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3・偽りの学園生活

3-7・嵐が来る前夜

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「ティール様って実際に前世のこと、どれぐらい覚えてます?」

 そんなことをミデュイラ嬢に訊ねられたのは学園に通い始めて、2週間ほどが経った時のことだった。
 入学式も終わり、授業も始まってようやく落ち着き始めた頃で、かつ、到着の遅れていたもう一人の留学生、あの、キゾワリ聖国聖王のご息女が通学を開始する前日の夜である。
 夕食を済まし、寝支度を整えるまでの短い時間、居間に備え付けられたテーブルに共についていたミデュイラ嬢がそう言えばと話し始めたのだ。
 なお、ピオラの護衛はティアリィを含め男性しかナウラティスからは連れてきておらず、女性も必要だろうという意見があり、ファルエスタ側より騎士団長のご息女が新たに護衛として同じ部屋で過ごすようになっている。
 フォセシア・ヤネニスと言って、今も同じ部屋の中、少し違う場所で他の護衛となにやら相談だか打ち合わせだかをしているようだった。
 他の数人の侍女も何やら仕事をこなしていて、同じテーブルについているのはピオラとティアリィ、ミデュイラ嬢とカシェリのみ。
 ほとんど毎晩このような席は用意されるが、ソファに座る人物はその時々によって違い、手がすいた者が共にお茶を嗜んだ。つまり今日はたまたまこの四人だったというだけの話。
 ティアリィはそれなりの頻度でナウラティスに帰っていることもあり、実はこの席にいることの方が少なかった。
 今日はたまたま、まだ戻っておらず、いくつかの情報交換を行っていて、それもひと段落したのを見計らったかのようなタイミングでミデュイラ嬢が口を開いたのだった。

「前世? うーん、実をいうともうほとんど覚えていないんだ」

 産まれてそろそろ30年になる。前世ともなるとその前のこととなり、記憶などすでにほとんどあやふやになっていた。
 それこそ、ティアリィ自身がミデュイラ嬢ぐらいの年の頃なら、今よりは流石にもう少し覚えていたような気もするけれど、元々年を経るごとに忘れていっていたのだ。特に重要なこと以外は覚えていられたはずもない。

「あ~やっぱり……そうですよねぇ、私も、もう随分とあやふやで……」

 ミデュイラ嬢もティアリィと同じく、生れた時から前世の記憶があったらしく、そうである場合の常としてやはり多くの部分を忘れてしまっているのだという。

「なんか、ゲームだかマンガだかで読んだ話と似てる世界だなってのは小さい時から覚えていて、私の名前がそれの主人公の名前だなってのは覚えているんですけど、じゃあ、その話はいったいどんな話だったのかってなるともうさっぱりで」

 かろうじて覚えているのは一部の登場人物ぐらい。攻略対象は割と印象深かったのである程度は忘れていないのだが、それ以外は本当に怪しいのだと肩を竦めるミデュイラ嬢に、それで何か問題でもあるのかとティアリィはきょとと首を傾げた。

「だって明日にはあの、キゾワリから! 王女様がいらっしゃるでしょう? 確か彼女も出てきたんですよね。ピオラ様と同じく、悪役令嬢、というか、主人公のライバル的存在として」

 だからいろいろと気になってしまうのだとミデュイラ嬢が続ける。
 それでいて何も覚えていないせいで余計に不安に思うのだと。
 なるほどと一つ頷きながら、ティアリィはしばし考えた。

「うーん。ミデュイラ嬢も知っているとは思うけど、この世界に強制力、みたいなものはないし、物語は物語だろう? あまり気にする必要なんてないとは思うんだけど……」
「私も勿論。それはわかってるんです。そもそもティール様なんて出て来なかったはずですしね。まぁ、ゲームだかマンガだか云々は別にしても、キゾワリの王女様だってだけで私は不安ですよ」

 だってあのキゾワリだ。
 それも、年だってこの国のユーファ殿下とピオラのちょうど真ん中になる王女だなんて。狙い・・が見え見え過ぎて、気にするなという方が無理な話。

「部屋だってなんでも、その王女様に宛がわれた部屋が、私たちのいる此処よりグレードが低いっていうんで、文句をつけてきたらしいですよ、ファルエスタに。私からするとなんで同じと思うんだって話なんですけどね」

 国力差ってものが分かっていないのか。
 愚痴よろしくこぼすミデュイラ嬢にティアリィは苦笑しか返せない。
 部屋に関してはナウラティスの関与しないファルエスタ側の判断となっていて、ティアリィ自身はさほど重要視はしていなかった。ただし、其処にある事実・・・・・・・自体は今後の外交の参考には勿論させてもらうつもりではあったが。
 ティアリィとて国を背負って立つ身だ。自国を蔑ろにしてきた国まで尊重する考えなど持たない。
 それを考えると、ファルエスタがキゾワリとナウラティス、どちらをより重要視しているのかがよくわかる采配ではあると言えた。
 そもそもこの周辺の国でナウラティスを敵に回すことの意味を、理解しない国などありはしないはずなのだ。
 伊達にの国は広大な国土を誇ってもいなければ、帝国を名乗っているわけでもないので。キゾワリのような態度はむしろ珍しいとしか言えず、ファルエスタに来る途中通ってきたキゾワリ聖国内の様子を思い出してはティアリィは何とも言えない気持ちにならざるを得なかった。

「それにさっき、其処の侍女と廊下で行き会ったんですけど、私、嫌味を言われちゃって」

 それは流石に訊いていなかった。

「大丈夫だったの?」
「ああ、全然! 大したことはないんですけど、ただ、やっぱり印象はよくないですよね。初対面で他国に侍女に嫌味言ってくるような侍女が要る国のお姫さまって。此処の人たちはみんな親切だから、余計に差を感じてしまって」

 心配げな顔になったティアリィと同席する二人に気付き、ミデュイラ嬢はすぐに首と手を横に振った。続けてしんなりと眉尻を下げて告げられた言葉に、その場にいた者達は皆、顔を見合わせることしか出来ないのだった。

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