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2・旅程と提案
2-8・きな臭いお願い ※地図有※
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国境を超えることが出来たのは、そこから更に2日ほども経ってからのことだった。
聖都から急ぎ駆け付けたのだとかいう、司教が検問所に現れて、ようやくティアリィ達は国境を抜けることが出来たのである。
「こちらの伝達不足で、大変申し訳ございませんでした」
嫌がらせではなかったのか、それとも、キゾワリ聖国側でも意見が割れているのか。
少なくとも、ジアレフと名乗ったその司教は、国境にいる兵士たちよりは余程話が通じそうではあった。しかし。
「では、そちらの希望としてはお忍びでの形を取って欲しいということですね」
国境を抜けたとはいえ、検問所からはまだ出られない。それというのも、ジアレフ司教が伝えたいこととお願い事があると呼び止めてきたからだった。
細々としたことなら、わざわざ代表を矢面に立たすまでもないと、同じ机で向かい合っているのはティアリィのみだ。とは言え一応は護衛として、後ろにキジェラが控えている。他はピオラと一緒に馬車にて待機してもらっていた。
ジアレフ司教からの思ってもみなかったお願いに、ティアリィは自然眉根を寄せた。
「そうです。我が国はご存じの通り、貴国に対してあまりいい印象を持っておりません。それは末端の平民に至るまでもがそうなのです。余計な煩わしさを排除するためにも、少なくとも出身国は伏せられた方がよろしいかと」
一応納得できなくもない理由だった。だが。
ティアリィは一瞬考えて、一つ頷く。
「わかりました。考慮しましょう」
ちらと馬車を見る。ナウラティスからずっと乗り続けてきた馬車は当然のことながら皇族専用のもので、国章が燦然と目立つところに取り付けてあった。馬車を見るだけで、中にどういう存在が乗っているのかまで一目でわかる。
同じことをジアレフ司教も思ったのだろう、しんなりと眉尻を下げ、情けない顔をした。
「よかった。でしたら、馬車もこちらで、」
「いえ、結構。ご安心ください。わからないようにできますので」
乗り換え用のものを用意するつもりでもあったのだろうか。何事か提案しかけた言葉を途中で遮って短く断る。
見た目を変えることなど、ティアリィの魔術をもってすれば造作もなく、わざわざ乗り換える必要などあり得なかった。
ジアレフ司教は何か言いたげにしばらくもごもごと口を動かしていたが、結局は何も言葉にせずに頷いた。
「……そうですか。でしたらそれでお願いします」
笑顔を作って握手を交わし、出国する時にも反対側の関所まで見送りに行く予定ではあるが、自身は用がある為に共には行けず、独自のルートで聖都まで帰るというジアレフ司教に見送られ検問所を後にした。
ジアレフ司教の目の前で、しっかりと馬車の見た目を変えることも忘れない。
だが、検問所がすっかり見えなくなった辺りでティアリィは一端、馬車を止めさせ、周囲に結界を張り巡らせた。
「何かありましたか」
敢えて馬車の中には入らず、周囲を警戒してくれていた護衛からの問いかけに短く頷く。
「ああ。予定を変える。中で話そう」
外にはトリンシンのみを残して、他は皆、馬車の中に入ってもらった。
とは言え、マシェレアが用意してくれた増員分の護衛と侍女は国境ですでに分かれていて、此処にいるのは共に国を出た7人だけ。
本来ならキゾワリ聖国内でも幾人か雇い入れるつもりでいたけれど、この分だと難しそうだと苦く予想する。侍女二人の負担が大きくなるだろうことが大変申し訳なかった。だが、身の安全には変えられない。
馬車は王宮内で一番大きな四頭立てのものが一台。見た目に反して拡張魔法が仕込んであり、中はある程度の広さがあった。それこそ、7人全員がテーブルを囲んで相談に興じれるぐらい。勿論、必要がない時には狭いままにしておくこともできる。ティアリィが同行しているからこそ、可能となっている魔法だ。
キゾワリ聖国内の地図を、用意したテーブルの上に広げる。
「お忍びでとの指定を受けたんだ。だからこの国では、一切の挨拶を省こうと思う」
ティアリィ達は事前に旅程を通達していた。その上であえて身分を伏せろと言ってくるなんて。きな臭すぎる。何かあるとしか思えなかった。皆も同じことを思ったのだろう、その場にいる全員の顔が曇る。
