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序章 私に起こったこと
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昔、お母さまに教えてもらったことがある。定まった文様を描くことで、不思議な超自然現象を起こす。文様の形は門外不出らしく、王家に伝わる魔方陣を管理しているのは、第一王子の仕事だ。もちろん、私はさっきの魔方陣が何をするものかは理解できなかったけれど、それが魔方陣であることと、秘密とか危険とか言う以上は王家の門外不出のものなんだろうなってことは想像できた。でも、なぜそれが王宮の中にあるのかしら。
私が首を傾げていると、後ろから声をかけられた。
「リリィ様。こんなところで何をしているんですか?」
「あら、あなたは……」
「ルイス・カーレンリースです。お忘れですか? 以前、何度か王宮でお会いしていますよね」
「ああ、そういえば。でも、名前……伺っていなかったかも」
「それでは、この機会にお見知りおきを。私はリリィ様の味方ですから」
味方っていうかねえ……この男ときたら、私を口説いてきたのよね。王女だって知っていたくせに。しかも、あとから調べたら、いわゆる非モテ女子大好きらしく、男っ気がなさそうな女性ばかり口説いているらしい。失礼な話よね。ああ、今この人の相手するのは面倒だなあ。
──カランカラン。
鐘の音が鳴った。そうだっけ!
「ごめんなさい。家庭教師の先生が来るの。またどこかでお会いしましょう。ごきげんよう!」
私はその場から走り出した。嘘じゃない、嘘じゃない。本当に家庭教師の先生の時間だっけ。
後ろで、彼が何か叫んでいるけど聞こえないふりをして。
「まったく、ねじ曲がった下心って嫌だなあ」
私は急いで教室に向かった。
「リリィ様、どこに行ってらっしゃったんですか」
「ごめんなさい。ちょっと探検していただけ」
「またですか。あまりうろうろしていると、国王様に言いつけますよ。さあ、早く席について」
「はあい」
「はあい、ですって」
隣の席のアーティがクスクスと笑いながら言った。でたわね。この性格悪すぎ女。従姉妹のアーティは、何かというと私にいじわるをする。王位継承権が大きく差があるのを根に持っているのかもしれない、とすら思う。
でもまあ、それはいい。私も心の底では負けてはいられないもの。
「むーん。アーティは、もうちょっと言葉遣いを可愛くすると、もうちょっとモテると思うわ。ね?」
「はあ、どうして?」
「どうして? とかじゃなくて、なんでー?のほうが可愛いと思う」
「リリィ、あんたって、本当に計算高い女ね。婚約者に教えてやろうかしら」
「なんのことか、わかんなーいわー」
ケラケラ笑って、私は話を強制的に終わりにした。実はアーティに対しては、少しだけ本性出しているのかもしれない。
それより授業、授業。なんて思いつつも、気はそぞろ。さっきの魔方陣のことが頭から離れない。
「……こうだったわよねぇ」
ノートの上に模写をする。だいたい合ってるはず。だってほら、私の絵は正確無比なんだから。
「リリィ、ちょっとリリィ、……何よそれ?」
隣のアーティが小声でちょっかいを出してきた。なんなのこの人。
「なんでもないよー。ただの落書き」
「ちょっと見せないさいよ」
アーティが手を伸ばす。私は必死で隠そうとする。だって、もしかしたら門外不出の魔方陣かもしれないし。
私の指と、アーティの指が、魔方陣の上で触れた。
ひゅっ!
熱い!いや、冷たい!?
何の感覚?
