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172・俺の嫁の健気さと、俺の、①(リシェ視点)
しおりを挟むだから結局何が言いたいのかというと……――俺はサフィルとまた再び触れ合うのはもっと先でいい。そんな風に考えていたということだ。
サフィルを大切にしたい、思うのと同時に、それはやっぱり、俺自身が怖い、そうも感じていたからなのだろう。
俺は臆病で、サフィルの変化がわかっていたのにまたしても彼の気持ちなんて、全くわかっていなかったのかもしれない。
だからサフィルにこんなことをさせている。
「えぇと、ですから、ああいう行為は慣らす必要があって、その……」
照れからなのか、恥ずかしさゆえか、真っ赤になって途切れがちになるサフィルの説明は、決してうまいと言えるようなものではなかった。
と、言うより意味が所々入って来ない。
サフィルがせっかく俺に必死に教えてくれようとしているというのに。
真っ赤に染まった顔が、逸らしがちながらちらちらと俺を窺ってくるその仕草が可愛い。
欲が滾る。彼に触れたくなる。あの、初日の気持ちよさを思い出して、下半身に熱が集まって、知らずごくり、喉が鳴った。
ああ、浅ましい。
否、この場合、俺が浅ましいのは悪くないこと、なのだ、ろうか……わからない。
もしやこれは夢なのか、なんて自分の正気を疑ったりもした。
離宮で再会してからのサフィルの変化は感じていたし、何か言いたげに、でも言い淀んでいることもわかっていた。それがまさかこのようなことだっただなんて。
ちなみにほんの少し前に、サフィルに初めに言われたことも、俺には寝耳に水だった。
今夜もいつも通りサフィルと共に夕食を摂った後、風呂などの寝支度を整えて、サフィルと共有している寝室に向かった。
勿論、すぐに寝台に上がるつもりなんてなくて、やっぱりいつも通り、少しだけサフィルと話したりなどして、共に時間を過ごして、そしてまたサフィルを抱きしめさせてもらいながら眠りにつこう。そうなるだろうと信じて疑っていなかった。なのに。
寝室に入るなり、俺を待っていたと言わんばかりに急いで俺の側へと駆け寄ってきたサフィルは、おずおずと躊躇いながら、だけどはっきりと俺を寝台へと誘ってきた。
「ぇっと、あの……リシェ、様……今日は、あの、僕に……お時間を、頂けません、か……?」
そんな風に告げて来ながら。
勿論、サフィルからの誘いに否やなどなく、請われるままに共に寝台へと上がり込んで、意味もなく向かい合わせに座り込んだサフィルは、躊躇いながらもこんな話をし始めたのである。
「あのっ、その……とても、言いにくいことではあるのですが……」
そんな前置きをしながら続けられた言葉は、思ってもみなかった、まさかサフィルの口から出るとは想像すらしていなかった閨での話。
「ぁの、僕とリシェ様はその……初日以来、そういった触れ合いをしていません、よね……僕も、リシェ様が僕を大切に思って下さっているのはわかっているんです、だから何もなさらないんだってことも。でも僕はいつまでもそれではいけないと思っていて、それに、あの……聞いたんです」
「いや、いけないなんてことはない、と、言うか、聞いた?」
誰に何を?
サフィルは隠さずに全てを俺に教えてくれた。ようは俺が全く知らなかったことばかりを。
「ええ、イーニア様に。……リシェ様は、何もお知りにならないんだってことを」
俺は正直この段階でも、自分が何を知らないのかを分かっていなかった。首を傾げる俺にサフィルはやっぱり言いづらそうに話しを続けていく。
「リシェ様は、その……閨での、ことを。その……何も、お知りにならないんだと、思うんです。僕もそういうことには全く詳しくないんですけど、でもイーニア様がおっしゃるには、それでもリシェ様よりは僕の方がよく知っているだろうって……」
目が逸らされる。赤い顔。
確かに俺はああいうことは、本当に最低限しか知らない自覚がある。
ただ、入れればいいということぐらいしか知らなかったと言っていい。
あとは初めは痛いだとか、少しは血が出るだとか。だから過剰に怯えないようにと教えてくれたのはさて誰だっただろうか。
多分、司祭の一人だったとは思う。既婚者で子供もいる初老の男だったはずだ。
あとはお嫁さん、つまりサフィルが知っているとも聞いていたので、サフィルが俺より詳しいのは間違いないことなのだろう。だが、それを今、こうして話されている意味が解らなかった。
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