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2・少し前の話、発端。
しおりを挟むなぜこんなことになったのか。
それは僕、ユリティルア・エラフィオが、ここ、エラルフィアラ王国に唯一の王子として生を受けたのが問題だったのだとそう思う。
時間は少しさかのぼる。
今日は僕……否、俺様の、成人祝いのパーティーだった。
国中の貴族が集まって、俺様を祝ってくれる……否、俺様を祝わせてやるための場だ。
本当の予定では、今日、婚約者であり、従兄弟でもある公爵家の三男、ヴァラシエタ・ミサフィレとの婚姻式の日程を発表する予定となっていた。
勿論、俺様は初めからそんなものするつもりはなく、それどころか、学園で仲良くなったミュリニエ・ミェシュア子爵令嬢を傍らに控えさせ、開会の挨拶を待たずに、ヴァラシエタ・ミサフィレを勝ち誇ったような笑みで眺めながら、物凄く大きく声を上げてやった。
すなわち、
「ヴァラシエタ・ミサフィレ! 俺様はここで、貴様との婚約破棄を言い渡す!」
とそう。
今から開会の挨拶が始まろうとしていて、皆がおしゃべりをそれぞれ控え始めていた中での俺様の大声は、予想していたよりも大きく会場中に響き渡った。
場が一瞬で騒然とする。
ざわざわ、ひそひそと俺様を信じられないというような目で見つめてくる、突き刺さるような視線、視線、視線。
はは、それでいい。
俺様は内心、笑いだしたいような気持ちで、ただ、ヴァラシエタ・ミサフィレから視線を外さなかった。
すり、どこか不安そうに、ミュリニエ・ミェシュア子爵令嬢が俺様に身を摺り寄せてくる。
可愛らしく、気弱な女性らしいその仕草。
これが全て計算だというのだから、むしろミュリニエ・ミェシュア子爵令嬢は女優という意味では優秀過ぎるのではないか、頭の片隅でそんなことを思いながら、俺様はおもむろに彼女をやんわりと抱き寄せた。
そんな俺様たちの様子を見て、ヴァラシエタ・ミサフィレがぎゅっと不快気に顔をしかめる。
ああ、最高だ!
俺様はその顔が見たかった。
怒っているのだろう。俺様のことを、もしかしたら憎いとまで思っているのかもしれない。
もっともっと怒ればいい。そう思った。
もっともっと、怒って、そして……――。
ヴァラシエタ・ミサフィレが大変に嫌そうに口を開く。
「……殿下。それはもしや、その腕に抱いておられる、ご令嬢が関係していらっしゃるのでしょうか」
どこか俺様とミュリニエ・ミェシュア子爵令嬢との仲を疑うような、あるいは確認するようなその言葉に、俺様は鷹揚に頷いた。
「見た通りだ。そんなこともわからないのか? 優秀だと思っていたのだが、存外そうでもないのだな?」
バカにしきったようにそう言ってやった。
ちなみに俺様は、別にヴァラシエタ・ミサフィレからの確認を肯定したわけではない。見た通り、そう言っただけだ。
それをヴァラシエタ・ミサフィレがどう受け止めるのかは俺様のあずかり知らぬ話。
「元々気に食わなかったんだ。なぜ俺様が、同じ男であるお前などに、足を開かなければならないとされているのか。逆ならまだしも、俺様はこの国唯一の王子にして王太子だぞ? もっとも、お前などに手を出す気にもならんがな」
こんな場所で口にするような内容では全くないが、ますますヴァラシエタ・ミサフィレが顔をしかめたので、望んでいた通りだと俺様は満面の笑みを浮かべていた。
ミュリニエ・ミェシュア子爵令嬢をやんわりと抱いていただけの腕におもむろに力を入れてやる。
そんな俺様の様子が言葉も相俟って大変に不快なのだろう、ヴァラシエタ・ミサフィレの眉が不機嫌も露わにピクリと動いた。
ああ、よい、よいぞ! もっと、もっとだ! もっともっと怒るといい!
国王である父上は、まだこの場にはいらっしゃらないが、すぐにもいらっしゃることだろう。
むしろ俺様の言動を、知らせに走った者がいると考えた方がいい。
それを聞いた父上はどう思うだろうか。
それを想像するだけで、俺様は楽しくて仕方なかった。
何もかもが俺様の思う通りに進んでいる。
「俺様の相手は、例えば彼女のような、可憐で儚く、か弱い女性が相応しい。貴様もそう思うだろう?」
「……私はそうは思いませんが」
にやにやと笑いながら告げてやると、ヴァラシエタ・ミサフィレは物凄く苦い顔のまま、ぼそりと否定の言葉を吐き出した。
俺様は今度は不快気に顔を歪めた。
「俺様の言葉を否定するのか? なんと不敬な。まぁよい、お前がどう思うかなど関係のない話だ。聞けばお前は彼女に、意地の悪いことを告げたり、嫌がらせのようなことまでしていたという。そもそもそう言ったことをしでかすお前など、俺様の婚約者に相応しいわけがない」
正直な所、理由など何でもよかったのだけれど。
とりあえず今は、事実を上げ連ねておいてやった。
ミュリニエ・ミェシュア子爵令嬢がタイミングよく、俺様に小さく柔いその体を押し付けて、悲しそうに顔を歪める。
見る物の庇護欲を誘う、哀れそのものの表情だ。
「わ、私、大変に恐ろしくて……ユリィ様ぁ……」
瞳に涙さえ滲ませて声を震わせた。
可憐で儚いその様子に、流石だなぁと俺様は感心する。
ヴァラシエタ・ミサフィレはまたしてもピクリ、不快気に眉を動かした。
怒っているのだろう、それでいい。
「とにかく、俺様はお前との婚約を破棄する。理由は今告げた通りだ」
理由も何もないけれど、俺様ははっきりとそう言い切った。
いつの間にか会場中がシーンと静まり返っていて、俺様とヴァラシエタ・ミサフィレ、ミュリニエ・ミェシュア子爵令嬢の様子を注意深く窺っていた。
しばらくの間、俺様を睨みつけていたヴァラシエタ・ミサフィレがややあっておもむろに口を開く。
「……殿下。それは本当に殿下の本心だと、そう判断して間違いないのですね?」
まるで念押しのようなヴァラシエタ・ミサフィレの言葉に、俺様ははっきりと覆いく頷く。
「ああ、間違いない。俺様はお前との婚約を破棄する」
ヴァラシエタ・ミサフィレは深く、溜め息を吐いた。
「………そうですか」
そしてはっきりと頷いた。
やった!
俺様は内心、歓喜に打ち震えた。
否、きっと顔にも出てしまっていただろう。
なにせ長年の希望がかなった瞬間だったのだ。
ミュリニエ・ミェシュア子爵令嬢を抱き寄せていた腕からやんわりと僅かだけ力を抜いていく。
傍らでミュリニエ・ミェシュア子爵令嬢が少し不審そうに身動ぎしたが構うものか。
もうそうしている必要などないのだから。
そこへ、ちょうどタイミングよく扉が開いて、父上が威厳を持って、その姿を現した。
ああ、やっとだ。
俺様はわくわくとそちらを見た。
満面の笑みで。
そして。
「……これはいったい何の騒ぎだ」
父上が、怒りも露わに、そう言葉を吐き出したのだった。
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