指先で感じる感覚って何種類あるんだろう。分からないけれど、それの全部が一瞬火を吹いたような衝撃。
アーティも同じだったらしく、ふたりして指を引っ込めた。
顔を見合わせて、お互い下を向く。そのまま言葉を交わすこともなく、授業が終わり、アーティは自分の屋敷に帰っていった。
次の日。
いや、次の日は来なかった。少なくとも、私が私のままでは。
目が覚めるとそこは見たことがない部屋で。正確には、小さな頃は何度か遊びに来たことがある部屋で。
つまり、アーティの寝室だった。
「お目覚めですか?」
ベッドの隣で小さな女の子が言った。存在感の薄さ。人間離れした気配。この子、普通じゃない。
「あなたは?」
「ティンクル。召喚されました」
魔方陣。すぐに結びついた。あの魔方陣が、いいえ、あの魔方陣と、この子が揃って、何かをしたのね。
何かってのは……多分、私とアーティを入れ替えたってこと。
元の体よりずいぶんと伸びた手足を伸ばし、私は起き上がった。
何が起こったかは理解した。どうしたものかは、途方に暮れていた。
私が首を傾げていると、後ろから声をかけられた。
「リリィ様。こんなところで何をしているんですか?」
「あら、あなたは……」
「ルイス・カーレンリースです。お忘れですか? 以前、何度か王宮でお会いしていますよね」
「ああ、そういえば。でも、名前……伺っていなかったかも」
「それでは、この機会にお見知りおきを。私はリリィ様の味方ですから」
味方っていうかねえ……この男ときたら、私を口説いてきたのよね。王女だって知っていたくせに。しかも、あとから調べたら、いわゆる非モテ女子大好きらしく、男っ気がなさそうな女性ばかり口説いているらしい。失礼な話よね。ああ、今この人の相手するのは面倒だなあ。
──カランカラン。
鐘の音が鳴った。そうだっけ!
「ごめんなさい。家庭教師の先生が来るの。またどこかでお会いしましょう。ごきげんよう!」
私はその場から走り出した。嘘じゃない、嘘じゃない。本当に家庭教師の先生の時間だっけ。
後ろで、彼が何か叫んでいるけど聞こえないふりをして。
「まったく、ねじ曲がった下心って嫌だなあ」
私は急いで教室に向かった。
「リリィ様、どこに行ってらっしゃったんですか」
「ごめんなさい。ちょっと探検していただけ」
「またですか。あまりうろうろしていると、国王様に言いつけますよ。さあ、早く席について」
「はあい」
「はあい、ですって」
隣の席のアーティがクスクスと笑いながら言った。でたわね。この性格悪すぎ女。従姉妹のアーティは、何かというと私にいじわるをする。王位継承権が大きく差があるのを根に持っているのかもしれない、とすら思う。
でもまあ、それはいい。私も心の底では負けてはいられないもの。
「むーん。アーティは、もうちょっと言葉遣いを可愛くすると、もうちょっとモテると思うわ。ね?」
「はあ、どうして?」
「どうして? とかじゃなくて、なんでー?のほうが可愛いと思う」
「リリィ、あんたって、本当に計算高い女ね。婚約者に教えてやろうかしら」
「なんのことか、わかんなーいわー」
ケラケラ笑って、私は話を強制的に終わりにした。実はアーティに対しては、少しだけ本性出しているのかもしれない。
それより授業、授業。なんて思いつつも、気はそぞろ。さっきの魔方陣のことが頭から離れない。
「……こうだったわよねぇ」
ノートの上に模写をする。だいたい合ってるはず。だってほら、私の絵は正確無比なんだから。
「リリィ、ちょっとリリィ、……何よそれ?」
隣のアーティが小声でちょっかいを出してきた。なんなのこの人。
「なんでもないよー。ただの落書き」
「ちょっと見せないさいよ」
アーティが手を伸ばす。私は必死で隠そうとする。だって、もしかしたら門外不出の魔方陣かもしれないし。
私の指と、アーティの指が、魔方陣の上で触れた。
ひゅっ!
熱い!いや、冷たい!?
何の感覚?
指先で感じる感覚って何種類あるんだろう。分からないけれど、それの全部が一瞬火を吹いたような衝撃。
アーティも同じだったらしく、ふたりして指を引っ込めた。
顔を見合わせて、お互い下を向く。そのまま言葉を交わすこともなく、授業が終わり、アーティは自分の屋敷に帰っていった。
次の日。
いや、次の日は来なかった。少なくとも、私が私のままでは。
目が覚めるとそこは見たことがない部屋で。正確には、小さな頃は何度か遊びに来たことがある部屋で。
つまり、アーティの寝室だった。
「お目覚めですか?」
ベッドの隣で小さな女の子が言った。存在感の薄さ。人間離れした気配。この子、普通じゃない。
「あなたは?」
「ティンクル。召喚されました」
魔方陣。すぐに結びついた。あの魔方陣が、いいえ、あの魔方陣と、この子が揃って、何かをしたのね。
何かってのは……多分、私とアーティを入れ替えたってこと。
元の体よりずいぶんと伸びた手足を伸ばし、私は起き上がった。
何が起こったかは理解した。どうしたものかは、途方に暮れていた。
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