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208・戸惑いと答え⑦

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 気にかかる、否、少しだけすとんとどこか腑に落ちた。
 と、言うことはつまり、サフィルが子供を望みきれない理由の一端に、セーミュが言った『嫉妬』というのがあるのかもしれないということだった。
 嫉妬、嫉妬か。まだ成してもいない子供に対して自分が嫉妬。
 サフィルにはよくわからない。だけどセーミュも言っていたように想像してみる。
 リシェは子供を可愛がるだろう。
 なにせサフィルがこの国へと嫁いできた理由。きっと国中が望んでいる存在だ。
 当然、子供は何よりも大切に扱われることだろう。それ自体、サフィルはむしろ、当たり前のことだとそう思う。
 子供は何よりも尊重されるべきだ。
 それこそ勿論、サフィルよりも。リシェだって、きっと……――そこまで思って、自分はもしや本当に、まだ成してもいない子供に嫉妬しているのかもしれないなんて自覚して、ますますもって居た堪れなくなった。
 なんて恥ずかしい。
 しかもそんなことを、セーミュに相談までしていただなんて。

「サフィル」

 リシェのサフィルを呼ぶ声はいつくしみに満ちている。それにはまったく間違いがなかった。
 サフィルはそれを疑ったりなんてしていない。
 なのに、嫉妬したということは、サフィルは子供を成せば、リシェのその心は、少なからず子供に移るのではないかと思ったということだ。
 それはリシェを信じられていないということと何が違うのかとサフィルは恥じた。
 リシェからの気持ちを、どうやら過分に欲しがっているらしい自分に気付いて、自分が自分で恐ろしいほどだった。

(ああ、なんて欲深い……)

 サフィルは知らなかった。
 自分の中にこれほどまでに強欲な部分があったことを。
 しかも、今、サフィルの腹に凝っているリシェの魔力は、リシェがサフィルへと傾けている心の証。
 それを何処かで子供と成すことを惜しんでまでいる自分がいる。
 サフィルはそんな自分を、今ようやく自覚したのだった。
 これもまた嫉妬というのなら嫉妬なのだろう。
 子供を成せば、今、サフィルが抱えているリシェの魔力は、全て子供の為の物となる。
 サフィルはそれが嫌なのだ。
 子供が生まれたあとの想像どころの話ではない。
 それ以前の問題だった。
 リシェの魔力を、きっと惜しんでしまっている。
 自分自身の心の狭さが、情けなくて堪らなかった。
 しかもそんなもの、サフィルの自分勝手さが浮き彫りになっているにすぎず、同時にとてつもない罪悪感に苛まされる。
 サフィルはまさか自分が、これほどまでに独占欲が強く、心が狭いだなんて思ってもみなかった。
 誰かに心惹かれるということは、このようなことにまで悩まなければならないことなのか。
 自分で自分が恐ろしい。
 だけど。

「サフィル? どうしたんだ、何があった。調子が良くないと聞いた」

 夜である。
 セーミュの言葉を受け、自分なりに答えの見つかったサフィルは、マチェアデュレこの国へと嫁いできて、はじめて、リシェとの夕食を、自分の意志で断った。
 調子が良くないのだと告げて、部屋で臥せる。
 嘘というわけではないけれど、調子が良くない理由はあくまでも心理的なもので、心配そうな侍女や侍従、護衛からの眼差しもまた、サフィルへと罪悪感を抱かせた。
 しかし、サフィルが伏せていたのはリシェと共に使っている寝室。
 単純にサフィルが把握している自分の寝台が其処だけだというのがあったからなのだが、今のサフィルにはどうしても、なんだか自分が否が応でもリシェに気にかけてもらおうとしてでもいるかのようで、それにもまた、自分で自分が嫌になった。
 欲深くて、心が狭くて、なのにこんなにもリシェを求めている。
 なんてことだろう、わけがわからない。
 ただ、今のサフィルにわかるのは、自分があまり良くない人間であり、そしてリシェのことが、きっと本当に好きなのだろうということだけ。
 気持ちの整理がつけられない。
 どうすればいいのかわからない。
 その上、今、こうしてリシェが気遣わしげに様子をうかがってくれていることが、申し訳なくて、なのになんだか物凄く嬉しいのである。

「ぅっ……リシェ、様ぁ……」

 リシェの柔らかい声に、サフィルはわけもわからないまま、気が付けば情けなくも、ぽろぽろと涙を流していた。

「サフィル?」

 リシェが戸惑ったように、サフィルを宥めにかかる。
 サフィルを、心底心配してくれていることがわかる、真摯な眼差し。
 こんな時だってリシェは物凄くかっこよくて、サフィルの胸をときめかせてきて、そして。それに対して、自分がひどく醜く思えた。
 サフィルは、リシェの子供を産むために嫁いできた。
 ただこの国で、リシェの閨に侍り、リシェを慰めてさえいればいいのだと言われている。
 サフィルの役割はただそれだけなのだと。
 リシェを慰め、リシェの子供を産む。その為だけの存在。
 なのにこんな調子では、そのたった二つが熟せない。
 申し訳なかった。
 申し訳なくて堪らなくて、なのに。

「リシェ、様、僕、僕……う……うぅっ……」

 ぽろぽろと涙を流しながら。自分は今、リシェに縋ろうとしている。
 そんな浅ましさもまた、サフィルを追い詰めるかのようだった。

「さ、サフィル?! いったい本当にどうしたって言うんだ、サフィル……」

 ばっと抱き着くと、リシェはしっかりとサフィルを抱きとめて、そしてぎゅっと強く抱きしめてくれた。
 そしてそのぬくもりは何処までも、今、サフィルが求めているものに他ならないのだ。
 子供になど欠片も渡したくないと思ってしまうほど、惜しむぬくもり。
 サフィルは泣いた。
 今はもう、なんだかそうせずにはいられなかったからだった。
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