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第7話 戦う、珠美さん

第7話 その3

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 この戦いで、ショーン・チェックは左腕に大きな傷を負いました。戦場でできる範囲の治療を受けたものの、左腕は添え木をつけて肩から吊っています。

 アルルさんは、傷の数は多いものの軽傷ですみました。

 セレナさんは、負傷した兵の治癒処理に走り回っていました。

 珠美さんは無傷でした。あれだけの激しい戦闘を行い、あれだけの敵兵を殺しておきながら、自分自身はまったくダメージを負っていませんでした。

 彼女は勇者なのです。その戦闘能力は、実は普通の騎士よりも数段上なのです。

 黙って剣を磨く珠美さんのところには、誰も近づきませんでした。近づけないオーラを出していました。

 戦場での珠美さんの活躍は、みんなが知っています。それゆえに、改めて勇者の恐ろしさというのを知ったのかもしれません。

 感情を殺し、戦う機械のようになってしまった珠美さんには、誰も怖くて近づけないのかもしれません。

 でも、珠美さんは、ひとりで大丈夫なんでしょうか。



 一時停戦の協議会合は、戦場となった敵陣地に新たに張られたテントにて行われることになりました。テントとは言っても、要人用のものですから、大きく立派なものです。テントの入口には、ローレンシア皇国とゴンゴワナ帝国の国旗が掲げられました。

 実はあの戦闘の際、ゴンドワナには少数ながらも増援が到着していたのですが、これ以上の被害を出さないために停戦の申し入れをしたようなのです。

 増援部隊の中に、ビッグマウスさんがいました。珠美さんの様子が気になりましたが、彼女は無表情でした。

 長いテーブルの片方に帝国、もう片方に皇国が並びました。上席には交渉役の文官、ついで騎士団のリーダーであるショーンが座ります。その後を、騎士団が並びました。

 珠美さんは、ビッグマウスさんの正面に座りました。おそらく計算してのことでしょう。

 まず最初に、今回の戦闘での死者への黙祷が行われました。そして、双方ともに無駄に犠牲を出すことを望んでいないことを確認しあいました。

 帝国が切り出したのは、奇襲攻撃のことです。この世界の騎士同士の戦闘では、最初に名乗りをあげて宣戦します。その後に、隊列を組み、リーダー同士が剣を数度交えた後、一旦退き、団体戦(と書くとスポーツみたいですが)が始まります。それがルールです。

 奇襲はルール違反なのです。

 しかし皇国は名乗りをあげて宣戦したことを主張しました。奇襲のようになってしまったのは、霧があまりにも深かったためで、意図したものではないと説明しました。

 帝国は、霧が深い日を狙ったのではないかと指摘しました。

 皇国は、反論しました。

 この議論、長くなりそうです。



 さて、スライド。

 皇国の神様たちも、今回の件では色々と悩んでおりまして、会合にも熱が入ります。

「空照大神、我々は帝国の神と会談しなくてよいのかの?」

「彼の国の神は、聞く耳を持たない」

「聞く耳を持たない、とは?」

「私はすべてを愛します。すべては私を愛しなさい。みたいなことを言っていて、自分は受け入れられるのが当然だと思っているようだ」

「何様のつもりか」

「神様だろう」

「それを言ったら、我々だって神様だろう」

「彼らからしたら、我々神様は何様ではないのか」

「いや、彼の国では、神はひとりだからな」

「話にならんな」

「そうなのだ、話をしようにも、話にならないのだ」

 大変ですね。

 空照大神も無策ではなく、斥候をあちこちに飛ばし情報を集めてはいます。そしてゴンドワナ帝国の神について知れば知るほど、彼の国が唯一神の存在しか許さないことと、それゆえに強固であるということです。

「人間同士の話し合いはどこに落ち着くと思う」

「ゴンドワナ帝国は、強大な皇帝のもとで近代的かつ合理的な体制を作っている。対して皇国はのんびりとしたものだからな。騎士団の潜在能力は高いが、戦闘経験は圧倒的に少ない。戦いが長引けば、少しずつボロが出てくるだろう。ローレンシアとしては、早めに手打ちとしたいだろうな」

「逆に帝国は強気で来るかもしれないということだな。戦うなら戦おうということだ。血気盛んだな。子供のようだ」

「子供なら知略がないからまだ扱いやすかろう。帝国は、戦い慣れしている」

「経験値が物をいうということか」

「みんなが仲良く暮らせれば、我々神としても、それで満足なんだがな」

「同意だな」

 我々ローレンシアの神々は、基本的に人間には介入しないというモットーです。ですので、どうしても議論が他人事っぽくなってしまうのですが、一方で、人から望まれて存在できる神でもあるので、人間が平和に暮らすことをなによりも望んでいます。

