上 下
11 / 34
第3話 あの時の、珠美さん

第3話 その3

しおりを挟む
 あっちの僕と、こっちの僕。

 あっちとは異世界パンゲアの大国、ローレンシア皇国。こっちとは、こっちです。

 正確には、僕はあっちの世界で実体化したことがありません。何故なら、こっちの世界の吉祥寺に具現化したからです。突如と言っても、ローレンシア皇国の人々が勇者を使わす神様の出現を望んだからという理由はあり、それがあっちの世界である以上、僕はあっちに出自を持つ存在と言えるでしょう。

 実は時々考えます。

 あっちの存在である僕があっちに存在していないはずはないので、こっちの僕はあっちの僕の写像でしかなく、あっちにはあっちの僕がいるのではないかと。

 つまり僕はあっちとこっちの両方に同時に存在しているのではないかと。

 だとしたら、どちらが主でどちらが従なのかと。

 考えても無意味とは思うんですけどね。

「珠美さんは、あなたは影の存在なのですって突然言われたら、どうしますか?」

「私? 私なら、影の内閣シャドウ・キャビネットを作るわね。そしていつの日にか表の存在が傾いた時にはとってかわるの。……表って何?」

「いや、知りませんけど。多分内閣じゃないです」

「内閣じゃないんだ……。でも、備えは大事よね」

「そうですね」

「影の存在には影なりに、頑張るべきポイントがあると思うの」

「うーん、そうですか。珠美さんはポジティブですね」

 それからしばらく、珠美さんは黙り込みました。何かを考えているようでして、すっと顔を上げると言いました。

「シンちゃん、もしかして、遠回しに浮気しているって言ってる?」

「ええっ! なんでそうなるんですか! 浮気なんかしていませんよ」

「本当?」

「ううううう浮気なんかかかししししていまいませんせんせんって」

「どもるのが怪しいわね」

「いや、本当にしてないですよ。どうして、そんなことを考えたんですか?」

「だって、私が影の存在って、他に女性の影を匂わせているわよね」

「いませんよ」

「むしろ、私が日陰者の女?」

「珠美さんはネガティブですね。——それにしても、二号さんとか日陰者の女とか、ああいう表現って問題にならないんですかね」

「嫌よね。だいたい、複数の女の人と付き合っておいて、それに一号とか二号とか順番をつけるのが嫌だわ」

「みんな仲良くとはいかないでしょうからね」

「そうかなあ。私、もしシンちゃんが浮気しても、その浮気相手と友達になれる自信あるわ」

 僕は飲んでいたコーヒーを、こたつの上に吹き出しそうになりました。

「無理でしょう。いくらなんでも、無理でしょう」

「うーん、でもね。シンちゃんが好きになるんだから、私と同じようなタイプの人だと思うの。でもって、私、自分のこと大好きだから」

「すごいですね」

「そうかしら」

「そうですよ」

 僕だったら自分と同じような人間……いや神様が他にいたら、どうするでしょうね。好きにはなれないと思います。こんな面倒くさい神様は、ごめん被ります。



 こたつテーブルを挟んで、僕と珠美さんが座っています。コーヒーがそろそろ冷めて来ました。

「神様ってね?」

「はい?」

 ドキリとしました。珠美さんは何を言い出すのでしょう。

「最後の審判とか言うじゃない?」

「そういう宗教もあるみたいですね」

「神様が人を裁くってのと、人間が人間を裁判をするってのは、矛盾しないのかしらね」

「何に則って裁くかによるんじゃないですかね。宗教裁判ってのもあったみたいですし」

「そうなのよ! 誰かがバサッと裁いて、それが神様なら、みんな納得すると思うのよね」

「いやいや」

 それはないですって。宗教裁判に平和なイメージがあるとは、僕には思えないです。それに、僕が神様にバサッとやられたら、やっぱりムッとしますね。自分だって神様だということを差し引いても。

「シンちゃん、たとえばね、誰かが悪いことをしたとするの。でもそれは、悪人をやっつけるとか、なのよ」

「正義の味方は殺人罪に問われるか、という問答ですか」

「そう! それ! どう思う?」

「正義のためなら、殺人を犯してもいいのかってことですよね。……そもそも、正義というもの自体が、相対的ですよね。たとえば僕の正義と珠美さんの正義は、違うわけですよ」

「え! 違うの?」

「いやいや、概ね同じだとは思うんですけど。価値観とか似ていると思うし」

「そうよね」

「でも細かいところでは違うと思うんですよ。たとえば、僕は宝くじが好きですけれど、珠美さんは宝くじも含めてギャブルなんて嫌いでしょ?」

「そうねえ。だって、当たらないじゃない」

「実益の部分はともかく、ギャンブル嫌いですよね。でもどちらが正しいかなんて、分からないでしょう。国や文化が違えば法律も違いますし、正義も違います。一応自然法って考え方はありますが、それだって宇宙人には通じないかもしれません」

「それでシンちゃんは、正義の味方が人殺しをすることについては、どう思うの?」

「正義の名のもとに行う殺人は、戦争と同じですよ」

「うーん」

 ビッグマウスさんの裁判のことを言っているのだろうとは、想像できます。あの場所に立ち会っていた珠美さんとしては、彼に同情する気持ちもあるのでしょう。でもだからこそ、公正な場である裁判に持ち込んだのではないでしょうか。

 その裁きは、法のもとにおいて、公正です。

 法が正しいという前提ですけれどね。

 ただひとつだけ、宣言しておくと、神様である僕は、人間が作った法律なんか、知ったことではありません。

 ですけどね。珠美さんたちは、法のもとに生きているべきなんです。それが自分の身を守ることにもなるんだから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

処理中です...