贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十七話 愛国者

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「・・・・・・」

 リックの問いを受けて、彼の目の前にいる彼女は、口を閉ざしたままであった。
 昨日のディートリヒとの会話から、目の前の少女に意識を戻したリックは、彼女を見つめ続けていた。彼の意識と視線は、彼女から決して外れない。

「どうした?お前はこの国の何を愛して、愛国心を謳う」

 やはり彼女は、口を閉ざしたままだった。リックは彼女が、この問いに答えられない事を、初めからわかっていた。彼の目の前にいる少女、ヴィヴィアンヌ・アイゼンリーゼには、国を愛する理由がない。
 
「お前は、この国を憎んでいるんじゃないのか?」
「!!」
「だってお前、国を愛してるって言うわりに、全然好きそうな顔してないし」
「貴様っ!私の愛国心を疑うのか!?」
「うん」

 瞬間、彼女の拳がリックを殴り飛ばす。椅子から離れ、床に倒れたリックに近付いたヴィヴィアンヌは、彼の襟首を左手で掴み上げ、恐ろしい剣幕で彼を睨む。
 
「っ・・・・・。殴るの禁止されてたんじゃないのか・・・・・・?」
「黙れ・・・・・」
「図星突かれて殴ってる時点で、自分に嘘吐いてる証明だろ。正直どうなんだ?この国嫌いなんだろ?」
「ふざけるなっ!!」

 右の拳を構え、もう一度リックを殴ろうとしたヴィヴィアンヌだったが、彼女は自分の衝動を抑え、どうにか殴るのを堪えた。
 自分が異常なまでに感情的になっている事に気付き、少し冷静さを取り戻すヴィヴィアンヌ。リックの襟首から手を放し、尋問官の席へと戻った彼女の呼吸は荒く、まだ怒りに震えていた。

「・・・・・貴様といると、非常に腹が立つ」
「そうか?俺は恐いけど楽しいぞ、お前といるの」

 床から立ち上がり、自らの席に戻ったリックは、殴られた頬を手で擦りながら、嬉しそうに微笑んで見せた。そんな彼の表情を見て、彼女は驚いて目を見張る。

「理解できない・・・・・。貴様のその余裕も、その笑みも、・・・・・・どういうつもりだ」
「どうって・・・・・。俺は普段通りにしてるだけだけど」
「・・・・・・何が普段通りだ、駄犬が」
「へえ~、お前陰で俺の事をそう呼んでるのか。また一つ、ヴィヴィアンヌの事を知れたな」

 そう言って、またも微笑んだ彼の顔から逃げるように、彼女は視線を逸らした。この時彼女は、初めてリックから逃げたのである。
 
「じゃあ次は、好きな食べ物とか嫌いな食べ物とか教えて欲しいかな。後は趣味とか、休日の過ごし方とか」
「私に休日など不要だ。休日の過ごし方などあるわけが・・・・・・」

 リックの問いに答えていた彼女は、言葉の途中で口を噤む。その反応に悪戯心が湧いたリックは、笑みを浮かべて口を開く。

「そっか、年中無休で働いてるんだな。じゃあ趣味の時間も作れないか」
「私に趣味などない。私には任務さえあれば・・・・・・」
「あれ?また言いかけてやめるのかよ。それなら次は好き嫌いとか知りたいな~」
「・・・・・・」

 リックの言葉に答えまいと、彼女は完全に口を閉ざしてしまう。
 彼女は気が付いたのである。ふざけている様にしか見えない彼が、言葉巧みに彼女から情報を引き出している事に・・・・・。
 内容は大した事ないが、それでも彼女にとっては、敵に情報を奪取された事実は変わらない。これ以上彼の好きにさせまいと、彼女は口を噤んだのである。

(まるで口説いてるみたいだ・・・・。女の子の口説き方、クリスとかにでも教えて貰えばよかったかも)
 
 本当に口説き落とそうとしているわけではない。ただ、彼女の事が知りたいだけなのだ。
 初めて彼女が目の前に現れた時感じた、圧倒的な存在感と、胸を貫くような殺気。漆黒に染まる死神のような彼女は、瞬く間に自分の両腕達を圧倒した。そして今、自分は今までにない危機的状況に立たされている。全ては、彼女が現れた結果だった。
 彼女に拉致されたあの日、リックはこう思った。「勝てない・・・・・」と。
 今まで様々な絶望的状況に立たされても、勝利を目指して戦い続けた彼が、実戦の中で、決して勝てないと感じた存在と出会ったのである。彼女の力を目の当たりにしたあの日、リックはこの世界で初めて、揺るがぬ敗北というものを感じたのだ。
 だからこそ彼女を知りたくなる。自分が決して勝てないと思った、目の前の圧倒的な存在が、どんな生き方をしている人間なのか、興味が湧いたのだ。
 リックが彼女にこうした態度を取るのは、それが理由だった。調子に乗り過ぎて、殴られもすれば蹴られもしているが、彼女の事が少しでも知れて満足している。

「尋問の時間はまだ始まったばかりだ。もっと色々話そうぜ、ヴィヴィアンヌ」
「・・・・・・」

 この後、尋問終了の時間いっぱいまで、リックは彼女に質問し続けたが、彼女は一切口を開く事がなかった。そしてやはり、彼女が終始不機嫌極まりない表情であったのは、言うまでもない。
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