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第1章
1-3・発端。つまり理由③
しおりを挟むごくごく自然な動作で顔を上げながら、さりげなく周りを見回した。
出迎えてくれた人たちの姿が見える。
そこに並ぶ顔ぶれは、見知った者が半数以上を占めていた。
勿論、初めて見る人達もいるにはいたのだが。
俺の顔を知っている者達は皆、もの言いたげな雰囲気を隠せていないようだった。
何も知らぬ風なのは、他でもないルスフォル本人と、初めて見る者達だけ。
仕方がないことだと内心で苦笑する。
俺自身でさえいまだ戸惑いを失くせないのだから、彼らだって同じなのだろう。
「ようこそ。我々は貴方を歓迎いたします、次期リモヌツ公爵殿。私はこの国で国王を務めさせていただいております、ルスフォル・ニアディレ。貴方の伴侶となる者です」
ルスフォルがにこと微笑みながら名乗りを上げる。
こういった場に慣れていることがわかる堂々とした仕草。だが、当たり前に俺の知っている彼の様子とは少し違っていた。
それだけで彼が何も変わっていないことがわかる。否、それも当然のことだろう。なぜならば、もし、彼に変化があったならば……。
それは考えても仕方のないことだ。思い直して俺はにこと如才なく微笑み返す。
「ありがとうございます。このように歓待頂けるなんて。とても嬉しく思います。私はスティニファシア・ナウラティス・リモヌツ。これからどうぞ末永く。よろしくお願い致します」
そんな俺の返答に、何人かが驚きに目を見開いたのが分かった。
同時に様子の変わらなかった者たちがそうした者を視線などですぐに咎めている。
たったこんなことぐらいで驚きが顔に出るだなんて。彼らは認識が甘すぎるのではないだろうか。
内心でそんなことを意地悪く思いながらも、もちろん表情には億尾にも出さず、俺はそんなことには全く気付いていないふりを貫いた。
だが。ふと気付く。否、初めから気付いていた。
「……陛下。ご子息がいらっしゃるとおうかがいしていたのですが」
てっきり一緒に挨拶を済ませるのかと思っていた姿がここになく、一応はと声に出して確かめてみる。
ルスフォルは俺の言葉に、咄嗟にだろう、まずいという顔を隠せず躊躇って、なんとかぎこちなく答えを返してきた。
「あ、ああ、息子は……後ほど、落ち着いてから改めて紹介しようと思って。今は長旅で貴方も疲れているでしょうから」
それが単なる言い訳だろうことはあまりにも明らかだった。今、ここにルスフォルの息子、つまりこの国唯一の王子にして王太子の姿がないことは何か事情があることなのだろう。
察しはしても、俺は敢えてそんなことは指摘せず、納得したと言わんばかりの顔を作って、高位貴族の令息らしく微笑んでおく。
「そうでしたか。お気遣いありがたく存じます。でしたらご紹介頂けることを楽しみにしておきましょう」
「あ、ああ、そうですね、ぜひ、そうしてください」
ルスフォルの返答は何処までもぎこちなく、頼りないものだった。
先程はこういった場面に慣れているように思ったものだが、もしかしたら想定外のことには弱いままなのかもしれない。
もっともそれが良いことなのか悪いことなのかは俺にはわからないけれど、そんなルスフォルの様子に、この十年間が透けて見える気がして、何とも言えない気持ちになったのは確かだった。
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