そしてまた愛と成る

愛早さくら

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第1章

1-20・以来。しかし未だ⑥

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 どうして、こんな態度を取るのか。どうして、こんな態度を取らなければならなくなったのか。
 子供の10年を思った。
 それはいったいどれほどの孤独だったことだろうか。
 だけど。
 今の俺はこんな態度を、そのままにしておくことわけにはいかなかった。

「フィルフェアディ王太子殿下」

 敢えてしっかりと名前を呼ぶ。
 子供の視線がこちらへ向いた。
 琥珀の瞳。ルスフォルと同じだ。まるで甘い飴玉のよう。とろりとした蜜色は、だけど今は何処か濁って。
 俺は敢えて微笑んだ。あくまでも余裕を崩さない態度で。
 途端、子供が鼻白んだけれど構わない。

「お初にお目にかかります。私はスティニファシア。スティニファシア・ナウラティス・リモヌツ。この度、末尾にニアディレの名を冠することとなりました。婚姻式はまだですが、すでに手続き上はこの国の王妃となっております。つまり貴方の新しい母親となります。慣れないことばかりかとは思いますが、どうぞこれからよろしくなさってくださいませ」

 まずはと、折り目正しく挨拶を果たす。
 ルスフォルは気まずげに佇んでいる。おそらくは本来ならば、彼の方から俺のことを、紹介するつもりだったのだろう。
 だが、それどころではないほど、空気を悪化させたのはルスフォルにも原因がある。
 あそこで叱責したことそのものは決して悪いことではなかったのだけれど。

「それはそれとして殿下。今の態度はよろしくございませんよ。お父君に対する態度にも、国王に対するそれにも思えません。どうぞお気をつけになられなくては」

 やんわりと窘めた。
 初対面でこんなこと、本当は言いたくはなかったのだけれど、流石に言わずにはいられない態度だったからだ。
 子供はますます険しく顔をしかめた。
 俯いて、口の中でだけ何かを呟く。
 なんと言ったのか聞き取れない。

「殿下?」

 怪訝に思って首を傾げた俺を、顔を上げてきっと睨み付けた子供は大きく息を吸い込んだかと思うと、憤りも露わに口を開いた。

「っ……――僕は認めないっ! 新しい母親なんてっ! 僕のお母様は、いなくなった本当のお母様だけだっ!」

 そうして吐き捨てる。
 反抗的この上ない子供の態度に、俺は痛む胸に堪えて眉根を寄せた。出来るだけ不機嫌そうに見えるように。
 そうして改めて口を開いた。

「貴方が認めようが認めなかろうが、私が貴方の継母となることは違えようもない事実ですよ、殿下」

 努めて冷静に言葉を紡いでいく。
 子供が俺をきつく睨みつけてくる目は何処までも反抗的なそれ。
 だが、子供の機嫌はどうあれ、健康そうではあった。どこか損ねているという風では決してない。少なくとも健やかには育ってくれている。
 それ以外は、さて、これから接していくうちにわかってくればいいのだけれど。

「お前なんてっ、お前なんて偽者の癖にっ……! みんな勝手だ!」

 子供は苛立ちも露わに強い言葉を投げ捨てて、そのまま走り去っていった。

「殿下っ! お待ちください、殿下っ!」

 初めから子供とともに現れて、だけど何も言わず様子を窺うばかりだった見慣れた乳母が、咎めるように子供へと声をかけながら、こちらへと苦い眼差しを寄越した後、挨拶もそこそこに子供を追っていく。
 俺は構わないと彼女を見送った。
 偽者。そうか、俺は偽者か。なんだかひどく滑稽だった。
 笑い出したい気分だ。
 やっと会えた、愛しい子。
 抱きしめたかった。この腕に。捕らえてしまいたかった。だけどできない。今は、そんな関係など築けていない。何よりそれは王妃として正しいとは言えない姿なのだから。
 機嫌は明確に悪かったようだし、ひどく苛立ってもいたけれど、少なくとも間違いなく、健康そうなことだけはよくわかった。今はもう、それでいい。

「……すまないな、あれは今、どうも反抗期のようで」

 深く、大きく溜め息を吐いて、申し訳なさそうに横から掛けられた声に俺は首を横に振った。

「仕方がありません。はじめから上手く行くとは、私も思っておりませんでしたから。時間をかけて、馴染む努力をするべきなのでしょう」

 そうするしか外にすべはない。
 みんな勝手だ、か。子供の言葉に胸が痛んだ。ああ、本当に勝手だ。俺も。……――貴方も。
 振り仰いだ先にいた傍らの男に、俺は目を細めた。……眩しくて。
 同じ顔だ。
 俺が愛した姿。
 さっきの子供とどこか似ている。取り分け、瞳の色などそっくりで。
 ちなみにルスフォルの髪の色は紫で、あの子の金髪はおそらく俺に似たのだろうと思われる。もっともかつての俺の髪色は茶色だったし、今の髪色は銀色なのだけれども。否、正確に言うならば白金プラチナブロンドで、限りなく銀色に近い金色というのが正しく、多分これを濃くしたのがあの子の髪色なのだろうと思われた。
 10年前は、自分の茶髪が薄くなったのだと思っていたけれど、おそらくはそれは逆だった・・・・のだろう。
 見上げたルスフォルの姿は何も変わらない。
 ああ、本当に、変わらないのに。
 俺を見るルスフォルの眼差しには、当然のように、愛などは含まれておらず、そこにあるのは戸惑いと、そして小さな恐れだろうか。俺を気遣っている気配もした。
 俺は微笑む。大丈夫だと、そう、言葉にして告げる代わりに。
 俺があの子の様子を過分に気にした風には見えなかったからだろうか。ルスフォルはややあってほんの僅かばかり、安堵したような息を吐き出して。
 そうして10年ぶりに再会したあの子の様子を思い返しては俺は。子供と接するこれからの難しさを、考えずにはいられなくなったのだった。
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