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52・わからないなりに

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 しかし二人は今、俺にこれ以上何かを言い募るつもりはないらしく、特にオーシュが一度ぐっと歯を食いしばるかの様子を見せたかと思うと、努めてゆっくりと息を吐き、どうやら込み上げる激情を抑えようとし始めたようだった。
 オーシュはしばらく呼吸を繰り返して、ようやく衝動をやり過ごせたらしく、それでもなお震えながら口を開き始める。

「多分、今お前に言ってもわかんねぇままだろうし、そういうのは、おそらくもう、俺らの役目じゃなくなってるんだろうから、もういい。ただし、ラル様には報告しておくから覚悟しとけよ。それより、配膳係だったな。目星はついてるのか?」

 いったい何の覚悟だというのだろう。よくわからないが俺は頷いた。

「怪しいのは三人。というか、俺に食事を運んでくるのは、その三人のローテーションだからな。ただ、特定の一人の時に決まって、というわけでもないから、それ以上は絞れていない。厨房の者と出入り業者を候補に入れたのはその所為だ」

 特定の人物が運んでくる時に決まって、ということなら、迷うこともなかったし、特定も容易だっただろう。
 でも今回の場合はそうではない。
 件の三人の、どの人物が運んだ時も、毒物、あるいは異物の混入が確認されたのだ。それ以上絞りようがなかった。

「わかった。いつ、何が、ってのは覚えてるのか? 誰が運んだ時にってのも含めて」

 続けて確認されて、俺は頷く。

「ああ。ただ、俺の記憶頼りになる。証拠はない」

 次に毒物、あるいは異物が混入してきた時には、対象の食事を保全することで、証拠とすることは可能だろう。
 これまでは特に問題なく平らげてしまっていたのだけれど。だから当然、該当の毒物も異物も存在していない。
 ただ、犯人はそういった者を所持しているはずなので、それを調べても証拠には出来そうだとも思った。
 ラルにもすぐに報告すると言っているので、今度は口にする前に、ラルに伝えればいいはずだ。
 俺はそのままを、オーシュにも告げた。
 そうするとオーシュは深く、深く溜め息を吐いて。

「……ぜひ、そうしてくれ。むしろ初めからそうして欲しかった。フィリス。俺たちはお前に毒なんて、一口たりとも口にしてほしくないんだ。それだけでも、わかって欲しい」

 まるで懇願するかのように、そんな言葉を絞り出した。
 俺はきゅっと眉根を寄せた。
 よくわからない。よくわからない、のだけれど。
 否、わからないからこそ、そういうものなのかもしれないとは思った。だから。

「わかった。今後は気を付ける」

 素直に、そうとだけ首肯したのだった。
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