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08-1・一人の夜に振り返る

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 それが功を奏したのか、功を奏しすぎたのか。
 早急に用意してもらった男同士が主体の恋愛小説を読んで、読み漁って。俺が次にはたと我に返った時には、すっかり夜も更けていた。

「あれ?」

 夕方、どころか、もうすっかり窓の外は暗い。
 俺は首を傾げた。
 誰のおすすめだか知らないが、おすすめだけあって何冊か読んだBL……否、恋愛・・小説はそれなりにとても楽しめたのだけれど。それはそれとして。

「ご飯……」

 時計を見ると、いつも夕食を摂る時間はとっくに過ぎている。
 これまで全く邪魔が入らなかったことが不思議でならなかった。何故ならそれはつまり、ラティが戻ってきていないということ。

「ああ、ルニア様、やっとお気づきになりましたか」

 何か所用を片付けていたらしいシェラが、本から顔を上げた俺に気付いたのだろう、どこかほっとしたように声をかけてきた。

「あまりに楽しそうに本を読んでいらっしゃいましたので、お声がけを控えさせて頂いておりました。ただ、そろそろ流石にお夕食をと、お伝えしようかとは思っていた所です」

 気を使わせていたらしい。

「あ~、ごめん、ありがとう、楽しかったよ」

 少しばかりバツが悪いな、なんて思いながら、気まずさに笑ってごまかして、控えめにそうとだけ返す。
 いや、夕飯もそうだけど、違う、気になっているのはそこではなかった。
 が、口に出して訊くのも何となく抵抗があった。
 だって、そうしたらまるで、俺の方が会いたいみたいだ。いや、推しだし、顔は見たいんだけど! でも。

(なんというか……ラティって、今まで・・・を思い出しても、それだけでは済ませたりしなさそう……)

 また、ベッドから出られなくなる、だなんてことは出来れば避けたかった。
 そんな俺の心情が、そのまま顔に出てでもいたのだろうか、シェラが小さく、ぷふっと噴き出した。
 くすくす笑う様子も可愛いなぁなんて思う俺の目の前で、元より隠すつもりもなかったのだろう、シェラは容易く答えをくれる。

「ちなみにラティ様は、今夜はお戻りになられないそうですよ。つい先ほど、一度、様子を見に来られたのですが、読書を楽しんでおられるルニア様を見て、邪魔をしないようにとだけ言いつけてお仕事に戻られました。明日は朝食をこちらで取られるそうですから、明日朝にはお会いになられるかと……」

 それとも、今すぐにお会いになりたいですか? それでしたら、すぐに伝令を、
 言いかけるのを、慌てて首を横に振って止める。

「いや! いい! いい! ら、ラティも忙しいんだろうし、べ、別にいいよ! う、うん。あ、明日の朝には会えるってんならそれで……今夜はゆっくり寝れるってことだし……」

 最後にはもごもごと口の中で言い訳じみたことを呟き始めた俺に、シェラは小さく肩を竦め、

「素直になられるのが一番かと思いますが……いえ、ルニア様がよろしいのでしたら、伝令を送ったりなど致しませんので、どうぞご安心ください。それより、食事はどちらで取られますか? このままソファで?」

 そう続け、すぐに気を取り直したように確かめられたので、俺は少しばかり考えた。
 俺は今、ソファにだらしなく半ば寝そべるようにして本を読んでいた。
 目の前にはローテーブルがある。が、何分ローテーブルなので、食事には適していなさそうだ。

「うーん、そうだなぁ……」

 なんとなく室内を見渡すと、他に文机らしきものもあったりしたのだけれど、そこも食事がとりにくそうで。鏡台の前など言わずもがなだろう。
 後、残る所と言えば……。
 目に留まったのは、庭に面して、サンルームのようにガラス張りになっているテラス。
 そこにはテーブルセットが備え付けられていて、食事と思うと少し狭そうにも思ったが、このままローテーブルで、と思うよりは食べづらくなさそうにも見えた。

「なら、あそこのテーブルで」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」

 慇懃に頷くシェラを見ながら、

(そう言えば今まではどうしていたっけ……)

 と、思い出そうとして、いや、そもそも基本寝台にいたなとすぐに思い至った。
 寝台で食事も摂っていたと。しかも。

(そのうちの半分近くはほとんど口移し……)

 勿論、行為・・を中断することなく、である。
 それでなくとも、ラティに手ずから食べさせてもらうことが多かった。
 一応、前世を思い出す前までは、部屋から出てはいけないとまでは言われていなかったので、食堂に行くことが多かったのだけれど。そこででもラティの席は、必要以上に近かったように覚えている。

(た、食べさせあいがデフォとか……どんだけだっ!)

 思い出すだけでも恥ずかしい。

(いや、俺、はじめ、よく今までどおりをよそおおうと思ったな?!)

 食事一つとっても今までどおりなど、今の俺には出来るような気が全くしなかった。
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