上 下
58 / 148
第一章・リーファ視点

1-57・知らない誰か⑤

しおりを挟む

 元々怖い顔をしていた男の人が、もっと更に怖い顔をする。

「ああん? 結界だと? なんだそりゃ。とっととどーにかしろよ、おい」

 それはもしかして結界を解けとでも言っているのだろうか。
 え、なんで?
 わけがわからない。と、言うか、そんなことをそんな風に言われて、素直に従う人はいないと思うのだけれど。
 義兄上や兄様に、散々素直だと言われてきた僕だって、流石に、そんな、理解できない指示になんて従えない。
 目をぱちぱちと瞬かせて驚くばかりの僕の態度は、男の人をますます苛立たせたようだった。
 その証拠のように男の人はまた、ガンっと乱暴に、近くにあった何かを蹴っ飛ばす。
 多分、僕に近づけないから、代わりに他のものを蹴ったのだろう。

「ひぃっ!」

 怯えた声は僕の傍らから。ずっと震え続けているこの人が、いい加減本当にかわいそうだ。

「ねぇ、乱暴なことしないで。怖がってるよ?」
「ああ? んでてめぇは怖がってねぇんだよ!」

 僕の言葉に、男の人が唾を飛ばして怒鳴るけど、でも、別に怖くなどない。
 だって、この男の人は乱暴なだけだし、言っていることはあの公女様以上に意味不明だし、僕に近づいて来れないみたいだし、何を、何処を怖がればいいのかわからない。
 でも、とても物凄く不快だとは思っていた。
 どうしようか。もういっそ一度転移魔法で義兄上の所に戻って、その後で此処に来直せばいいだろうか。でもその間にこのかわいそうな人がひどいことをされたり、この人達自身が逃げたりするかもしれない。それは多分、あんまりよくないのだろうし。
 うーん。
 僕は頭を悩ませた。あんまり長く、こんな汚いところにもいたくなかった。
 それに縛られてる腕とか足もなんだか痛くなってきている。
 男の人の怒鳴り声にも動じない僕に、いい加減我慢の限界に来たのだろう男の人の視線が、僕ではなく、傍らのかわいそうな人に向けられた。

「あー、ちくしょう! おい、お前こっちにこい!」
「ひ、ひぃっ!」

 男の人がこちらに手を伸ばしてこようとする。が、もちろん、届かないし進まない。
 でも怯えたかわいそうな人はますます怯えて、支えていた、というよりは途中から縋りついて来ていたのだけれど、とにかく僕を放って、逃げようとしたみたいだった。

「あ」

 今はむしろ僕から離れない方がいいんだけど……と、思う間もなく、案の定、同じ部屋にいた他の人に、瞬く間に捕まっている。そしてやっぱりガタガタと震えて怯えていた。
 あーあ。
 こうなると今度は僕が、あのかわいそうな人を人質に取られたようなものだ。
 僕をこんな所に連れてきた、まったく知らない人なんだけど、でも、だからと言ってこのままなんてかわいそうで。
 かわいそうな人は、目の前の男の人の傍まで押し出され、次には男の人に、乱暴に胸元の服をぐいと引っ張られている。
 かわいそうな人はどうも小柄だったみたいで、汚い男の人にそうされると、つま先立ちのようになってしまって、ひどく苦しそうにしていた。

「てめぇも舐めた真似してんじゃねぇぞ? あの王子様を剥けつっただろ! ぁにしてんだよ、あ? こっちはあのキレーな顔をぐちゃぐちゃにしなきゃならねーってのによぉ!」

 怒鳴る男の人の顔はこそぐちゃぐちゃで汚い。
 うーんと、つまりこの男の人はやっぱり僕に何かをしたいみたいなんだけど、でも自分は僕に近づけなくて、何故か僕にさわれるあのかわいそうな人を利用しようとした、のに、怯えて何もしなかったから怒ってる、ってこと、なんだよね、これは多分。
 などと自分なりに整理してみた。
 だって今僕に出来ることなんて、それぐらいしかなかったから。
 そしておそらくは、それで合っているようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界ではじめて奪われました

BL
26歳童貞。ごく普通の会社員だ。毎日会社と家の往復。たまに飲み会。今日はその飲み会の帰り。変わり映えのない日常は突如終わりを迎えた。 異世界に行って騎士団長に溺愛される王道ストーリー。 拙い文章で読みにくいかもしれないですが読んで頂けると嬉しいです! 実はBL初挑戦です....! ここもっとこうした方がいいとかあればご指摘ください! ※はR18です。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました。 おまけのお話を更新したりします。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

【完結】横暴領主に捕まった、とある狩人の話

ゆらり
BL
 子供の頃に辺境を去った、親友ラズが忘れられない狩人シタン。ある日、釣りをするために訪れた小川で出会った美丈夫の貴族に、理不尽な罪を着せられてしまう。 「腕を斬り落とすか、別の対価を払え」 「……あの、対価というのは」 「貴様の体だ」 「はっ?」  強引執着攻め→無自覚鈍感受け。強姦から始まる割には悲壮感がありません。18禁が含まれる話には※が付きます。  ★番外編完結しました。領主視点の重い展開。本編とは別物テンションです。序盤に女装、虐待の描写があります。苦手な方はご注意ください。

処理中です...