57 / 96
55・白家当主④
しおりを挟む「それで、その紅嬪殿は今どうしておられるんだい」
小美の話を最後まで聞いて、訊ねられた言葉に、小美は小さく頷く。
「棗央宮より警備の者が数人手配され、ご自身の宮で籠っておられるようです」
だから小美は何も気にしなくていいと告げてきたのは涼で、そのように手配したのもまた、彼だった。
そこまでは告げずとも、西王もそう言ったことを察したのだろう、
「そう……」
頷きながらちらと、少し離れた所に控える涼に視線を向ける。
気付いた涼がにこと慇懃な様子で微笑むのに、何も言わず目を伏せて、ゆっくりと何を言おうか迷ってでもいるかのような様子で口を開く。
「紅嬪殿がなぜ君にそのような訴えをしてきたのかは、私にもよくわからないけれど、君が気にしすぎる必要はないと思うよ」
続けられたのは、結局涼が言っていたのとそっくり同じようなことだった。
小美は曖昧に首を縦に振る。
自分でもわかっているのだ。
気にしても仕方がない。自分に出来ることは何もないのだから。
同時に、西領を納める立場にいる西王でさえ分からないことを、後宮の中で育って、書物の上でしか世界を知らない小美がわかるわけがないとも思う。
ならばやはり気にするようなことではないような気もしてきた。
こうして口に出して吐き出したからだろうか、少しばかり気が晴れたような気持ちになった小美は、ほんの小さく息を吐く。
それが伝わったのだろう、どこか安堵した様子で、穏やかな笑みを浮かべ小美を見ていた西王が、そっと視線を涼のすぐ傍でやはり同じように控えていた瑞の方へも向けるのに、小美はそう言えばと思い出した。
瑞の入宮を手配したのは西王だったはず。小美の護衛にと入宮した、そう聞いていたことを。
「瑞をご手配下さったのは西王様だそうですね」
そのままついと口を着いた言葉に、一瞬、きょとりと目を瞬かせた西王は、しかし自分の視線を追ったのだろうとすぐに気付いて、柔らかい表情で首肯する。
「うん? ああ、そうだね。これから必要になるだろうから。と言っても、そう長い期間じゃないけどね。後宮は男性が長期間過ごすには適さない場所だもの」
西王の言葉は、小美もわかっていたことだった。つまり瑞が小美の側で過ごすのはきっと短い間だけなのだろうと。
わかり切ったことなのだ。
反面、わからないこともある。これから必要になるとはどういうことなのか。
「これから、ですか?」
素直に疑問を口にする小美に、西王は顔を綻ばせる。
「そうだよ。一番条件に合致した者を選んだつもりだ。きっと君の役に立つだろう」
西王の言葉は答えになっているようでなっていなかった。
だけど小美は、それ以上訊くのはやめておく。
きっと、知らなくていいことなのだろう、そう思ったからだった。
何でもかんでも知ることがいいことだとは限らない。特に後宮の人事などについては。
小美はそんな風に考えている。
気にならないと言えば嘘だ。
でも、紅嬪の願う慈悲が理解できなかったのと同じ。
小美にはわからないことばかりで、だけどどうしてだろう、分かりたくないとも思ってしまうのである。
わかると、何かが変わる気がして。小美はそれが怖いのだ。
その後、西王と交わした言葉などそう多くもなければとりとめもない。
いつも通りの、気安くもなんともない時間。
それでいて気づまりというわけでもないのは、西王の雰囲気が柔く、また彼が小美を心の底から気にかけているのが言葉や態度の端々から、十二分に伝わってくるからなのだろう。
とりわけ、
「そもそも、私には瑞だけではなく、宮人などは……」
必要とは思えないと控えめに口にした小美に、へにょと眉尻を下げて。
「君はいい加減自覚した方がいいね。小美。君は明妃なのだから」
などと窘められるのもいつものこと。
それは真実、西王が小美を気遣っているが故のもの。
そうしてかけられる心が何だか少しばかりくすぐったい。
悪い気分ではなかった。
疎遠なばかりの父なのだけれど、小美は西王から掛けられる心を疑ったことなどない。
確かに自分の父であるのだと、間違いようもなく認識している。
だからこそ余計に紅嬪の言葉が理解できないままなのだけれど。
西王とのいつも通りの時間を過ごしながら小美はわからないことばかりだと、心の隅でだけ、少しばかりやるせない気持ちを抱えざるを得ないのだった。
9
お気に入りに追加
197
あなたにおすすめの小説
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
獣人公爵のエスコート
ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。
将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。
軽いすれ違いです。
書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる