王配となる。
それはなんと素晴らしいことなのだろう。
その当時の私の認識としては、いつかはこの方の婿となり、国王の代わりを努めねばならないという程度の物ではあったのだが、私の婚姻相手となる予定の方だということはわかっていた。
婚姻、ということについてもぼんやりと。
父と母のように、つまりは仲睦まじく生きていくのだと。
私はそれからほどなく、ユリィ様に私以外が触れることさえ厭うようになっていった。
ユリィ様はご病気で、常に魔力が足りておらず、可能な限りずっと、誰かが存在が揺らがない程度の魔力を、ユリィ様に流し続けていなければならない。
そうでなければ目を覚ますことさえ、お出来になられはしないのだ。
だがそれはつまりユリィ様の中に私以外の誰かの魔力があるということ。
私以外がユリィ様に魔力を注ぐ。それは私に堪えがたい嫌悪感をもたらすことに他ならなかった。
私は必死に魔法魔術、そして魔力操作を学んでいった。
全ては私以外がユリィ様へと魔力を注ぐことを防ぐため。
死に物狂いの私の努力は早々に認められ、幼くして私は多くの時間を、ユリィ様と過ごすことが出来るようになっていった。
もともと私はユリィ様の王配候補。
ユリィ様へと注ぐ魔力も、私のものだけであれば、存在が揺らぐのを少なくすることが出来るだろうと、それまでは他の者では最小限しか流せなかった所を、それまで以上に注ぐことが出来るようになり、私は慎重に、しかし出来るだけ多くの魔力をユリィ様へと注いでいった。
勿論お互いにまだ子供。性行為やそれに類似した方法ではなくて、治癒魔術か、それの応用程度で、ではあったのだが。
そもそも治癒魔術などで流せる魔力などそう多くはない。
だが、それまで以上の魔力量であったのは間違いなく、ユリィ様のご不調はすぐさま、少しばかり改善されたようだった。
何とか起きていらっしゃったユリィ様が、私が治癒魔術を行使した途端、目を見開いて驚かれ、信じられないものを見る目で私を見た時、私は非常に誇らしい気持ちになったのを今もよく覚えている。
次いで目にすることが出来た、ユリィ様のお可愛らしい笑顔も。
少しばかり、長く起きていられるようになったユリィ様は私と共に勉学に励むこととなった。
ユリィ様はお優しく控えめで、そしてとても聡明な方だった。
ご自身のお体の不調故もあったのだろう、どうやらご自分のご希望を口にすることさえ得意ではないらしく、強く、何かを望まれることさえほとんどなかった。
おそらくはそうなさるだけの気力や元気が全くおありにならなかったのだ。
いつも小さく微笑んで、周囲の望む通りに行動なさった。
ご聡明ではあったので、おそらくは周りの者の機微を察せられていたが故に。
そしてそれに沿って行動なさるのが、つまりはユリィ様にとって楽だっただけの話なのだろう。
頭の回転や記憶力、という点においては本当に優れていらした方だと思う。
なにせそれまでほとんど起き上がることさえお出来になられていなかったというのに、すぐに私と同じお勉強をなさることが出来るようになられたのだから間違いない。
とは言え魔法魔術などは使用できるはずがない、剣術や体術など言わずもがな。
年を経るごとに、ユリィ様の分まで、そういった方面も習得しなければならなかった私は、ずっとユリィ様のお傍に居続けられなくなっていくことを、堪えなければならなかった。
私の居ない間、私の代わりにとユリィ様のお父上であり、私の叔父である国王陛下が用意なさったのは、比較的年の近い高位貴族の子供のうち、特に治癒魔術や魔力操作に長けた幾人かの者達で、おそらく将来的に、ユリィ様を支えて欲しいというような意図があったのだろうと思われる。
もしくは私に何かあった時のための保険か何かだったのか。
私の代わりということは、私がいない間、ユリィ様をお支えし、たとえ少しでも魔力を注ぐのは私ではなく彼らだということだ。
それは私にとっては堪えがたいことではあったのだが、ユリィ様の状態を思うと、飲みこまねばならないことでもあった。
とは言え、用意した者がどうしても分別の足りなくなりがちな子供ばかりであったのは、よくない部分もあったのではないか、そう思うのもやはり随分後になって、否、今になって思うことで、その時には気づかずに。
だからこそユリィ様はあのようなことを口に出すようになってしまわれたのだろう、そんな風にも考えられた。
なにせユリィ様に影響を与えることが出来たのは、私以外には彼ら彼女らだけ。
ユリィ様の周囲にいる侍女や侍従が、ユリィ様を大変に大切に扱っていたのは私も十分理解している。
陛下などは言わずもがなだ。
忙しい中を縫って、少しでもとユリィ様と触れ合われ。
あれは溺愛というに相応しい扱いだったと私の目に映っていた。
ユリィ様も、陛下からの愛情は疑っておられなかったようだから間違いない。
にもかかわらず、あんな、ご自身に価値がおありにならないだなんて。
そんなはずがないというのに。
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