57 / 136
第1章
1-55・未明。だから次へ⑬
しおりを挟む「あまり気負う必要はございませんわ、ティーシャ様。あれでは結局丸投げしてきただけではございませんの。自分たちではどうにもできないからって……あのような者、都合よく使う以外に価値などございません」
憤っているらしい侍女に、俺はしんなりと眉尻を下げる。
「だが、彼だって疲れている」
それは間違いがない。
あの後、更に少しばかり宰相と話したのだが、なんと宰相は元々文官ですらなかったらしい。魔術士団に所属していた魔術士であったのだとか。
ただ、侯爵とは昔馴染みで、お互いに信頼できる関係性だった。
「若気の至りというにはお恥ずかしい話ですが、当時のこの国はあまり状況が良くなくて……ああ、今とは違う意味でです。一部の貴族の間で、反吐が出るような吐き気を催す腐敗が進んでいた。王族の方には清廉な方が多かったのですが、逆にその所為で利用されているような有り様で。義憤に駆られたんですよ。我々がよくしなければ、と。同志を募って、目に余るものから徐々に力を削いでいって……だが、それに焦ったのでしょう、奴らは暴走して、ついにはっ……」
そうして言葉を詰まらせていた。
つまりは国王、王妃夫妻や王太子を害されてしまったのだと。
『わ、我々の理想を理解しようともしないこんな国っ! いっそ滅んでしまえばいいのだっ!』
早急に捕らえた不穏な者の一人が叫んだ言葉なのだそうだ。
それが今も耳について離れないのだと宰相は呟いた。そして、だからこそ。
「あんな者どもの思い通りになってたまるものかと我々は躍起になった。王族を立て、守り、今度こそ害されないようにと。だが、彼らの影響は末端にまで及んでいて、疑わしい者を遠ざけていっているうちに、そうでないものまでもが離れていってしまいました」
そうして慢性的な人員不足へと陥っていったのだそうだ。
「私は元々、それほど優秀なわけではありません。多少魔法魔術は人よりできますが、その程度。10年前、まだ今のお姿ではなかった貴方にさえ劣ることでしょう。ですが、信頼に足る、その一念で宰相にまで押し上げられました。力ない者が分不相応に上に立った。結果はご覧のとおりです」
そう言って肩を竦める宰相は、俺と話すことで気が抜けたのか、もう疲弊を隠さなくなっていた。
見るからに疲れ切った様子は、慣れない宰相職を、それでも彼なりに長年続けてきた所為もあったのだろう。
「私ではどうにもできない。わかっているんです。元々一時的にこの任に就いたつもりでした。探し出した陛下に懇願して、戻ってきてもらい、一度出奔していたとはいえ、陛下は王族としての教育を受けてきておられた、だからそんな陛下を中心として、立て直しを図っている所でした。ですが、一度出奔なさったのは事実。何より陛下は年若く、王宮に勤める者の中には、陛下に思う所のある者も多くありました。そんな中で、陛下は懸命に頑張っておられたかと思います。偏におそらくは全て、貴方とご子息をお守りする為に。あの方は貴方だけは手放せない。そうおっしゃっていらっしゃった。ですのに、あのようなことになってしまって……」
ルスフォルが記憶を失くした。
それは本当に突然、何の前触れもないことだった。
0
お気に入りに追加
321
あなたにおすすめの小説
俺の異世界先は激重魔導騎士の懐の中
油淋丼
BL
少女漫画のような人生を送っていたクラスメイトがある日突然命を落とした。
背景の一部のようなモブは、卒業式の前日に事故に遭った。
魔王候補の一人として無能力のまま召喚され、魔物達に混じりこっそりと元の世界に戻る方法を探す。
魔物の脅威である魔導騎士は、不思議と初対面のようには感じなかった。
少女漫画のようなヒーローが本当に好きだったのは、モブ君だった。
異世界に転生したヒーローは、前世も含めて長年片思いをして愛が激重に変化した。
