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37・見知らぬ青年

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 初めサフィルは青年に全く気がついてはいなかった。
 と、言うよりは挨拶をしに来た者の中に青年はおらず、会場内の招待客全てを把握しているはずもない。それでなくとも知らない人間しかいないのだ。
 だから本当に驚いたのだ。
 なにせ、いきなり。

「僕はこんな婚姻認めない!」

 そんな、この催し全てを否定するような言葉がはっきりと聞こえてきたのだから。
 サフィルは、本当に突然、耳に入ってきた言葉に、いったい誰が誰に向けて言っているのかもわからずきょとんとした。
 ここはサフィルとリシェの婚姻に伴う夜会である。
 だから聞こえてきた婚姻と言う言葉が気に止まったのだ。
 だけど、まさかそれが自分に向けてかけられた言葉だなんて思わなかった。
 しかし、わけがわからないサフィルに反して、隣にいるリシェの体が、とたん強張り、気配が尖ったのがわかった。

「リシェ様?」

 不思議に思って傍らを振り仰ぐと、ほんの一瞬前まで、自分に向けられていたリシェの意識が、今は全く違う方へと向けられていることに気付く。
 そのままリシェの視線を追っていった。
 そこにいたのは、おそらくは平民、少なくともそれに近しい魔力しか有していないのだろう、黒に近い茶髪に、暗褐色の瞳をした青年だった。
 小柄だ。
 多分、サフィルより背が低い。
 だが、幼いというわけではないので、成人はしているのだろう、きっと成人したばかりのサフィルより年上だと思われる年頃の青年。
 体つきも華奢で、武力というものに一切秀でていなさそうな、庇護欲をそそるだとか、かわいいだとかいう印象を抱きやすい容姿をしているように見えた。
 魔力が少ないのだろうことも相俟って、サフィルの目には本当にすぐにも儚くなってしまうのでは、とまで思える。
 しかし、その青年がいったい何なのか。何故リシェが彼に意識を向けているのかがわからない。
 そこでようやくサフィルは、まさか先程の発言はこの青年がもたらしたものなのだろうかと言うことに思い至った。
 婚姻を認めない、などと叫んだ、平民だと思われる青年。
 まさかサフィルとリシェの婚姻のことを指している?
 思い至ったところで全く理解できない。わけがわからなかった。
 どう見ても平民だと思われる彼に、この国の聖王であるリシェと、一応血筋的には他国の王族となっているサフィルの婚姻に物申すような立場があるとは思えない。
 何故、あのような発言に至ったのか。
 そこまで考えが及んだ時にようやく、首を傾げるばかりのサフィルの傍らで、

「セーミュ……」

 小さく、おそらくは青年の名前なのだろう言葉をリシェが呟くのが耳に届いた。
 まさか知り合いだったのか。
 途端、サフィルはぎょっとしてリシェを改めて振り仰いだ。
 リシェの意識はいまだ、青年に向けられたままだった。
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