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55・白家当主④

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「それで、その紅嬪殿は今どうしておられるんだい」

 小美シャオメイの話を最後まで聞いて、訊ねられた言葉に、小美は小さく頷く。

「棗央宮より警備の者が数人手配され、ご自身の宮で籠っておられるようです」

 だから小美は何も気にしなくていいと告げてきたのはリァンで、そのように手配したのもまた、彼だった。
 そこまでは告げずとも、西王もそう言ったことを察したのだろう、

「そう……」

 頷きながらちらと、少し離れた所に控える涼に視線を向ける。
 気付いた涼がにこと慇懃な様子で微笑むのに、何も言わず目を伏せて、ゆっくりと何を言おうか迷ってでもいるかのような様子で口を開く。

「紅嬪殿がなぜ君にそのような訴えをしてきたのかは、私にもよくわからないけれど、君が気にしすぎる必要はないと思うよ」

 続けられたのは、結局涼が言っていたのとそっくり同じようなことだった。
 小美は曖昧に首を縦に振る。
 自分でもわかっているのだ。
 気にしても仕方がない。自分に出来ることは何もないのだから。
 同時に、西領を納める立場にいる西王でさえ分からないことを、後宮の中で育って、書物の上でしか世界を知らない小美がわかるわけがないとも思う。
 ならばやはり気にするようなことではないような気もしてきた。
 こうして口に出して吐き出したからだろうか、少しばかり気が晴れたような気持ちになった小美は、ほんの小さく息を吐く。
 それが伝わったのだろう、どこか安堵した様子で、穏やかな笑みを浮かべ小美を見ていた西王が、そっと視線を涼のすぐ傍でやはり同じように控えていた瑞の方へも向けるのに、小美はそう言えばと思い出した。
 瑞の入宮を手配したのは西王だったはず。小美の護衛にと入宮した、そう聞いていたことを。

「瑞をご手配下さったのは西王様だそうですね」

 そのままついと口を着いた言葉に、一瞬、きょとりと目を瞬かせた西王は、しかし自分の視線を追ったのだろうとすぐに気付いて、柔らかい表情で首肯する。

「うん? ああ、そうだね。これから必要になる・・・・・・・・・だろうから。と言っても、そう長い期間じゃないけどね。後宮は男性が長期間過ごすには適さない場所だもの」

 西王の言葉は、小美もわかっていたことだった。つまり瑞が小美の側で過ごすのはきっと短い間だけなのだろうと。
 わかり切ったことなのだ。
 反面、わからないこともある。これから必要になる・・・・・・・・・とはどういうことなのか。

「これから、ですか?」

 素直に疑問を口にする小美に、西王は顔を綻ばせる。

「そうだよ。一番条件・・に合致した者を選んだつもりだ。きっと君の役に立つだろう」

 西王の言葉は答えになっているようでなっていなかった。
 だけど小美は、それ以上訊くのはやめておく。
 きっと、知らなくていいことなのだろう、そう思ったからだった。
 何でもかんでも知ることがいいことだとは限らない。特に後宮の人事などについては。
 小美はそんな風に考えている。
 気にならないと言えば嘘だ。
 でも、紅嬪の願う慈悲が理解できなかったのと同じ。
 小美にはわからないことばかりで、だけどどうしてだろう、分かりたくない・・・・・・・とも思ってしまうのである。
 わかる・・・と、何かが変わる気がして。小美はそれ・・が怖いのだ。
 その後、西王と交わした言葉などそう多くもなければとりとめもない。
 いつも通りの、気安くもなんともない時間。
 それでいて気づまりというわけでもないのは、西王の雰囲気が柔く、また彼が小美を心の底から気にかけているのが言葉や態度の端々から、十二分に伝わってくるからなのだろう。
 とりわけ、

「そもそも、私には瑞だけではなく、宮人などは……」

 必要とは思えないと控えめに口にした小美に、へにょと眉尻を下げて。

「君はいい加減自覚・・した方がいいね。小美。君は明妃・・なのだから」

 などと窘められるのもいつものこと。
 それは真実、西王が小美を気遣っているが故のもの。
 そうしてかけられる心が何だか少しばかりくすぐったい。
 悪い気分ではなかった。
 疎遠なばかりの父なのだけれど、小美は西王から掛けられる心を疑ったことなどない。
 確かに自分の父であるのだと、間違いようもなく認識している。
 だからこそ余計に紅嬪の言葉が理解できないままなのだけれど。
 西王とのいつも通りの時間を過ごしながら小美はわからない・・・・・ことばかりだと、心の隅でだけ、少しばかりやるせない気持ちを抱えざるを得ないのだった。
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