「お忍び、ですか……」
だから先程わざわざ、馬車の見た目を変えたのですねと続けながら、ピオラが小さく呟く。
ティアリィは頷いた。
「だからルートも変えようと思っている。少なくとも、聖都には入りたくない」
それ自体には誰も異論などなかった。地図を見る。
「聖都を避けるとなると……大きい街道はございませんね」
魔の森を抜けてリセデオを経由すれば聖都は避けられるが……そんなルートでは、わざわざ不条理な足止めに耐えてまでキゾワリに入国した意味がなかった。出来るだけ山道と魔の森を避けてのこのルートなのだから。
「細い道なら、なくもないようですよ」
カシェリが指したのは本当に細い、国境に沿うように続いている道だった。なるほど、そうすれば確かに聖都を迂回することが出来る。
「随分と遠回りになるが……」
「この場合は仕方がないでしょう」
確かに、挨拶を全て省くとなると余計なことに費やす時間は減ると予測され、それを踏まえたならば無理な旅程というわけでもないと頷いた。
「問題は付いてきている可能性ですが……」
今の所、気配は感じられないが、今後もそうとは限らず、そもそも何を仕掛けてくるつもりなのかもわからない。
「もう一度馬車の見た目を変えた上で幻影を出す。そちらに予定通りのルートを走らせよう」
要は囮だ。ティアリィの決定に全員が頷いて、そういった予定で行動することに決まった。
幻影魔術を常時出しっぱなしで動かすことなど、ティアリィだからこそ出来ることで、しかし流石のティアリィもおそらくはそれにかかりっきりになる。
「ピオラ。申し訳ないけど、防御を」
頼む言葉に、ピオラはしっかりと頷いた。
「防御結界はお任せください。馬車だけでしたら可能ですわ」
逆に言うと、ピオラもそれが限界だった。この分だとしばらく、王宮に帰る頻度が減ってしまうかもしれないとティアリィは思う。
同時に、この時のティアリィは予想もしていなかった。
まさかこんな話を聞いたもう一人の娘が、わざわざ旅に同行したがるなんて。それを拒否しきれず最終的には許してしまうことになる自分さえ。この時のティアリィには全く予測もできていなかったのだった。
※※↓参考までにざっくりとした地図↓※※
※婚約破棄され(ryの人物設定等のページにある物から一部分のみを切り取った地図(もどき)になります。
聖都から急ぎ駆け付けたのだとかいう、司教が検問所に現れて、ようやくティアリィ達は国境を抜けることが出来たのである。
「こちらの伝達不足で、大変申し訳ございませんでした」
嫌がらせではなかったのか、それとも、キゾワリ聖国側でも意見が割れているのか。
少なくとも、ジアレフと名乗ったその司教は、国境にいる兵士たちよりは余程話が通じそうではあった。しかし。
「では、そちらの希望としてはお忍びでの形を取って欲しいということですね」
国境を抜けたとはいえ、検問所からはまだ出られない。それというのも、ジアレフ司教が伝えたいこととお願い事があると呼び止めてきたからだった。
細々としたことなら、わざわざ代表を矢面に立たすまでもないと、同じ机で向かい合っているのはティアリィのみだ。とは言え一応は護衛として、後ろにキジェラが控えている。他はピオラと一緒に馬車にて待機してもらっていた。
ジアレフ司教からの思ってもみなかったお願いに、ティアリィは自然眉根を寄せた。
「そうです。我が国はご存じの通り、貴国に対してあまりいい印象を持っておりません。それは末端の平民に至るまでもがそうなのです。余計な煩わしさを排除するためにも、少なくとも出身国は伏せられた方がよろしいかと」
一応納得できなくもない理由だった。だが。
ティアリィは一瞬考えて、一つ頷く。
「わかりました。考慮しましょう」
ちらと馬車を見る。ナウラティスからずっと乗り続けてきた馬車は当然のことながら皇族専用のもので、国章が燦然と目立つところに取り付けてあった。馬車を見るだけで、中にどういう存在が乗っているのかまで一目でわかる。
同じことをジアレフ司教も思ったのだろう、しんなりと眉尻を下げ、情けない顔をした。
「よかった。でしたら、馬車もこちらで、」
「いえ、結構。ご安心ください。わからないようにできますので」
乗り換え用のものを用意するつもりでもあったのだろうか。何事か提案しかけた言葉を途中で遮って短く断る。
見た目を変えることなど、ティアリィの魔術をもってすれば造作もなく、わざわざ乗り換える必要などあり得なかった。
