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3・王宮にて
*3-7・重ならない、だけど
しおりを挟む今の僕のくちづけに、果たしてティアリィは気付いていただろうか。
そっと一瞬、触れるだけだったからもしかしたら。彼にはわからなかったかもしれない。
「ティアリィ、ねぇ、ティアリィ、いいだろう?ねぇ」
ねぇ。
触れる、触れる、彼に触れる。宥めるように、彼の肌に唇を寄せて、そっと、僕は囁きを吐息と一緒に滑り込ませた。
彼の耳元に舌を這わせる。ぎゅっと抱きしめ離さないまま、手が少し動かしづらくなるのも構わず出来るだけ体を密着させた。細い。
肉の薄い彼の体は、骨ばって硬いはずなのに、どうしてこんなにもしなやかなのだろう。ああ、僕の腕に馴染むよう。
ティアリィ。
少しだけ体を離し、彼の衣服を寛げた。彼の身に纏っている、今日から新しくなったお仕着せは騎士服と似たつくりをしていて生地自体の色の外、肩章や襟章、あるいは袖にあしらわれたラインの色などで所属や階級がわかるようになっている。グレー地は文官の証。袖口に紫のラインがあるのは僕の直属だからで、階級の存在しない側近とも言える補佐役用のティアリィのお仕着せは襟元や肩などはいっそシンプルなまま、乱すにも易い状態となっていた。
正直、別にそんなことを狙ってこの服を指定したわけではなかったのだけれど、今は脱がせやすさに感謝したい気持ちさえ沸いてきている。
ティアリィからの抵抗などなく、僕のなすがまま。襟元を寛げ、露わにした真白い素肌に僕はしばし目を奪われた。眩しくて。
だが、ティアリィは一瞬、肌寒さでも感じたのだろうか、ぶると一瞬、肩を竦め、それにすぐに我に返って、狙うように首筋へと僕自身の唇を寄せていった。
下を這わす。ぴちゃ、浅ましい唾液の音はきっとティアリィの耳にも届いたことだろう。
「殿下」
ティアリィの声は震えている。
その声に誘われるよう、顔を上げてティアリィを見た。
僕の下で、戸惑いに揺れる瞳。
「どうして」
どうして。
切なげに寄せられた眉。なのにそこには拒絶はない。
ああ。
「言っただろ?堪えられないんだ」
僕は笑った。嬉しくて笑った。
ティアリィが、僕を拒絶しないことが、本当に嬉しくて。でもそれが、恋情ゆえ、求めてくれているからではないことも同時に痛いほど伝わってきて、どうしてか泣きたい気分にもなりながら笑った。
いや、今はいい。拒絶されないだけでいい。
だってこうして触れられるのだから。
「君と出会って14年。欲しくて欲しくて、諦められなくて。……――ようやく君を求められる」
ずっと押し込めてきた、ティアリィへの情動。触れたくて触れたくてたまらなかった滑らかな肌に、僕は今、触れている。
囁いて、もう一度、彼の肌に唇を寄せた。
「ぁっ」
思わず、と言った風に微かに漏れたティアリィの声がなんだか切ない。
「どうやって堪えられるって言うんだ。堪え性がないことなんて自覚している。性急にすぎるということも。だけど」
くすりと笑って僕は告げる。更に乱した彼の衣服。腕にわだかまる袖は、ティアリィの動きを制限している。まるで拘束具のように。
「君が今、動けないのは、僕を受け入れてくれたからじゃないってこと。わかってる。だけど」
ティアリィからの拒絶はない。抵抗も。彼はほとんどしていない。
ああ、それは本当に幸せなことだ。幸せなこと。その、はずなのに。
僕は笑う。
「ねぇ、ティアリィ。本当に嫌なら、僕を拒絶してくれていいんだ」
なのにどうしてこんなに、泣きたいような気分になっているのだろう。
彼は僕を拒絶していない。なのに。
「ねぇ、ティアリィ」
ティアリィの名を囁く。僕の想いを乗せて、大切に、大切に、そっと。
ティアリィ。
愛しい君。愛しい名。僕の愛の形。
ああ、そうだ、僕の愛は、君の形をしているのだ。
ティアリィ。
ティアリィは抗わない。だけどそれは、僕を求めてくれているからでは決してなかった。だけど。
ティアリィの手が、僕の頬にそっと触れた。導かれるように、彼の肌から顔を上げ、彼を見つめた。
僕の視界には今、彼しか映っていない。愛しい。
ああ。
何かに引き寄せられるかのようにして、自然と重なった唇は、何故だかどうしようもなく苦かった。
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