上 下
29 / 37
第一章 王国動乱篇

第二十一話 格差②

しおりを挟む

「覚悟は良いか、獣」

「Gruu……」


 視線を交わす二体。

 直後、ヴェルフェールの姿が消えた。

 いや、消えたと思う程の速度で突進し、バジリスクの腕を食い千切った。
 頑強だと思われた鱗など意にも介せず、一噛み。

 いとも容易く巨大な部位を千切り取ったのだ。


「この程度、我が出るまでもなかったのではないか? これに苦戦するとは、やはり衰えたな、ノア」 

「本調子ではないだけさ」

「U…………Gruaaaaaaaaaaa!!」


 軽口を吐く余裕がある。そこまで力の差は歴然であり、私も勝利を確信している。

 醜い断面から血を撒き散らし、怒りに震えるバジリスクは恐怖など忘れヴェルフェールに突っ込む。
 一歩一歩が大きく、ぐんぐんと距離を詰めている。中々の速さだ。

 しかし。


「――――『速さ』、とはこういうことだ」


 ヴェルフェールの前足が僅かにブレる。見間違いと感じる程に、一瞬だけ。

 次の瞬間には、バジリスクは地に伏せていた。
 巨体の影響で地面が揺れる。

 私の身体の数倍以上はある太さの二本足は、滑らかな断面で綺麗に切断されていた。
 私の眼が辛うじて捉えたのは、宙を滑る斬撃が二つ、放たれていたところだけだ。

 動けなくなったバジリスクは、身体を震わせ、動くことが出来ない。
 怒りに身を任せたところで、命はないと理解したらしい。

 一度魔眼を光らせるも、当然ヴェルフェールには効くことはない。


しまいだ」


 倒れ伏すバジリスクに向かって、ヴェルフェールは大きく口を開ける。

 目に見えてわかる、極度に濃縮された魔力。
 それが口内に集中する。

 間違いない、こいつはブレスを放つつもりだ。

 ライラへと伝え、急いで障壁を展開する。余波だけでダメージを負いかねない、恐ろしく濃密な魔力。


 ちらり、ヴェルフェールと視線が交わる。
 抜け目のない奴だ、しっかり障壁の展開を確認していた。口ではああだが、考慮してくれているらしい。


 ブレスが放たれる。避ける術の無いバジリスクの身体は、純白のブレスに飲み込まれた。

 そのまま勢いは止まらず、迷宮の壁へとぶつかり耳をつんざく爆発音を響かせた。


 凄まじい衝撃、その威力を物語る様に障壁には罅が入っていた。

 呆れたものだ、以前より威力が上がっている。三千年もあれば成長もするか。


 ブレスが霧散した後には、何も残っていなかった。バジリスクの身体も、腕も、血の痕跡さえも。
 やりすぎだ、とは思わなくもないがストレス発散でもしたかったのかもしれない。

 
「及第点、というところか」

「今ならその首、噛み千切ってやれるが?」

「身体まで分けられてしまったら堪ったものではない」

「ふえー、まおーさまとこんな風に話しているって、なんか不思議な感じですねー」


 悠々とこちらへ歩いてくるヴェルフェールに向かって、ライラが話しかける。
 すると、小さく上瞼を開き、意外そうに私を見つめるヴェルフェール。


「まおーさま、か。まだその名で呼ばれているのか?」

「世界中に広まっている、もうどうしようもないのだろうな」

「恨むならあいつを恨め」

「もちろん、三千年は恨んでいる」

「随分と念入りなことだ」


 ヴェルフェールは正真正銘、三千年前から私と共に過ごしてきた存在だ。
 何をしていたかも、何をしようとしていたかも、その想いも。全て知っている。

 七欲の彼らが私を慕う者であれば、ヴェルフェールを筆頭とする幻獣達は、私の隣で笑いあう友人だ。どちらが良いだとか、上だとかはない。どちらも、確かに頼りになる者達だ。

 ヴェルフェールは、その巨体から通路などの狭い場所での戦闘には向かない。そのため、今回はそのまま休んでもらう。
 最も、休むほど疲れてはいないと思うが。


「姿はみっともないが、元気なようで何よりだ」

「次はもっとマトモな状況で呼び出してやろう」

「はは、期待している。他の者にも顔を見せてやるといい」

「覚えておく」


 なんだかんだ言って、会うのは約三千年ぶりだ。旧友との再会、というべきか。
 ライラも最初以降、空気を読んで口を挟んだりはしてこなかった。

 挨拶も終え、ヴェルフェールを退去させようと、額に手を翳したその時。



 背中に気持ちの悪い、異質な雰囲気・・・・・・が突き刺さる。

 何か能力を使ったのか、それとも転移魔法陣で階層をまたいだ影響か。ついさっきまで微々たるものであった感覚が、冴えわたる様に。


 この雰囲気は、確か――――――――――――。



「勇者参上! 大丈夫か、そこのお嬢ちゃん達!」



 光の中から現れたのは、訓練場で見た、あの異質な男だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

妹に出ていけと言われたので守護霊を全員引き連れて出ていきます

兎屋亀吉
恋愛
ヨナーク伯爵家の令嬢アリシアは幼い頃に顔に大怪我を負ってから、霊を視認し使役する能力を身に着けていた。顔の傷によって政略結婚の駒としては使えなくなってしまったアリシアは当然のように冷遇されたが、アリシアを守る守護霊の力によって生活はどんどん豊かになっていった。しかしそんなある日、アリシアの父アビゲイルが亡くなる。次に伯爵家当主となったのはアリシアの妹ミーシャのところに婿入りしていたケインという男。ミーシャとケインはアリシアのことを邪魔に思っており、アリシアは着の身着のままの状態で伯爵家から放り出されてしまう。そこからヨナーク伯爵家の没落が始まった。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...