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13・呼び名

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 どれだけ決意を固めていても、いざ陛下を目の間にすれば、そんな何もかも全てが吹き飛んだ。
 そう、一筋縄でいかない理由は陛下にばかりあるのではない。私自身にもあったのだ。
 だってかっこいい。
 陛下の姿をこの目にすると、どうしてもぽーっと見惚れてしまう。

「ああ、フィア、よく来たね。会いたかった……!」

 快く執務室に迎え入れてくれた陛下は、離れていたのはたった数時間だというのに、まるで長く会えていなかったかのような歓迎っぷりで、私に蕩けそうな笑みを向けてくれた。
 かっこいい。ああ、本当にかっこいい。
 こんなにかっこいい人が自分の婚約者だなんて。

「陛下……度々お邪魔をしてしまって申し訳ございません。ですがそろそろ、休憩のお時間かと思った物ですから……」

 ようやくいつも通りにそれだけを口に乗せる。赤らんだ頬は隠せず、きっと陛下の目にもはっきりと映っているだろうと思うけれど、これもまた、いつものことだから大丈夫だとは思う。
 私はいつも、陛下を目にするとこうして顔を火照らせて、まともに陛下を見れもしないのである。

「フィア……! なんてかわいいんだ!」

 陛下は喜色を隠しもしない声でそう告げると、席を立ち、駆け寄ってきて、瞬く間に私をぎゅっと抱きしめた。

「ぁっ……陛下……」

 温かく逞しい腕に捕らわれる。
 なんて情熱的なのだろう。
 私への想いが、こんな仕草だけでもこれでもかと伝わってくる。
 心臓がばくばくと高鳴って、恥ずかしくてたまらなかった。
 同時に嬉しくて。
 浅ましい私は、もっと、なんて求めてしまう。

「陛下……」
「フィア……何度も言っているだろう? ジェラと。名で呼んでくれ」

 甘く媚びるような私の呼びかけに、陛下はくすりと笑って、そんな風に窘めてくる。
 今まで何度も請われていることだった。だけどそんなこと、よほどでなければできた試しがなくて。

「そんな、陛下、」
「フィア」

 難しいと続けようとした言葉は、名前を呼ぶことで遮られた。
 陛下の声はあくまで甘く、私を抱きしめる腕は温かく。なのに容赦のない強引さが潜んでいて、私はドキドキして、胸の高鳴りを止められない。きっと今、私は真っ赤な情けない顔を晒していることだろう。
 それさえも陛下はかわいいと言うばかりなのだけれど。
 恥ずかしいものは恥ずかしいし、陛下を名前でなど呼べる気がしなかった。

「へい、かぁ……」

 情けなく声を震わせたら、陛下は溜め息を吐いて、

「仕方がないね。可愛いフィアに無理は強いられないもの。少しずつ慣れていこうね」

 宥めるように微笑み、今ばかりは許してくれたようだった。
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