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30・道中②

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 そんな魔獣や魔物の出現する可能性が高い、魔の森へと近づく街道。
 なら、今ラルがしているのは、今後の相談か何かなのだろう。
 ふむ。なるほど?
 俺は一つ頷いた。

「俺達も行こう」

 促しながら立ち上がると、ディーウィはやはり、にこりと一つ微笑んで。

「仰せのままに」

 行儀良く俺の後に続いた。
 馬車を出ると、少し息がしやすくなる。どうやら自覚していなかったが、長時間狭い馬車の中で過ごしているうち、気付かないうちに疲れてしまっていたらしい。
 さもありなん。
 そもそも俺は馬車での移動自体、ほとんど経験がない。学生時代に少しばかり遠出をした時ぐらいのものだろうか。それだって精々が、ポータルから目的地までだとかいう、長くもない距離ばかりだ。
 伯父に連れられてナウラティスに行く時だって、伯父はとっとと転移魔法を使用していた。曰く、

「え、移動時間、無駄だろう?」

 とのこと。少しばかり効率主義な所のある伯父らしい意見だった。無駄を楽しめない人というわけでもないのだけれど。
 ともかく、そんな風に俺には馬車に揺られた経験がなく、必然、これほどの長時間は記憶にある限り初めてで。
 だからきっと、疲れていることにさえ、気付いていなかったのだろうと思う。
 それが丸二日以上。時折休憩を取っているとは言っても、疲労は蓄積していっていたのだろう。
 気付いたのが今なのは、近くにいるのがディーウィだけだからだろうか。俺はラルの存在そのものに、まだ少し緊張したままなのかもしれない。
 ラルが近くにいる限りは、疲れていることにさえ気づけないぐらいには。
 馬車を降りるとすぐ、見える場所に、それぞれの馬車を率いている3人の御者ぎょしゃと従者らしき人、それに護衛の代表と思われる男性とラルが、固まって、何事か話し合っているようだった。
 御者台に残ったままだったらしいオーシュが、頭の後ろで腕を組んで、僅かばかり伸びをしながら、ラルたちの方へ向けて顎をしゃくった。

「あれ。こっから先の道について相談してるみたいだな」

 予想通りの状況に、俺は頷く。

「わかった」

 オーシュの側を横切って、ラルの方へと歩み寄った。

「ラル」

 俺からの呼びかけに、ラルがすぐに振り向く。

「フィリス。出てきたのかい? 待たせてすまないね」
「構わない。これからの道の話だとか」
「うん? 聞こえていたのかな。どうするのがいいかと思って」

 ちらと一瞬ラルの視線がオーシュを指した。馬車の中にまで聞こえていたとは流石に思わなかったのだろう。ラルの示すとおり、聞いていたのはオーシュだ。

「護衛だからな。耳はいいようだ」

 ついでにオーシュは気配にも敏感だ。今、あのようにどこか気を抜いた態度でいるということは、この近辺、オーシュの感知できる範囲に、目立った危険はないということ。
 態度は悪いが、腕のいい男なのである。

「それより、この辺りはヘリニエ村の近くなのだろう? もう少し進むと魔の森も近づいてくるとか」
「よくわかったね。そうなんだ。もう夕方だからね。多分このまま進まない方がよさそうなんだけど、問題の辺りを過ぎたところにしか、めぼしい宿がなくて。野宿しかないかと相談していた所なんだよ。もしくは、迂回路の方へと進路を変えるか。そうしたら魔の森からは遠ざかるから、もう少し進められるし、そちらにも宿はあるからね。ただ、そのまま進むとなると、結構な遠回りになってしまって。かと言って一度宿まで進んで此処まで戻ってというのも……」

 出来るならば野宿は避けたいという雰囲気があった。だけど、俺には理解できない。
 貴族だからだろうか。だが、国内のあちこちにポータルのあるナウラティスじゃあるまいし、貴族であるからこそ馬車での長距離移動もそこそこ慣れているだろうし、当然、野宿だって経験があるはず。今更、何を厭うことがあるというのか。

「野宿でいいだろ。停められるところはあるんだろう?」
「もう少し進むと、開けたところに出ます」

 俺の問いに答えたのは地図を持っていた従者らしき人物だった。御者もそれぞれ頷いている。
 護衛も特に異論はないらしく、しんなりと、困ったように眉を下げているのはラルだけだ。

「出来れば……宿にと、思ってたんだけどね」

 案の定、控えめに不満を口にする。俺はぎゅっと眉根を寄せた。

「野宿で……何か、不都合があるのか?」

 どうしてラルが嫌がるのかがわからない。俺の応えにラルはますます困ったような顔をして。ややあって小さく溜め息を吐いた。

「……君に野宿をさせたくなかったんだよ」

 などと呟く。どうやら俺を気遣ってくれていたらしい。
 俺はそんなラルの言葉に、どんな顔をすればいいのかわからなかった。
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