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91・懐旧と因果④
しおりを挟む蒼貴妃の小美を見る目は、慈しみにあふれ、いっそ愛しげにさえ感じられた。
「私、貴女のことを愛しく思っていたの。本当よ? 貴女が幼い姿であれば、ただ、可愛らしいと思っていられた。私の子供であれば、なんて。けど……」
ほうと、疲れた溜め息には、いったいどんな感情が込められているというのだろうか。
ゆらと揺れた蒼貴妃の瞳が、濁ったように小美には見え、やるせなくなる。
「大きくなっていく姿を見ては、駄目ね……人とは違う成長。その膨大な魔力。それら全てが、あの方を象徴しているかのようにも思えて。ちょうど、小紬(シャオチォゥ)の降嫁が決まっていたのもあって、私を縛るものが何もなくなってしまった」
小紬とは、つまり蒼貴妃の娘、蒼公主のことだった。
ほんのつい先日、玄家に嫁いでいったのだったはずだ。
少しばかり年上の当主、北王に。
「……はじめはね、ただの八つ当たりだったの。苛立ちが治まらなくって、目に留まった小鳥に手をかけてしまった。憎いあの方の手指を……小澄に触れただろうそれを折ってやりたいと思いながら羽をむしって。でもすぐに我に返って、馬鹿馬鹿しくなって、適当にその場に捨ておいたのよ」
ただ、それだけだったのだと蒼貴妃が言う。
小美にはわからない衝動だった。けれど、人により、そう言った衝動に駆られることがあることは知っていた。
「捨てた場所が……悪かったのかしらねぇ……宮人の房の前だったことに意味なんてなかったのだけれど、でも」
その房に寝起きしていた宮人が、怯えて、意味深に捕らえてしまったのだと言う。
折悪く、その宮人にほんの少しの不幸が重なり、噂が独り歩きを始めてしまったらしい。
「私がしたことなんて、それほど多くはないのよ。ただ、そうね、ちょうどいいと思ったから、以前からよく思っていなかった何人かのことは、敢えて利用させてもらったわ。だって、貴女を馬鹿にする者たちが、あまりに多かったのですもの。私、嫌だったのよ?」
蒼貴妃は常の通り、穏やかに微笑みながら、ぞっとするようなことを口にした。
嫌がらせを意図的に行ったと。
「愛しい小美。私、ずぅっと我慢していたの。貴女を侮る宮人ばかりだったでしょう? でも、流石に他家の宮人にまで、口出しすることが出来なくて。それに庇い過ぎるのも、貴女の為にはならないかと思って。何よりあなたは小瑛……正后陛下の庇護下にいた。陛下のご意向もあるわ、私に出来ることなんて、あまりに少なかった」
いい機会だったのだと続けた蒼貴妃に、罪の意識などは欠片だったあるようには見えなかった。
宮人への嫌がらせは、あくまでも嫌がらせだったからということなのだろう。
「実際に上手くいったわ。何人かは後宮から追い出せたもの」
ころころと笑った蒼貴妃は、次いできゅっと眉根を寄せた。でも、と。
「紅嬪なんて、特に貴方につらく当たっていたじゃない。なのにどうして最近は近くにいるのかしら。貴女もやはり、あの方の娘だからなのね」
だから、私の嫌なことばかりするんだわ。私は貴女を愛しく思っていたのに。
小美を狙い始めたのは、だからなのだと言う。
気に食わなかった、守りたかった、追い出してしまいたかった。
矛盾したことを言い始めた蒼貴妃はどうにも憐れで。小美にはかける言葉が、やはりどうしても見つからなかった。
「ねぇ、小美。どうして? 私は……どうすればよかったというの……どうして……小澄」
最後に小さく西王の名を呼んで、しまいには俯いてしまった蒼貴妃を、きっと翔兄が指示したからだろう、近くにいた兵士の一人が捕らえに行く。
蒼貴妃は抗わず、小美はただ、どう思えばいいのかすらわからない気持ちで、連れていかれる蒼貴妃を、見送ることしか出来なかった。
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