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第2話・過去と今
2-09・名前
しおりを挟むまさかそんなことを言われるとは、全く思っていなかった為だった。
「えっ……どうして……」
ただの人間じゃない。
この猫又は、いったいどうして少女にそう言ったのか。
少女のいったいどこが、そう見えたのか。
信じられない。
そんな気持ちで猫又を見る少女の視線を受けて、猫又が器用に片眉を上げた。
やはりどこまでも、表情が幼くはない。
「どうして? そんなもの、見ればわかるではないか。妖力? ……とは少し違うか。だが、それに近しい力は持っておるようだの? 祖先か何かに陰陽師か何かがおるかえ?」
少女自身がそうだとは言わず、だけど、そういった家系か何かなのではないかと猫又が言う。
少女は気付けばごくりと一つ息を呑んでいた。
どうして。なぜ、わかったのだろうか。否、見ればわかる、そういったか。見ればわかるものなのか。
少女は猫又に、何をどう返せばいいのかわからなかった。
なんだか全てを見透かされているような気がして。
なるほど、幼い人間の女の子にしか見えないが、彼女は間違いなく猫又などと言う人外の存在だということなのだろう。
どこか、時折ヨウコから注がれるそれとも似通っているようにも感じられた。
それは言うならば畏怖である。
人ならざる脅威を前にした時の畏れ。
少女は元より始めから、まさか誤魔化すつもりなんて全くなかった。
「……そう……です、ね。確かに、私の祖先には、そういった職に就いていた方もいたとは聞いています」
とは言え今は、家族も皆、普通にただの人として過ごしているのだが。
何か特殊な職に就いている者など、親戚を見回しても一人として存在していないのだから。
昔、そう言ったことを生業にしていたものが祖先にいたと聞いたことがある程度で。
「ふむ。そうじゃな。その薄さでは何も出来まい。だが、他よりは流石に、我らに耐性がある。……ああ、罪滅ぼしか何かのつもりか。あの小童の歪み。それでもお主は気が付いておるのじゃろ?」
ちら、猫又の視線は、先程、玄夜が見ていた一冊を指していた。
気付いた少女がびくりと震える。
だけど、次にはふるり、首を横に振っていた。
罪滅ぼし、なんてそんな。
「そんなつもりは、ありません……」
少女には罪などない。
本当は義理だとか義務だとかだって、そんなものは全くなくて。ただ。
「恩がある、とは、聞かされている、ので……」
恩がある。
それは祖母から。
少女は、祖母によく似ていると言われていた。
それでもどうしても違うのに。
「ふむ? だからあの小童の話に合わせておる、と?」
そんな風に言われると、流石に少女は首を横に振ることができなかった。
「そう……です、ね……玄夜くんのこと……否定はしないようには、気を付けてます……」
エッちゃん。そう呼ばれても、違うなんてことは言わないし、心当たりのない話を振られたって曖昧に頷いている。
少女には本当は兄はいても弟なんていないのだ。
エッちゃんという呼ばれ方も、されたことがないだなんて言わないけれど、少なくとも少女の名前はエツコではない。
ただ、玄夜がそう勘違いをしていることを知っていて、否定していないことだけは確かだった。
なぜなら。
「だって、ヨウコさんが……話を合わせてやってって……」
少女に、初めにそうお願いしてきたのだから。
少女は、ただそれを叶えているだけなのである。
「ふぅん?」
意味ありげに少女を見上げてくる。
猫又が今、何を考えているのか、少女は全く理解できなかった。
ややあって猫又がくるりと踵を返す。
「そうか」
小さく呟き、肩を竦め、そのまま興味を失くしたとばかり、住居部へと戻っていく。
少女はまた見送ることになった。
それは、今度は小さな猫又の背中だった。
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