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88・俺の話⑩
しおりを挟む改めて思い返しても、印象深い出来事のようなものすら何もなかった。
コリデュアで確かに俺は、12歳まで育ったはずなのに。
子供の時の記憶がないわけではない。概ね全て覚えている。記憶がなくなっているわけではないのだ。忘れているわけでも。ただ、当てもなく意味もなくふらふらと王城内を彷徨っては、興味が惹かれたものを眺めたり、触れたり、お腹が空いたら適当なものを好きに食べて、暗くなったら着替えて風呂に入って寝る。ただひたすらにそれが繰り返される日々。何年も、何年も。
辛うじて文字が読めたのは、おそらく基本的なものは5歳になる前に教わっていたからではないかと思う。誰かに何かを教えてもらっている記憶もなかった。
「当然、教育係だとか、それどころか俺専用の使用人だとかも存在しなかった。俺は本当に一人で、誰からも何も教わらず、ろくに何かを学んだこともなかった。でも本が読めたから、文字は5歳になる前に教えてもらっていたんだろう。日がな一日書庫にこもって、文字を追うこともあった。でも大抵の日々は当てもなく王城内をうろついてたよ。ナウラティスに行くまではずっとそうで、それが俺にとっての普通で、日常で。全部が変わったのは、伯父がふらりとコリデュアに立ち寄ってからだ」
苦しいも悲しいも楽しいも何も知らない俺にとって、日々とはただ無為に過ぎていくだけのものに過ぎなかった。自分の年齢さえ知らず、目標もなく、ただ生きていく。
それは果たして、本当に生きていると言えるものだったのだろうか。
「伯父上というのは、つまりナウラティスの?」
「ああ、前皇帝だ。ニアセプディア・ジルサ・ナウラティス。母の兄で俺の伯父。今も伴侶の方と共に世界を旅していらっしゃる。転移魔法が使える方だから、度々国にも戻っておられるけれど。ディーウィとかオーシュが、アーディ様って呼んでる方だよ」
ラルの質問にこくりと頷く。
随分と世話になったから、全く頭が上がらない相手だった。
「伯父はたまたまコリデュアに立ち寄っただけだった。それで、俺がコリデュアにいることを思い出して、様子を確認しておこうと、思われただけだったらしい。でも……――伯父が見たのは、王城の中にいながら、まるで浮浪児みたいな俺の姿。いや、見た目はちゃんとほとんど毎日風呂に入っていたから、そこまで汚いだとかいうわけではなかったんだけど、見た目以外の行動が、浮浪児そのものだったと伯父が言っていた。自分でもそうだっただろうと思うよ」
苦く笑う。ラルに握られたままの手が温かかった。
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