 決して他人事ではありません。

「空照大神よ、たとえばだな、帝国の神が唯一神だから強いというのなら、我々が、こう、力を合わせて一体となれば、それに対抗できるくらいの力になるのではなかろうか」

「ほう?」

「ローレンシアの民は、みな家族のようなものだろう。神とて同じ。みな家族のようなものだと思えば、一心同体と考えることもできよう」

「家族か。おもしろいことをいう」

「だが、外してはいないはず」

「そうだな」

「死なばもろともと考えると悲観的だが、お互い助け合う共同体と考えれば、国民も神も一体となれるのではなかろうか」

「考えてみる価値はあるな。だが、どうやる?」

「我ら八百万の神は、あっちも神ならこっちも神で、あんたも神ならこちらも神だというくらいで、いわば何でもありの存在だ。違うか?」

「雑な括りだが、間違っていない。もとより、我ら八百万の神の存在なんて、雑な拠り所によるものだ」

「ならば、気の持ちようだ」

「気の持ちようか」

「左様。大神よ、あなたの気の持ちようでもあるし、我らすべての気の持ちようである。その気になれば、集合体が全体となり総体となり一体となることも、できるであろう」

「ふむ」

 空照大神は、その案について考え始めました。

 一体化ですか……。そんなにうまくいくのでしょうか。

 家族のように一体化してといった表現をされると、色々と考えてしまいます。以前珠美さんと家族になったらどうなるかを想像した時のようなことです。

 考えてみれば、珠美さんは今前線で戦っているわけで、彼女を助けることに躊躇はありません。彼女を助けるためならば——というのは、少なくとも僕の中では、行動する理由になりえます。

 しかし、国全体、神全体がひとつになるべきかと問われると、少し悩んでしまいます。もしかしたら、戦うことそのものを望んでいない人もいるかもしれませんし、もしかしたらゴンドワナ帝国に味方する人もいるかもしれません。

 神様だって、これだけの数がいたら、少しずつ考え方は違うと思うのです。

 そして、そんな風に考え方とか、存在する目的なんかが、少しずつ違う存在が八百万とか八億とかいて、それはそれでいいじゃないかってのが、この国なように思うのです。

 空照大神はなにやらぶつぶつと言いながら考え始めましたが、僕はこの意見には慎重になったほうがよいように思いました。

「ところで空照大神よ、よいか?」

「なんだ、爺神よ」

「爺は爺ゆえに分からぬのかもしれぬが、我々は八百万もおるのに、どうして帝国の神は唯一の存在なのだろうか」

「最初からそうだったのではなかろうか」

「最初から」

「帝国は、今でこそ広大な領土を持つが、もとをたどれば砂漠に近い、決して肥沃とは呼べない土地の民が、勢力をひろげていったものと理解している」

「そのはず」

「肥沃でない土地で生きていくためには、みんなでわいわいがやがやとやっている余裕なぞは、なかったのではあるまいか」

「だから最初から、唯一神なのか」

「分からぬ。できれば聞いてみたいものだがな」

「もう少し、その……わしらのような色々な神がおる世界に、寛容になってよいのではないかと思うのだが」

「まあな。爺神の言うことはもっともだ」

「そこを、なんというか、少し心変わりさせるようなことは、できんもんかのお」

「神のことであるからな。なかなかに、難しいだろうな」

「難しいかのお」

「おそらく」

 爺神様は、寂しげな表情をしました。

 これがちょっとした意地の張り合いみたいなことならまだ譲歩する余地もあるのでしょうが、双方ともに神様なものですから、そうそう簡単に方針転換みたいなことはできません。

 そんなことをしたら、神様を信じる人々が困ってしまいます。

 だからあちらの神様はあちらの国の中では唯一神であり続け、こちらの神々はふわりふわりとそこらにたゆたう神であり続けるのでしょう。

「悲しいことじゃのお」

 爺神様が言いました。



 さて、スライド。

 人間の会合の場に視点を戻しました。

 奇襲かどうかという論点はどうやら一旦保留になったようです。

 どういう流れか、少し考察してみましょう。

 ゴンドワナ帝国が抱えるのは騎士団ではありません。軍隊です。近代的で強力な、軍隊です。軍隊の目的は戦争であり、騎士団のルールというのはそれほど問題ではないのではないかと想像します。

 一方でローレンシア皇国が抱えるのは騎士団です。騎士団は騎士としての面目やルールを重んじます。形が大事ということですね。

 ですので、奇襲かどうかという論点は、帝国にとってはあまり重要でなく、そこを責めることで皇国側を煽るのは好ましくないと考えたのではないでしょうか?

