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122・湖へ

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 庭の奥には通路があった。
 初日に女官から聞いた、湖へと降りられる道だ。
 樹の生い茂った生垣の中に人二人がようやく通れるぐらいの小さめの門があって、そこを一人ずつ潜り抜ける。するとその先の道はすぐにも下へと向かう急な坂道となり、決して整えられているとは言い難い地面の様子に、先に立ってくれていた護衛が、

「聖王妃陛下。足元がお悪いようです。どうぞお気を付けください」

 と、エスコートよろしく手を差し出してくれたので、その手を素直に取って彼へと着いていった。
 真っ直ぐではなく、蛇行するような道はそれほど長くはなく、離宮は少し小高いところにあるとは言え、それほどの高さがないらしいことをうかがわせた。
 つまり湖へはすぐに着いたということだ。
 庭の一部からも、特に離宮の2階の窓からも望むことが出来た湖は、直接目にしてみるとと呆れるほど広く、向こう岸が全く見えない。
 ただそれは湖の上にうっすらと霧がかかっている所為もあるのだろう。
 王都に面しているのと同じ湖である。
 実は王宮からも望むことが出来たそれ、ともすれば海のようにすら見える湖は、しかし流石に海水ではなく、確か真水だったはずだ。
 この近辺の者全てが飲み水としている元でもあった。
 海ではないのだけれど、風があるからなのだろう、水際はちゃぽちゃぽと微かに波打ち、ぽちゃんと時折魚の跳ねる音がする。
 遠く鳥が渡っていくのだが、まさか向こう岸まで飛び続けるのか、それとも霧でよ見えないけれど、どこかに島があるのかもしれない。

「うわぁ……」

 目の前に広がる圧倒的なまでの水の青に知らず小さく感嘆の声を漏らしながら、

(そういえばこの湖のこともよくは知らない。今度司祭様たちに教えてもらおう)

 そんな風、自らで勉強の追加を考える。
 周辺の地理的なものは、まだ詳しく教わっていなかった。
 多分島だとかもあるはずだし、ここに生息する鳥だとか魚だとかのことについても知っておきたい。
 それはただの好奇心だったけれど、知っておいていいことだろうとは思う。
 なにせこの湖はマチェアデュレこの国の中で一番大きなものなのだから。
 とは言えもちろん他国にはもっと大きな湖もあるにはあるのだけれど。
 実はサフィルの育ったリリフェステの首都もまた、大きな湖を望む場所にあった。
 それはこの湖よりも巨大で、しかし、同じように見えない対岸は他国である。
 反してこの湖は全てマチェアデュレ国内にあった。むしろそれを囲むように国があると言ってもいい。

(リシェ様に聞いてみようかな)

 司祭たちからは学ぶとして、リシェに、リリフェステの首都も湖の近くにあるのだとか、そういう話をしてみるのもいいかもしれない。
 そんな風、サフィルは結局リシェのことを考える。
 それはやはりまったく無意識のことだった。
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