上 下
175 / 242

172・俺の嫁の健気さと、俺の、①(リシェ視点)

しおりを挟む

 だから結局何が言いたいのかというと……――俺はサフィルとまた再び触れ合うのはもっと先でいい。そんな風に考えていたということだ。
 サフィルを大切にしたい、思うのと同時に、それはやっぱり、俺自身が怖い、そうも感じていたからなのだろう。
 俺は臆病で、サフィルの変化がわかっていたのにまたしても彼の気持ちなんて、全くわかっていなかったのかもしれない。
 だからサフィルにこんなことをさせている。

「えぇと、ですから、ああいう行為は慣らす必要があって、その……」

 照れからなのか、恥ずかしさゆえか、真っ赤になって途切れがちになるサフィルの説明は、決してうまいと言えるようなものではなかった。
 と、言うより意味が所々入って来ない。
 サフィルがせっかく俺に必死に教えてくれようとしているというのに。
 真っ赤に染まった顔が、逸らしがちながらちらちらと俺を窺ってくるその仕草が可愛い。
 欲が滾る。彼に触れたくなる。あの、初日の気持ちよさを思い出して、下半身に熱が集まって、知らずごくり、喉が鳴った。
 ああ、浅ましい。
 否、この場合、俺が浅ましいのは悪くないこと、なのだ、ろうか……わからない。
 もしやこれは夢なのか、なんて自分の正気を疑ったりもした。
 離宮で再会してからのサフィルの変化は感じていたし、何か言いたげに、でも言い淀んでいることもわかっていた。それがまさかこのようなことだっただなんて。
 ちなみにほんの少し前に、サフィルに初めに言われたことも、俺には寝耳に水だった。
 今夜もいつも通りサフィルと共に夕食を摂った後、風呂などの寝支度を整えて、サフィルと共有している寝室に向かった。
 勿論、すぐに寝台に上がるつもりなんてなくて、やっぱりいつも通り、少しだけサフィルと話したりなどして、共に時間を過ごして、そしてまたサフィルを抱きしめさせてもらいながら眠りにつこう。そうなるだろうと信じて疑っていなかった。なのに。
 寝室に入るなり、俺を待っていたと言わんばかりに急いで俺の側へと駆け寄ってきたサフィルは、おずおずと躊躇いながら、だけどはっきりと俺を寝台へと誘ってきた。

「ぇっと、あの……リシェ、様……今日は、あの、僕に……お時間を、頂けません、か……?」

 そんな風に告げて来ながら。
 勿論、サフィルからの誘いに否やなどなく、請われるままに共に寝台へと上がり込んで、意味もなく向かい合わせに座り込んだサフィルは、躊躇いながらもこんな話をし始めたのである。

「あのっ、その……とても、言いにくいことではあるのですが……」

 そんな前置きをしながら続けられた言葉は、思ってもみなかった、まさかサフィルの口から出るとは想像すらしていなかった閨での話。

「ぁの、僕とリシェ様はその……初日以来、そういった触れ合いをしていません、よね……僕も、リシェ様が僕を大切に思って下さっているのはわかっているんです、だから何もなさらないんだってことも。でも僕はいつまでもそれではいけないと思っていて、それに、あの……聞いたんです」
「いや、いけないなんてことはない、と、言うか、聞いた?」

 誰に何を?
 サフィルは隠さずに全てを俺に教えてくれた。ようは俺が全く知らなかったことばかりを。

「ええ、イーニア様に。……リシェ様は、何もお知りにならないんだってことを」

 俺は正直この段階でも、自分が何を知らないのかを分かっていなかった。首を傾げる俺にサフィルはやっぱり言いづらそうに話しを続けていく。

「リシェ様は、その……閨での、ことを。その……何も、お知りにならないんだと、思うんです。僕もそういうことには全く詳しくないんですけど、でもイーニア様がおっしゃるには、それでもリシェ様よりは僕の方がよく知っているだろうって……」

 目が逸らされる。赤い顔。
 確かに俺はああいうことは、本当に最低限しか知らない自覚がある。
 ただ、入れればいいということぐらいしか知らなかったと言っていい。
 あとは初めは痛いだとか、少しは血が出るだとか。だから過剰に怯えないようにと教えてくれたのはさて誰だっただろうか。
 多分、司祭の一人だったとは思う。既婚者で子供もいる初老の男だったはずだ。
 あとはお嫁さん、つまりサフィルが知っているとも聞いていたので、サフィルが俺より詳しいのは間違いないことなのだろう。だが、それを今、こうして話されている意味が解らなかった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

悪役令息はもう待たない

月岡夜宵
BL
突然の婚約破棄を言い渡されたエル。そこから彼の扱いは変化し――? ※かつて別名で公開していた作品になります。旧題「婚約破棄から始まるラブストーリー」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

王太子が護衛に組み敷かれるのは日常

ミクリ21 (新)
BL
王太子が護衛に抱かれる話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...