上 下
149 / 242

146・街歩き

しおりを挟む

 空けて翌日、いつも通り・・・・・リシェの腕の中で目覚め、お互いに身支度を整えた後、やはり二人きりで朝食を摂った。
 昨夜、寝る前にはこれはもしや朝まで眠れないのではないだろうかと不安に思うほど、鼓動を高鳴らせていたというのに、逆にドキドキし疲れでもしたのか、気が付けば朝で、サフィルは自分が存外早く寝入ることが出来たようだとまた朝から頬を赤らめることとなったのだが、いつも通り・・・・・であったことに変わりはない。
 そしてリシェは朝になっても変わらず眩しくて。サフィルの心臓の音もうるさいばかり。
 努めて気持ちを落ち着けて食事を口に運んだのだが、当然味などよくわからなかった。
 ちなみに今日もセディとイーニアは起き出してこられる状態ではないらしく、しかし流石に今日は夕食時には同じテーブルに着けるだろうと言付けを受け、リシェのエスコートに従って馬車に乗り込む。
 街までそう離れてはいないけれども、流石に歩いて向かうには少しばかり距離があって。そもそも離宮の敷地は当たり前に広い上、少し小高い丘のようになっている場所の天辺に建っていて、街までは丘を降りる必要もあったのだ。
 馬車の中ではいつかの神殿へと向かった時と同じ、向かい合わせの席に着いた。
 そうすると、距離は少し離れるけれども、常にリシェが視界の中にいることとなり、サフィルはやはり眩しさに直視できず、俯くばかりだった。
 きっとリシェも不審に思ったに違いない、そう思う。
 否、むしろこうして同じ馬車に乗ること自体、あの祭事の際以来なのだから、こんなものだとでも思ってくれているだろうか。
 サフィルにはわからない。
 わからないけれども、結局、どうしようもなく高鳴る鼓動だけは確かで。前日に引き続き、そんな自分を持て余した。
 程なくして着いた町は決して広くない。
 かと言って決して狭くもなく、朝から活気があり、にぎわっている。
 サフィルにとっては何もかもが目新しく、視線が定まらないのを見てリシェが笑った。
 途端サフィルは恥ずかしくなる。だけど。

「サフィル。行こうか。ほら、手を。……はぐれるといけないから」

 そんな風、少し照れたように言いながら手を取られて。繋がれたリシェの手を、もうずっと離したくない、そんなことを思ったりもした。
 リシェと共に街を歩く。
 それは当たり前に初めてのこと。
 街の人は、流石に貴族だとぐらいは思っているだろうけれども、まさか聖王と聖王妃だとまでは思ってもみないのだろう、特別注目を浴びるということもなく、否、もしかしたら視線は集めていたかもしれないけれども、サフィルはそんなこと全く気にすることが出来なかった。
 だってリシェと一緒なのだ。
 近くで歩いている。
 それだけで他にいったい何を思えるというのだろう。
 初めて見る街、初めて見る景色。
 リシェが隣にいる、それだけで光輝いて見えた。
 だけども、意識のほどんどがリシェに向かってしまって、何もかもがよくわからない。
 リシェはきっと気を使ってかサフィルに色々なものを見せたり、進めたりしてくれた。
 市場の露店で売っていた、きっとそう高くはないだろう髪飾りを当てられて、

「ああ、よく似合う。サフィルが付けると、それだけでとてもいい物に見えそうだ」

 なんて言われたりして照れたり、

「サフィル、これも食べてみないか。王宮うちではあまりこういったものが出ないから、食べ慣れてないだろうけれども……」

 などと言いながら、初めて見る串焼きのような物を差し出され、かじっては、予想以上のおいしさに舌鼓を打ったり。
 見る物やること全て光り輝いて、楽しくて。なのに、リシェのこと以外全部、何もかもがよくわからないだなんて。自分のことながら不思議で仕方がなかった。
 別に覚えていられないだとか、理解できないだとかそういうわけではなくて、ただ全てがリシェの眩しさにかき消されてしまったのである。
 例えば髪飾りも、

『リシェ様の勧めてくれた髪飾り』

 としか認識できなかったし、串焼きだって、

『リシェ様が美味しいと勧めて下さった串焼き』

 なのである。
 他も全てそんな調子で。
 そうしてその日は一日、昼食も街で摂り、夕方まで離宮に戻らず過ごしたのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

悪役令息はもう待たない

月岡夜宵
BL
突然の婚約破棄を言い渡されたエル。そこから彼の扱いは変化し――? ※かつて別名で公開していた作品になります。旧題「婚約破棄から始まるラブストーリー」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

王太子が護衛に組み敷かれるのは日常

ミクリ21 (新)
BL
王太子が護衛に抱かれる話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢の兄、閨の講義をする。

猫宮乾
BL
 ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。

処理中です...