 テーブルの向こう側には、ゴンドワナの調停官に続き、軍属の士官が並びます。そして、近衛兵団特殊小隊所属であるビッグマウスさんも。

 交渉ごとというのは、本当に難しいものですね。

 僕なんかは、少し離れたところから客観的に見ることができていますが、実際に会合の場にいる人々の神経は、相当消耗していることでしょう。

 ショーン・チェックの顔に汗がにじんでいるのが分かります。精神的なものだけでなく、腕の傷の痛み止めが切れてきているのかもしれません。

「両国の関係を密接にするような、前向きな会合としたいのです」

「異存はありません」

「将来的には、関税を撤廃して交易を盛んにし、軍備においてもおいても互いに協力関係を築くべきです。我々は隣国なのですから」

 そうきました。

 聞くところによると、帝国の定番の外交手法らしいです。

 対等な関係を築くと称して、互いの国に軍隊や騎士団を駐留させたりするのですが、なにせ絶対的な国力はゴンドワナ帝国のほうが強いので、経済も軍備もやがて帝国の勢力が内政にも干渉していき、最終的には併合するというやりかたです。

 だいたい、ローレンシアの隣国はもともとはゴンドワナ帝国ではなく、もっと小さくて平和的な国で、気がついたら帝国の勢力下に入っていたというのを、ローレンシアのひとびとはよく知っています。

「我々には唯一神がおります。神の名のもとに、正義を遂行するのが帝国のありかたです」

「貴国の唯一神については存じております。そして、我がローレンシア皇国にも神はいます。八百万の神です。すべてのものに神は宿る。そういう考え方です」

「神はひとつです」

「そうでしょう、そうでしょう。貴国にとっては、そうなのでしょう。もちろん、それで構いません。我々の国には無数の神がいます。貴国が貴国として違う神を讃えていたとしても、何の問題もありません」

「それは、我らが唯一神は、ローレンシア皇国からみると、その他大勢の一部ということでしょうか」

「そうは言っていません。神については、もうすこし寛容に考えて頂いたほうがよいですな。それよりも政治の話をしましょう」

「うむ」

 帝国の調整官が、書類を持ち上げ、トントンと整えました。

 その時、書類の中からはらりと一枚の神が落ちました。そこにはローレンシアの神々の像がいくつも書かれていました。いわば、ローレンシアの八百万の神のパンフレットのようなものです。

「ほう」

 ローレンシアの文官が言いました。

「勉強して頂けているようですな」

 しかし、帝国の士官の反応は異なっていました。

「調整官、異国の神の偶像を持ち歩くとは、いかがなことか」

「唯一神への信仰を忘れたのか!」

「不謹慎極まりない!」

 調整官はあわてて否定しましたた。

「バカなッ!  異国の偶像など、私が持つはずがない!  これは何かの間違いだ!  ……そ、そうだ、何かの間違いに違いない!  私は嵌められたのだ!  これはローレンシアの陰謀だ!」

「なんと!」

 名誉を重んじる騎士団が一斉に立ち上がりました。それに反応して、帝国の軍人も立ち上がりました。

「侮辱するか!」

「そちらこそ!」

 ショーンが剣を抜きました。

 帝国の軍人も剣を抜きます。彼らの動きより早く、ビッグマウスさんが短刀を投擲。ローレンシアの文官の狙います。

 ショーンがとっさに剣を構え、文官をかばいました。ビッグマウスさんの短刀は、ショーンの負傷した腕に突き刺さりました。ショーンが膝をつきそうになりますが、なんとか耐えます。

 ビッグマウスさんが二投目の動きに入る直前で、テーブルを飛び越えて俊足で接近した珠美さんが、ビッグマウスさんと剣を交えました。

 ビッグマウスさんが、にやりと笑いました。珠美さんは、無表情を貫きました。

「物別れだ!」

 ゴンドワナ帝国の調整官が叫びました。

「撤退する!」

 ローレンシア皇国の文官が叫びました。

 珠美さんは、すばやい動きで間合いをとり、すでに撤収準備に入っていた仲間の騎士団に合流しました。

 こうして、和平に向けての会合は、最悪の形で終わりました。

 何もよいところがありませんでした。



 ——スライド。

「空照大神。まずいことになりました」

「把握している。爺神の仕業だ」

「仕業とは?」

「ほれ、敵国の人間にも、わしらのことを少しは分かってもらおうと思ってな。チラシを紛れ込ませておいたんじゃ」

 爺神様が言いました。

 それはまずい。一神教のひとたちに、異教の偶像を持たせるなんて、最悪の手です。

「まずかったかのお」

「まずいですよ、爺神様。これは本当にまずいです」

「そうかのお。よかれと思ってのことなんじゃがのお」

 空照大神は思案を続けています。この先どうなるのか、誰にも分かりません。

 帝国の交渉条件をまともに聞き入れていたら、ローレンシアに勝ち目はないので、時間稼ぎができたとは言えなくもないですが、再び戦闘状態に逆戻りでしょうから、新たな犠牲が出るのは避けられないでしょう。

 この先に良い結果が待っているとは、到底思えません。

 空照大神が口を開きました。

「腹を決めねばならぬのかもしれん」

 それは重いひとことでした。





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