ジアレフ司教は何か言いたげにしばらくもごもごと口を動かしていたが、結局は何も言葉にせずに頷いた。
「……そうですか。でしたらそれでお願いします」
笑顔を作って握手を交わし、出国する時にも反対側の関所まで見送りに行く予定ではあるが、自身は用がある為に共には行けず、独自のルートで聖都まで帰るというジアレフ司教に見送られ検問所を後にした。
ジアレフ司教の目の前で、しっかりと馬車の見た目を変えることも忘れない。
だが、検問所がすっかり見えなくなった辺りでティアリィは一端、馬車を止めさせ、周囲に結界を張り巡らせた。
「何かありましたか」
敢えて馬車の中には入らず、周囲を警戒してくれていた護衛からの問いかけに短く頷く。
「ああ。予定を変える。中で話そう」
外にはトリンシンのみを残して、他は皆、馬車の中に入ってもらった。
とは言え、マシェレアが用意してくれた増員分の護衛と侍女は国境ですでに分かれていて、此処にいるのは共に国を出た7人だけ。
本来ならキゾワリ聖国内でも幾人か雇い入れるつもりでいたけれど、この分だと難しそうだと苦く予想する。侍女二人の負担が大きくなるだろうことが大変申し訳なかった。だが、身の安全には変えられない。
馬車は王宮内で一番大きな四頭立てのものが一台。見た目に反して拡張魔法が仕込んであり、中はある程度の広さがあった。それこそ、7人全員がテーブルを囲んで相談に興じれるぐらい。勿論、必要がない時には狭いままにしておくこともできる。ティアリィが同行しているからこそ、可能となっている魔法だ。
キゾワリ聖国内の地図を、用意したテーブルの上に広げる。
「お忍びでとの指定を受けたんだ。だからこの国では、一切の挨拶を省こうと思う」
ティアリィ達は事前に旅程を通達していた。その上であえて身分を伏せろと言ってくるなんて。きな臭すぎる。何かあるとしか思えなかった。皆も同じことを思ったのだろう、その場にいる全員の顔が曇る。
「お忍び、ですか……」
だから先程わざわざ、馬車の見た目を変えたのですねと続けながら、ピオラが小さく呟く。
ティアリィは頷いた。
「だからルートも変えようと思っている。少なくとも、聖都には入りたくない」
それ自体には誰も異論などなかった。地図を見る。
「聖都を避けるとなると……大きい街道はございませんね」
魔の森を抜けてリセデオを経由すれば聖都は避けられるが……そんなルートでは、わざわざ不条理な足止めに耐えてまでキゾワリに入国した意味がなかった。出来るだけ山道と魔の森を避けてのこのルートなのだから。
「細い道なら、なくもないようですよ」
カシェリが指したのは本当に細い、国境に沿うように続いている道だった。なるほど、そうすれば確かに聖都を迂回することが出来る。
「随分と遠回りになるが……」
「この場合は仕方がないでしょう」
確かに、挨拶を全て省くとなると余計なことに費やす時間は減ると予測され、それを踏まえたならば無理な旅程というわけでもないと頷いた。
「問題は付いてきている可能性ですが……」
今の所、気配は感じられないが、今後もそうとは限らず、そもそも何を仕掛けてくるつもりなのかもわからない。
「もう一度馬車の見た目を変えた上で幻影を出す。そちらに予定通りのルートを走らせよう」
要は囮だ。ティアリィの決定に全員が頷いて、そういった予定で行動することに決まった。
幻影魔術を常時出しっぱなしで動かすことなど、ティアリィだからこそ出来ることで、しかし流石のティアリィもおそらくはそれにかかりっきりになる。
「ピオラ。申し訳ないけど、防御を」
頼む言葉に、ピオラはしっかりと頷いた。
「防御結界はお任せください。馬車だけでしたら可能ですわ」
逆に言うと、ピオラもそれが限界だった。この分だとしばらく、王宮に帰る頻度が減ってしまうかもしれないとティアリィは思う。
同時に、この時のティアリィは予想もしていなかった。
まさかこんな話を聞いたもう一人の娘が、わざわざ旅に同行したがるなんて。それを拒否しきれず最終的には許してしまうことになる自分さえ。この時のティアリィには全く予測もできていなかったのだった。
※※↓参考までにざっくりとした地図↓※※
※婚約破棄され(ryの人物設定等のページにある物から一部分のみを切り取った地図(もどき)になります。
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