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4・これからの為の覚悟
4-5・花の名前
しおりを挟む王宮から見て、左手側に位置する魔術師塔へ向かうのに、わざわざ目立つ回廊などは使わない。勿論、正面扉などを使うはずもなく、俺は使用人たちが主に使う通用門を使用すべく廊下を歩いていて、ちょうど、門番たちの詰所の近くを通りかがった時だった。
ふと、いつもとは少し違う騒がしさに気付く。人通りの多い場所ではあるので、いつも多少の喧騒はそこかしこで存在していて、これまで気に留めたことなどなかったのだが、その時だけは気になって。
少しだけ迷った後、そちらへと足を向けた。
たった十数歩の距離。容易く辿り着いた一室をのぞき込む。開けっ放しの扉の中、さして広くない部屋で幾人かの体格のいい男たちが、途方に暮れたように顔を見合わせていた。
騒ぎの中心らしきそこにいたのは、一人の少女だ。まだ幼い。いくつだろうか。殿下の、年の離れた妹と、それほど違わないように見える。
確か、彼の王女様は今年5つだったか。それよりは少し小さいが、うちの2つになる妹よりは大きい。3つか、4つか。4つかな?
少女は痩せていて小さく、どうにも年齢が分かりにくかった。だが、魔力も踏まえてそう当たりを付け、コンコンと、あえて扉に拳を軽く打ち付けることで自身の存在を、部屋の中の者達に気付かせた。
「っ! 妃殿下! このようなむさ苦しい所へ足をお運び下さるなんてっ……!」
その中でも位が一番上なのだろう一人が、代表してかすぐさまその場で跪く。他の者も追従しようとするのへ軽く手を振ることで制し、先の一人にも立つように促した。
「ああ、いいよ、楽にして。それより、」
視線を少女へと向ける。さっとそのまま魔力で精査した。
なるほど?
幼い少女だ。それなりに顔立ちは整っているだろうか。服装は粗末で、栄養状態も悪そうだ。少しパサついた髪の色は黒に近いほど濃いが、一応は灰色だろうか。明確に灰色だと判断できる程度の髪色ではあった。瞳の色は……――はやり濃い、紫色だ。
「その子、どうしたの? 一応、王族みたいだね。でも、血は随分と薄い」
俺の言葉に、その場にいた男たちがどこか安堵したように、ほっと息を吐いたのが分かった。
「ああ、よかった。はやり血は薄いんですね」
「うん、かなりね」
見る限り3代か4代前の王弟辺りの、更に孫か曾孫だろうか。その間、貴族の血さえ混ざっていなさそうだ。ただ、平民とするなら魔力は多分、多い方。
ますます、ここに何故そんな少女がいるのかわからなくて、俺は小さく首を傾げた。
「どうして?」
訊ねると、男たちがまた、戸惑ったように顔を見合わせる。どうしようかと目だけで相談する様子を見せ、ややあって緊張した面持ちで、先程の代表格らしき男が口を開いた。
「このようなこと、妃殿下にご報告するようなことでもないのですが、その……先程、通用門の辺りで、皇太子殿下の落とし胤だと言って押し付けられまして……」
言いづらそうに告げられた男の言葉を聞いて、俺はぱちりと一つ、目を瞬かせた。
男は今、なんと言った? つまり。
「へぇ……殿下の、隠し子、ねぇ……」
よりにもよって。
勿論、違うなんてことは一目でわかった。先も言ったように血が薄すぎるし、核まで視ても殿下の魔力の気配など欠片もない。同じなのは髪と瞳の色相ぐらいか。同じ灰色と紫ではあった。濃さは全然違うし、到底同じ色には見えない有様ではあったが。
だが、薄くとも王族の血は混じっている。
「うーん。この子を押し付けてきた人物は?」
こんな幼い子供が、一人で王宮まで来れるとは思えない。
「出入りの業者で、頼まれただけなのだそうです。一応、嘘ではないようでしたが。敷地内にも入れる者でしたし」
王宮の敷地全体は、当たり前だが結界に覆われている。それにより、其処へ足を踏み入れられるというだけでも、対象の人物に悪意と害意がないことだけは間違いなかった。それを見込んで、他者に託したのだろうか。自ら連れてこないというだけでも、子供の出自が信用に足るはずもない。
「捕えてはいるの?」
「ええ、近衛の取調室の方に」
「そう。じゃあ、もう少し詳しく聞いておいて。探査も、適当に使っていいよ」
何処まで追えるかはわからないけど。
魔力の痕跡を、ある程度追える魔術師塔管轄の魔道具があった。だが、あくまでもある程度で限界がある。精度はあまりよくない。それでも近衛ではなかなか使用できないそれの使用許可を適当に出しつつ、俺はしばし悩む。
この子供を、さて、何処に連れて行くのが正解なのかと、此処にいる門番たちは迷っていたらしい。彼らは流石に俺のように、一目で魔力の精査などできなかったのだろう。捕えた男を引き取ったという近衛も同じだ。管轄的に、彼らは魔力に長けた者が少ない。
子供はおとなしく、今まで一言も言葉を発していない。俯いて、身を固くして。今まで一体どんな境遇で育ってきたのか。
「本当は俺が直接捜査してもいいんだけど……ちょっと色々止められそうだし」
「ええ、妃殿下、それは流石に……」
魔道具より俺自身が調べる方が精度は高いのだが、どこであれそんなこと、許してくれるとは思えなかった。現に目の前の男も止めてくる。
王族の血が、例えば一滴も入っていなさそうなら、施設に預ければそれで済んだ。
だが、どんなに薄くとも、この子には王族の血が混じっている。
「この子と一緒に、他には何かなかった?」
例えば手紙とか、他に言付けとか。
訊ねるとさっと、一通の手紙を差し出された。
「こちらに」
中身は確認済みです。
受け取った手紙に視線を走らせて目を細めた。
子供はやはり4歳らしい。
曰く、城下で出会った殿下に一夜の情けを頂いて、受けた少量の魔力を大事に抱え、周囲の協力を経て何とか産み落としたのだとか。その所為で血は薄まって見えるかもしれず、魔力も多くは持たせられなかったのだとも、其処には記されていた。
逆算して、もし本当に殿下の種だとしたら、当時殿下は14歳。年齢的に、不可能と言うわけではないが……流石に無理がありすぎるだろう。
笑ってしまう。
なにより、そんな言い訳で魔力核の血の濃さが誤魔化せるものか。
同時に、子供の名前の記載さえないその手紙から、その少女が蔑ろにされてきただろう背景が窺えて俺は少し胸が痛んだ。
己の腹を思う。随分と安定してきた、其処には子供がいる。目の前の少女と同じ、王族の血を組む子供だ。勿論、その血の濃さは比べるべくもない。
だけど。
殿下の、隠し子。このタイミングで。
これも、何かの縁だと思った。だから。
「うん、わかった。この子は俺が引き取るよ。この手紙も一緒にね。調査で何かわかったら、俺に直接、上げてきて」
近衛にもそう伝えてほしい旨、指示を出し、子供のすぐそばまで歩み寄って膝をついて、身を屈めた。視線を合わせる。
「こんにちは。君の名前を教えてくれるかな?」
努めて柔らかく笑いかけると、少女はじっと俺を観察して、ややあって小さく口を開いた。
「ぴお」
短く、おそらくあまりいい意味もないだろう名前に内心でだけ眉根を寄せ、表立っては笑みを深める。
「……そう。なら、今日から君はピオニラティだ。ピオラ。花の名前だよ」
少女の目が、少しだけ輝いて。それはとても愛らしかった。
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