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第一章・リーファ視点

1-39・夜会②

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「ごきげんよう、エピェリュジオ陛下」

 言いながら第二公女様がすっと手を差し出される。
 身分の高い女性が、自分の手の甲へのキスを許可・・する為の動作だ。

「これはこれは第二公女殿下。本日は不参加だとお伺いしていたのだけれど」

 しかし、義兄上はその手を取ったりなどせず、にこりと微笑むのみ。
 と、言うか、そう言えば義兄上にそのような動作をしている女性はこれまで見たことがないなと僕は思った。同時に、義兄上が誰かの手の甲へとくちづけを落としている姿も見たことがない。もっとも、それは義兄上の皇帝という立場を考えると決して不自然なものではなかったけれど。
 第二公女様は、明確に義兄上に断られているにもかかわらず、手を下ろすことなくそのまま言葉を続けられた。
 この人、いったいどういう神経をしているのだろう。まったくわからない。

「いやだわ、そのような呼び方なんてなさらないで。ノルフィとお呼びになって」
「ははは。私にも立場があるからね。遠慮させて頂こう」

 ノルフィというのは、この第二公女様のお名前、グノルフィラの愛称だ。
 つまり愛称呼びをねだったということ。
 あくまでもにこやかに。しかし今度こそきっぱりと言葉にして義兄上が断わった。
 だが、第二公女様も引かず、これはいったいどうすればと迷ううち、遠くから血相を変えた大公閣下がこちらへ向かってくるのが見えて、どうやらこの公女様は引き取ってもらえそうだとほっと息を吐く。

「陛下ったら、思慮深くていらっしゃるのね。そのようなことお気になさらずともよろしいのに」
「いいや? 心の底から遠慮したいと思っているだけだとも。私は嘘を吐かないんだ。それより、無断でこのような場所に来るなんて、お父上に叱られてしまうよ」
「それこそ、お気になさる必要なんてございませんわ。父は少しおかしくなっておられるのよ」

 大公閣下がこちらに来るまでの間に、更に公女様と義兄上の会話は続いていて、僕は本当に何を言っているのかわからなくなった。
 何故なら僕には、おかしくなっているのは、この公女様ご本人だとしか思えなかったからだ。それは多分、義兄上も同じ。
 わけのわからない緊迫した空気を壊したのは、ようやくたどり着かれた大公閣下で。

「ノルフィ! お前は、なぜこのようなっ……! ああ、陛下、申し訳ございません、すぐに退出させますゆえ」
「いや、構わないよ」
「お父様! 何をおっしゃっていらっしゃるの、私がせっかく」
「黙りなさいっ! いいから、連れていけ」
「はっ」
「お父様!」

 こちらに平身低頭で謝罪しながら、大公閣下は第二公女様を厳しく諫め、伴っていたおそらくは騎士だと思われる人たちに、公女様を退出させるように命じられた。
 抵抗する公女様は、しかし騎士たちの拘束から逃れることかなわず、会場から引きずるようにして連れ出されていく。
 ざわざわと遠巻きにされていても、会場中の意識が、ほとんどすべてこちらへ向かっているのがわかる。
 すっかり顔色を悪くした大公閣下が憐れでならなかった。

「皆さま! 申し訳ない、お騒がせ致しました。このような身内の恥を……」

 まさかおかしな空気となってしまったこの場を、そのままというわけにはいかず、大公閣下が周囲へと声を張り上げ、謝罪する。
 戸惑う気配と、興味深そうな、嫌な印象の眼差し。
 大公閣下の顔色はますます悪くなっている。
 僕は堪らず一歩前に出て。

「お気になさらないで。時にはこのようなこともありましょう。皆様も! 対応はこちらで致します、どうぞ引き続きご歓談をお楽しみください」

 気が付くと、大公閣下をそう慰め、周囲にもにこと微笑んでそう促してしまっていた。
 僕がそういうのなら、というわけでもないのだろうけれど、こちらにしか向いていなかった周囲の注意が、徐々に様々な方向へと散っていく。

「ありがとう、ありがとうございます、殿下……お心遣い、感謝いたします」

 そうしたら、ついに声を震わせ始めてしまった大公閣下に、僕は結局どうすればよいのかわからなくなってしまって。
 義兄上を振り返ると、義兄上は微笑んで僕を見ていた。

「まったく。リーファには敵わないね」

 いったい何のことを言っているのだか。義兄上が一歩前に出て、また、僕に寄り添って下さる。

「閣下。ここはリーファの顔に免じて。それよりもお互いにすべきこと・・・・・を致しましょう」

 義兄上の促しに、大公閣下は幾度も幾度も頷いていた。
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