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4・これからの為の覚悟
4-7・拒絶
しおりを挟む僕は後悔していた。後悔、しないはずがない。
何がいけなかったのだろう。否、きっと、何もかもが。何もかもが、いけなかった。
その日の仕事は、遅々として進まず。ティアリィは同じ部屋にいないだけで、仕事自体に手を抜かなかったから、いつも通り進められれば、終業予定時間には充分に終えられる程度の仕事しか回ってこなかったのに、全てを終わらせられたのは、夕食もとうに過ぎたような頃だった。
随分とぼんやりしてしまっていたと思う。
『俺は人形じゃありません』
ティアリィの声が、耳から離れない。
人形、人形、人形だなんてそんなこと。思ったこともない。ティアリィは、ティアリィだ。僕は別に彼の、人形が欲しかったわけではなく。器だけを求めたわけではなく。そうではなく。
だが。彼の意思を。僕はいったいどれだけ尊重できていただろう。そう、思い返すと。
応えを求めなかった。彼は別に僕を、求めているわけではない。それが分かっていたから、彼からの応えなど、求められず。僕はずっと、彼に訊きもせず。彼の意思を、置き去りにした。
自覚があった。
自覚があったからこそ余計に、僕はあの言葉に打ちのめされたのだ。
好きだった。欲しかった。だから手に入れた。なのに満たされない。
満たされない理由を、僕は知っている。知っていた、のに。
ティアリィは僕を拒絶しない。受け入れてくれている。子供まで、望んでくれた。でもそれはきっと、僕に絆されてくれたからで、僕にそれ以上の感情があるわけではないのだ。
それが僕を今も飢えさせている。
ああ、なんて強欲な!
「ティアリィ」
呟いた声を拾う者はおらず。一人きりの執務室は、いつもよりもひどく。広く感じられた。
ティアリィが引き取った子供に、ピオニラティという花の名前を付けたのはティアリィなのだという。それまで子供にはピオという呼び名だけがあり、訊けばスラム出身で、当然ながら戸籍もなかったのだとか。
スラムは王都の北東側、中心地から少し外れた所に位置する。花街と商業地区、工業地区の間を縫うようにして存在した。ピオラはそこで生まれ育ったのだそうだ。
僕の元にも報告は、2日ほど経った頃にティアリィ経由で上がってきていた。
なんでも、スラムに居を構え、身を売って生計を立てていたピオラの母親の元に5年前、客としてお忍びで隠しきれない高貴な雰囲気を纏った、濃い灰色の髪と紫色の瞳をした年若い青年が一度訪れたことがあったようで、そこでどんなやり取りがあったのかまでは定かではないが、彼女はその青年を皇太子だと思い込み、こんな機会はもう二度とないと、注がれた少ない魔力を抱えどうにかしてと子供を望んだらしい。
おそらく母親は市井のものにしては魔力操作が苦手ではなかったのだろう。あるいは周囲の協力もあったのか、何とかして子供と成したはいいものの、元々の貧しい暮らしがその後、改善されるはずもなく、今からちょうどひと月前、部屋で死亡しているのが発見された。
発見したのは家賃の取り立てに行った大家をしている男で、ピオラを王宮に連れていってくれるよう、出入りの業者に頼んだのもその男だとのことだ。
その男はすでに見つかり、捕らえはしたそうなのだが、それ以上の詳しいことなど何も知らず、ピオラ達親子とも別に親しかったわけでもないらしい。
ピオラの母親の遺体は、遺体を専門に取り扱う業者に家賃の足しにと売り渡したとのこと、スラムでは珍しい話ではない。
5年前の客の男というのが王族なのは間違いない。だが、それが誰なのかという話になると、何分血も薄く、そもそも、王族の血を引いているだけの男など市井にもそれなりに存在する。
我が国の王族は身分差をあまり考慮しないので、何代かさかのぼるだけでも市井に下った者が幾人か確認できた。そのうちの誰かの子孫なのだとは思うが……流石に追い切れるものではない。
ただ、こうして王宮に連れて来られて、かつ本当に王族の血を引いているという例自体は珍しくはあった。
ティアリィがあの子を引き取ると言い始めたのは、おそらくそれが理由ではないのだけれど。
僕はティアリィのあの言葉にショックを受けていて、ティアリィは自身が言った通り、本当に僕と距離を置こうとしているのだろう、必要最低限以上に僕と会おうとしなかった。
そのくせ、部屋を別に用意してそちらにいることにしただけで仕事そのものは完璧に回してくるのだから恐れ入る。
こちらは顔さえ見せてもらえなくて、不安を煽られているというのに。
仕事の合間に会いに行っても、部屋に入れてももらえないのだ。こうまで拒絶されると、今の僕の立場では無理強いも出来ない。
ピオラはどうしてもティアリィの手が離せない時以外はずっと一緒に過ごしているらしく、僕は否が応でも嫉妬心を煽られた。食事は勿論、入浴や就寝まで一緒なのだとかいうのだからなんだそれ本当に羨ましい。
だが、いくらティアリィが僕を避けていると言っても、今のティアリィが身重で、子供を育てるのに僕の魔力が必要なことに変わりはない。
いくら以前より落ち着いたとはいっても、長く僕と触れ合わずにいることなどできるはずがなかった。
僕以外の魔力を、なんて流石の僕も許すつもりは絶対になかったし、ティアリィもそれは考えていなかったことだろう。その証拠に、彼に避けられ始めて5日ほど経った頃、僕からの呼び出しにようやくティアリィも応じてくれて。
夜、寝室で。約5日ぶりに僕はティアリィと向き合った。
だけど。
僕は手を伸ばす。彼に。いつもの通り、指先に魔力を乗せて、彼に触れる。だけど。
すぐに気付いた。ティアリィが気付いたのも僕とほとんど同時なようだった。
「……? ティア、リィ……?」
僕は茫然として彼の名を呼んだ。彼もはっとして僕の顔を見る。次いでこわごわと、信じられないという風に恐る恐る、彼に触れている僕の指先を見て。
「……ぇ?」
そう、戸惑った声を上げた。僕は頭が真っ白になるような気がした。
「え?」
何故ならティアリィに、僕の魔力が。少しも、馴染まなくなっていたからだった。
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