今度こそ必ず捕らえて囲って愛す事を誓います。
激重愛魔導最強転生騎士×魔王候補無能力転移モブ
変態♂学院
香月 澪
BL
特別保養所―――通称『学院』と呼ばれる施設。
人には言えない秘密の嗜好、―――女装趣味、それもブルマやレオタードなどに傾倒した主人公「マコト」が、誰憚る事無くその趣味を満喫する場所。
そこに通う様になってから、初の長期休暇を利用して宿泊する事にした「マコト」は、自覚も無く周囲を挑発してしまい、予想を超える羞恥と恥辱に晒され、学友にはエッチな悪戯を仕掛けられて、遂には・・・。
さだめの星が紡ぐ糸
おにぎり1000米
BL
それは最初で最後の恋だった――不慮の事故でアルファの夫を亡くしたオメガの照井七星(てるいななせ)は、2年後、夫を看取った病院でアルファの三城伊吹(みしろいぶき)とすれちがう。ふたりは惹かれあったすえにおたがいを〈運命のつがい〉と自覚したが、三城には名門の妻がいた。しかし七星と伊吹のあいだにかけられた運命の糸は切り離されることがなく、ふたりを結びつけていく。
オメガバース 妻に裏切られているアルファ×夫を亡くしたオメガ ハッピーエンド
*完結済み。小ネタの番外編をこのあと時々投下します。
*基本的なオメガバース設定として使っているのは「この世界の人々には男女以外にアルファ、オメガ、ベータの性特徴がある」「オメガは性周期によって、男性でも妊娠出産できる機能を持つ。また性周期に合わせた発情期がある」「特定のアルファ-オメガ間にある唯一無二の絆を〈運命のつがい〉と表現する」程度です。細かいところは独自解釈のアレンジです。
*パラレル現代もの設定ですが、オメガバース世界なので若干SFでかつファンタジーでもあるとご了承ください。『まばゆいほどに深い闇』と同じ世界の話ですが、キャラはかぶりません。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
この行く先に
爺誤
BL
少しだけ不思議な力を持つリウスはサフィーマラの王家に生まれて、王位を継がないから神官になる予定で修行をしていた。しかし平和な国の隙をついて海を隔てた隣国カリッツォが急襲され陥落。かろうじて逃げ出したリウスは王子とばれないまま捕らえられてカリッツォへ連れて行かれて性奴隷にされる。数年間最初の主人のもとで奴隷として過ごしたが、その後カリッツォの王太子イーフォの奴隷となり祖国への思いを強めていく。イーフォの随行としてサフィーマラに陥落後初めて帰ったリウスはその惨状に衝撃を受けた。イーフォの元を逃げ出して民のもとへ戻るが……。
暗い展開・モブレ等に嫌悪感のある方はご遠慮ください。R18シーンに予告はありません。
ムーンライトノベルズにて完結済
【完結済み】異世界でもモテるって、僕すごいかも。
mamaマリナ
BL
【完結済み 番外編を投稿予定】
モデルの仕事帰りに、異世界転移。召還された国は、男しかいない。別にバイだから、気にしないけど、ここでもモテるって、僕すごくない?
国を助けるために子ども生めるかなあ?
騎士団長(攻)×中性的な美人(受)
???×中性的な美人
体格差
複数プレイあり
一妻多夫
タイトルに※は、R18です
お前らなんか好きになるわけないだろう
藍生らぱん
BL
幼稚舎時代、執着の激しい幼なじみ達に酷い目に合わされた主人公が10年ぶりに幼なじみ達が通う学園に戻る事になった。
身バレしてまた付きまとわれるのは絶対に阻止したい主人公とヤンデレに片足突っ込みかけている執着系イケメン達のスクールライフ。
この物語は異世界のオメガバースです。(独自設定有り。追々作中か後書きで補足します。)
現代日本に似た極東の島国・大東倭帝國にある学園が舞台になります。
不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる