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165・夜を意識する②
しおりを挟むサフィルは確かに、イーニアが言うのならばきっと、リシェより、何なら周りの司祭たちより、知識だけならば有しているのだろうとは思う。
とは言えそれだってごく一般的なもののみ。
必要だから把握しているにすぎず、実際に誰かと触れ合ったことなんて、それこそあの初日の、リシェとの夜、ただ一回だけだった。
わけもわからないまま、待ってと言っても止まってもらえず、組み伏せられ、服を破かれ、強引にこの身を引き裂かれた。
本来ならは愛を交わすための行為。少なくともサフィルはそう認識していたのに。
思い出すと体が凍る。
あれは間違いなく暴力だった。
サフィルは尊厳を踏みにじられたのだ。
相手がリシェであったのは幸いだろうか。
そんな風に思ってしまうのはきっと今、サフィルがリシェに心を寄せ始めているからなのだろう。
他の誰かでなくてよかったと、今、改めて心の底から思っている。
だが、あったことはなかったことには出来ない。
サフィルがあの夜確かに受けた、痛みと恐怖、苦しみはなくなったりなどしないのだ。
それでも毎夜、抱きしめられるだけで何もされないとはいえ、リシェからの接触を許していたのは、今思えば初めから、少なくとも容姿やそういった部分ではサフィルがリシェを好ましく思っていたからなのだろう。
あるいは翌朝、平身低頭して謝るリシェに毒気を抜かれただけなのか。
また、リシェが耐えているのを感じて、気の毒に思った部分もある。
そしてリシェはおそらく、今も耐えてくれているのだろう。
リシェは、本当はサフィルに触れたいのだという欲を隠さない。
たまにサフィルを見るリシェの眼差しには、ぞっとするほどの獣欲が滲む時がある。
だが、リシェは夜、サフィルを抱きしめるだけで、本当に色々なことを我慢してくれているようだった。
サフィルにとっては辛いばかりだったあの夜が、リシェにとってはただひたすらに気持ちがよくて天国のようだったというのだから、リシェはきっとサフィルに再び触れたいと、そう感じていることだろう。
だけどサフィルが怯えていることもわかっていて、必死に我慢し続けてくれているのである。
それはリシェがサフィルを想ってくれているが故に。
そんなリシェと今一度触れ合う。否、一度ではなく、今後はずっと、毎夜のように。
子供を作るというのはそういうことだ。
それはこの国でのサフィルの役目。
いつまでも逃げてばかりいられないのは確かだった。
一ヶ月と少し。
サフィルがマチェアデュレに嫁いできてそれだけ経つ。
つまり同時にリシェに我慢を強いてそれだけということだ。
サフィルにはそれが長いのか短いのかさえ分からない。
だけど。
サフィルがリシェに惹かれていることに間違いはなくて。リシェに、セーミュと子供を作って欲しくないのは間違いなくて。
なら覚悟を決めなければならないのだろう。
そんな風に意識して、サフィルは途端、ばくばくと激しく脈打ち始める心臓を、どうすればいいのか持てあますのだった。
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