13 / 34
第4話 珠美さん、勇者になる
第4話 その1
しおりを挟むまた少しだけ、昔の話をしましょう。
手順とか段取りとか手続きとか順番というのもは、往々にして存在するものでして、たとえば三回目のデートで正式にお付き合いしましょうということになり、じゃあ次は家に遊びに来ませんか狭いアパートなんですけどね「じゃあお菓子持っていくわ」「どうぞ、いらっしゃい」「ああなんか、くつろげるわー。私実家だから」「実家はくつろげませんか」「そんなことないけれどねー。なんか新鮮」「ゆっくりくつろいでもらっていいですよ」「本当? じゃあ、ちょっと横にならせてもらっていい?」「いいですよ」「おやすみー」マジかーッ!
寝ちゃいましたよ、この人。
僕は良識ある人間もとい神様なので、目の前で微妙な距離感の彼女が寝ていたからといって、距離感を強引に縮めるような真似はしませんが、無防備すぎませんかね。
しばらく寝こけていた後、ぬーっと起き上がり、
「帰るわ」
「駅まで送りますよ」
「うん、ありがとう」
それ以来、珠美さんは度々僕のアパートを訪れては、お茶を飲んだり昼寝をしたり漫画を読んだりしはじめ、しまいには夕食も食べていくようになりました。もっとも、お惣菜屋さんのお弁当だったり、ご飯だけ家で炊いておかずを買ってきたりというもので、手作りクッキングを振る舞っちゃうぞ的なものではなかったのですが、これはこれでこじんまりとしていて僕には楽しいものでした。
「私ね」
珠美さんが言いました。
「両親を早くに亡くしているのね」
「ほう」
「それで、弟とふたりで祖父母に育てられたの」
「それは大変でしたね」
「大変ってことはなかったのよね。実の祖父母で優しくしてくれたし、父の妹も一緒に暮らしていてにぎやかだったし、父の弟はあんまり家に寄り付かなかったけど。でもやっぱり、家とか家庭っていうものの考え方が、他の人とは違うみたいなのよね。人が作った家ってのが、なんか安心する」
「でも、おじいさんたちの家は、珠美さんの家でもあったのでしょう?」
「そうなんだけどね。何かしらね。弟はそんなことないみたいだから、私だけの問題かもしれない。だから、この部屋にくると『ああ、人の家』って感じで安心するわ」
「アパートの部屋ですよ。家ってほどじゃないです」
「でも、ここであなたはあなたなりの家庭を作っているでしょう?」
「家庭なんですかね。一人暮らしですが」
「一人暮らしでも、立派な家庭よぉ。ああ、落ち着くわ。……変?」
「いえ、別に。そうですか、家ですか、家庭ですか」
そういうものを、あなたは欲しているのですか。
「珠美さん自身は、家庭を作りたいのですか?」
「私? ……どうかなあ。家庭って、私でも作れるのかなって思うときはあるわね。家庭を作るって、なんか勇者の仕事って感じがしない? 肝っ玉母さんって、映画に出てくるヒーローみたいに、なんでも解決するパワーを持っていないといけなさそう」
「そうなんですかね」
「本当は分からないんだけどね。私のお母さんは、やさしかったなあって記憶の断片しかないから、肝っ玉母さんとはずいぶんイメージ違うし。私が肝っ玉母さんになれるかっていうと、そういうキャラでもないし」
「みんながみんな肝っ玉母さんでもないでしょう。でも、広い意味での大黒柱という意味で、勇者みたいなひとが家庭を支えるというのは分かります」
「そうねえ。そういう意味では、家庭を作りたいっていう気持ちはあるかしらね」
家族とか家庭について、珠美さんと話すことは、この後も何度もありましたが、最初は彼女の身の上話がきっかけで、その時の会話で僕の心は決まりました。
彼女を勇者にしよう、と。国家という巨大な家庭を導く、勇者になってもらおう、と。
しかしそうなると、どうやって異世界の国家、すなわち僕がやってきたローレンシア皇国に送り込むかという問題が生じます。どこかにドアのようなものを作ればいいのでしょうが、僕のアパートの部屋はそれほど大きくありません。壁にドアのポスターを貼って、さあこの先にどうぞなんてのは怪しすぎます。作れないことはないですが。神様なので。
「ちょっと、トイレ借りるね」
「どうぞ」
女性を部屋に招く時には、トイレを綺麗にしておくとよいというのは、誰のアドバイスでしたかね。実際僕も頑張って掃除していて、そのせいかトイレについて珠美さんから厳しいツッコミが入ったことはないですね、いまのところ。
ぴかり。
おや? 気のせいでしょうか、トイレのほうが明るくなっている気がします。
僕は立ち上がり、トイレのドアの前に移動しました。確かにトイレの中が明るいです。照明とは明かに違う光が、明滅しています。
そうか、そういうことか。
僕が心を決め、ここに扉が開いたということなのです。
僕の役目は、勇者の召喚なのですから。
トイレの光が消え、普通の照明に戻り、人の気配が消えました。
珠美さんは異世界パンゲアに旅立ったのです。
もしかすると——。
家の中でどこか他人との距離感を感じていた彼女が、本当に自分の居場所だと思えたのは、トイレだけだったのかもしれません。
こんなこと、彼女に直接聞くことはできませんが。
僕は……間違ったことをしていないですよね、多分。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
王太子さま、側室さまがご懐妊です
家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。
愛する彼女を妃としたい王太子。
本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。
そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。
あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる