そしてまた愛と成る

愛早さくら

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第1章

1-18・以来。しかし未だ④

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 王宮の中庭である。
 よく手入れされた花々が美しい。
 俺が8年間過ごしたリモヌツ公爵邸も見事なものであったが、流石に王宮だけあって、ここも勝るとも劣らない程度の美しさを湛えていた。
 ここにも、来たことはなかったな。そう思う。
 10年前、俺に許されていたのは王宮の片隅だけ。庭と言えば精々が裏庭の一角に立ち入ることを許されていた程度で、公の場とも言える中庭には、ついぞ立ち入ることが出来なかったのである。
 この国での愛妾という立場の者にとって、それは当たり前であったと聞いている。
 俺は別にルーシーと毎日会えさえすればそれでよかったので、何も気にならなかったけれど。だって裏庭の一角だって十分に広かったし。子供を遊ばせるだけなら、それだけで何も問題はなかった。
 そもそも、あまりにルスフォルの訪れが頻繁だったせいで、俺はこの王宮の片隅にいる間、多くの時間を寝台の上で過ごす羽目になっていたので、余計に不便を感じなかったとも言える。
 そんな中庭にある東屋が、どうやら王太子との対面の場となるらしい。
 案内に従って辿り着くと、そこにはまだ誰も訪れていなかった。
 王太子もルスフォルも。だけどきっと程なくしてここへ来ることだろう。
 俺は促されるままに、東屋の中に設置されているベンチに腰掛ける。
 侍女がどこからか用意したクッションを差し入れてくれて、正直、明け方まで続いた行為の所為で、違和感が拭えない下肢を思うと非常に助かるのは確かだった。
 酷使されすぎた腰も、ルスフォルを受け入れたその場所も。まだまだ通常の状態とは言い難いのだから。もっとも、全く起き上がれもしなかった前日のことを思うと、治癒魔術を使用したとはいえ、今の状態はいくらか悪くはないのも本当なのだけれども。
 別にルスフォルが加減したわけでもなければ、俺が行為に適応できるようになったわけでもない。ただ単に治癒魔術のおかげである。
 東屋に着いたのはルスフォルの方が先だった。

「すまない、待たせてしまっただろうか」

 またしても謝罪を口にするルスフォルに、俺はもう諦めて緩く首を横に振った。
 これはもう多分どれだけ注意しても治らないかもしれない。

「いいえ。私も先程着いたばかりです」

 待ってはいないとそう返すと、ルスフォルは明らかに安堵の息を吐いて。

「そうか……よかった。君と、あの子とを先に合わせない方がいいだろうと思って。これでも急いで来たのだけれど。間に合ったみたいだね」

 そんなことを呟いている。
 ルスフォルと、その一人息子となる王太子との関係は、決していいものではないと聞いている。接触は最低限。歩み寄る様子もないらしい。
 それは亡き王妃も同じで、ただ彼女に関しては、貴族らしい距離感を保っていただけだとのこと。
 そもそも高位貴族の母親は、子育てなど自分の手ではしないものなのだ。全ては使用人に任され、密にかかわりを持つことなどない。
 それは別に蔑ろにするだとかそういうわけではなくて、貴族女性には子育ての外にもやらなければならないことがあり、実質時間が取れないのが実情なのだと聞いていた。
 特にこの国は国王が記憶を失くしたルスフォルである。亡き王妃はそれはもう目も回るような忙しさだったことだろう。
 自分の執務と、ルスフォルのフォローと。更におそらく彼の教育まで担っていたはずだ。一国の国王の教育など、生半な者には任せられない。
 為政者とは可能な限り隙を見せてはいけない存在だからだ。
 少なくとも、俺にここを出るように告げに来た時に自分でそう言っていた。
 誠実そうな女性だった。きっと彼女の言葉に嘘はなかっただろうと思う。
 そんな彼女に子供のことまで背負わせるだなんて、それはあまりに酷というものだっただろうことは想像に難くなく。それでも彼女なりに、正しく接してはいたらしい。
 王太子はこの王宮の中で、誰に虐げられることも、尊重されないなどということもなく育ったはずだ。ただし両親・・のと関りは、彼の満足するようなものにはならなかったようだけどれ。
 今になって、俺が悪かったのだろうかと思ったりもする。
 2歳まで。俺はあの子を傍から離さなかった。勿論、直接世話を焼けない時には、使用人や乳母の手を頼らざるを得なかったのだけれど、それでもあの子にとって、母親とはすぐ傍にいて当たり前の存在だったはずで。
 それが急にいなくなったのである。
 あの子の側にいたのは乳母と使用人だけ。新しい母だという女性は時折顔を合わせる程度。当然近く寄り添うなどということはない。
 その上、それまでは毎晩のように接していた父親までもが彼からは遠ざかってしまったのだ。
 あるいは俺が。初めからあの子の側に居続けなければ。あの子は親というものは疎遠であっても、そういうものだと認識したのだろう。他の高位貴族の子供たちと同じように。親というのは常に傍にいて甘えられるような存在ではないのだと。なのに。
 俺はずっとあの子のそばにいた。
 王宮を出ることになるまでの2年間、本当にずっとだ。
 どれだけ思い返しても、あの頃の俺にそれ以外なんてなかった。
 俺にとっては親なんて側にいるのが当たり前だったのだから。
 今はもういない養父母も、ずっと傍にいてくれた。俺は物心がつく前から寂しい思いなんてしたことがなくて。やがて生まれた弟とだって、仲はよかったように記憶している。それら全て、俺が衝動的に家を飛び出すまでのことだったけれど。
 自分が養子だった。それに衝撃を覚える程度に、俺は養父母の子供だと、疑わずに育ったのだった。
 もう全ては過ぎた話。
 それよりも今は、ほどなくして現れるだろう王太子の方が重要だ。
 十二歳。
 ちょうど俺が家を飛び出した歳。ルスフォルと初めて出会った年齢だった。
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