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9・二人だけの夕食
しおりを挟むそんなサフィルのある意味では悲壮な覚悟とは裏腹に、リシェとの夕食は静かに、ある意味では穏やかに進んでいった。
緊張しているのはサフィルばかりで、向かい側の席に座るリシェは非常に機嫌が良さそうだ。
何がそんなにもこの人の機嫌をよくしているのだろうか。
サフィルから話しかけることも出来ず、むしろなんと話しかけていいかもわからず、自然、会話はなかった。
そうして食事も中盤に差し掛かった頃だった。
「サフィル。口に合わないとかあるか?」
突然、リシェに訊ねられて驚く。
「え?」
一瞬、何のことを言われているのかわからず、戸惑うサフィルにリシェは不思議そうに首を傾げた。
「食事。別にマチェデュル教は食材に制限があるとかではないし、俺なんかは普通に美味いと思うんだが……」
「え、あ、ああ、えぇと……そうです、ね……僕も美味しいと思います」
改めて手元に視線を落とす。
そこにあったのは白身魚のムニエルで、特に変わったものではなかった。
絶賛するというほどでもなくとも、味も普通に美味しいと思う。
食べ慣れた味とするには、普段食べているものと少々味付けは違うような気がしたが、かと言って取り立てて違和感を覚えるほどのものでもない。
サフィルはそう言ったことに関しては何も意識しておらず、訊ねられるとも思っておらず、つい、驚いて手を止めてしまっていた。
サフィルの返事にリシェが非常に嬉しそうに笑う。
「そうか。良かった! 食べ物は大事だからなぁ。好みにあわないものをこれからずっととかになると辛かっただろうし、そうじゃないんなら安心だな」
その屈託のない様子に、サフィルはなんだか拍子抜けしてしまった。
小さく頷き返す。
「そう……です、ね。ご飯が美味しいのは、いいことだと思います」
「そうだな! ああ、そうだ、サフィルは何が好きなんだ? 俺はやっぱり肉料理が一番好きなんだが……」
おそらくはただの思い付きなのだろう、話を続けられ、サフィルは少しだけ考えながら答えていった。
「なん……でしょう? 魚のパイ包みとか、好きですね。パイなら、果物を包んだものとかも好きです」
「! そうか! じゃあ、今度出してもらおうな!」
太陽のように笑うリシェは、おそらくサフィルに興味を持って、また、親しくなろうとしているのだろうとそう感じた。
そんなリシェの気持ちはなんだかくすぐったく。全く悪い気持ちもしなくて。
この後の閨を考えてどうしても少しばかり暗い気持ちになっていたサフィルは、だけど今夜は少し前向きな気持ちで向き合えそうだと思いながら、そのまま。和やかと言っていい雰囲気で食事を続けたのだった。
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