贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十五話 勝利の裏に潜む影

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「気を取り直していくで!六番手のミュラっちは戦意喪失状態やから、しゃあないで次に進むで!!」

 一発芸大会開始から、混沌を極めていくこの会場。混沌が混沌を呼び続けているのだが、それでも一発芸は進行していく。
 いい加減まともな出し物はないのかと、観客の多くは共通の思いであったが、それは無理な話である。そもそも、一発芸の参加者の多くは酒を飲んで酔っており、まともな状態ではないのだ。レイナが壊れ、シャランドラとイヴがふざけ過ぎ、単なる一発芸大会を混沌とさせていくのも無理はない。
 そこでシャランドラは、ここでクリスとエミリオのようなまともな出し物を見せるべく、次の順番をまわさず、会場の観客を見渡した。

「お次は飛び入り参加でも募ろうかいな!みんなどうや?なんか一発芸披露してみる気ないんか?」

 飛び入り参加大歓迎のこの一発芸大会。カオスと化し続けるこの戦況を挽回するべく、シャランドラは飛び入り参加の投入を決断したのである。ここで流れを変えて、会場を盛り上げようと画策しているのだ。
 司会進行役というものは本当に大変であり、こういうイレギュラーな事態にも、冷静な対応を求められる。果たして、シャランドラの策は上手くいくのか・・・・・?

「フラワー部隊やメイド長が参加してもいいんやで!どうやみんな、この場を盛り上げてくれる勇者はおらんのかいな!?」
「なら、私がやろう」
「おおっと!お次の出番は何とアンジェリカっちが・・・・・・・・って、うえええええええええっ!?」

 まさかの人物から声が上がり、会場が騒然となった。
 誰も彼女が飛び入り参加するなど思わなかっただろう。いや、予想できるはずもない。あまりにも意外な存在が、飛び入り参加に名乗りを上げたのである。
 帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナが、第二回ヴァスティナ帝国一発芸大会に挑む。

「へっ、陛下が一発芸!?」
「ちょっとちょっとリン!どうしよう、止めた方がいいかな!?」
「はわわわわわわ・・・・・」
「あら~ん、珍しい事もあるわねぇ~」
「不安・・・・・・」

 メイド部隊一同、アンジェリカのまさかの参戦に驚き、「本当に大丈夫なのか・・・・・?」と内心思わずにはいられなかった。メイド長ウルスラなど、驚愕のあまり無表情のまま硬直していた程だ。

「あのー、アンジェリカ陛下?ほっ、本当にやるんですか、一発芸」
「何だ参謀長。私が出し物を披露するのは不服か?」
「いえいえいえ!決してそのような事は・・・・・」
「ならば黙ってみていろ」

 周囲の不安の視線を集めつつ、アンジェリカはステージ上へと歩みを進めていく。ステージ上にいるシャランドラが、ゆっくりと近付いてくる、アンジェリカの存在感の大きさに息を呑む。
 これは仕方がない。少女であるとは言え、アンジェリカは帝国の絶対的支配者である。一国の支配者が身に纏う覇気は、少女の存在感を圧倒的なものとし、周囲を緊張させてしまう。会場に漂う緊張感の中、アンジェリカはとうとうステージに上がり、一発芸の披露を行なおうと集中する。

「でっ、では、我らが女王陛下の一発芸を見せていただきましょうやないか。・・・・・ところで陛下、どうして飛び入り参加を?」
「皆にばかり見世物を用意させるわけにはいかない。せっかくの宴だ。私も皆を楽しませようと思ったまでだ」
「さっ、流石アンジェリカっちやわ!帝国女王は考える事もやる事も一味違うで!」
「・・・・・ところで、私の名前に勝手な呼び名を付けるな。次はないぞ」 
「はっ、はいいいいいいいいいいっ!!」

 怒らせると怖いこの少女の前で、迂闊に揶揄うのは死を意味する。シャランドラはそれ以上余計な言葉をかけず、彼女の行動を黙って待った。
 十を数える時間、アンジェリカは集中力を高め続け、やがて口を開いてこう言った。

「・・・・・布団が吹っ飛んだ」
「「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」」

 会場から音が消えた。そして、一瞬の内に寒くなった。
 会場全員、信じられない言葉を耳にした。いや、この言葉を酔っぱらったヘルベルトが口にしたのであれば、何の不自然もない。しかし、彼女が口にしたなら話は別だ。
 彼女は今、会場全体を極寒の冬場に変えてしまったのである。単純で安直、意味が分かるのに笑えない、「おやじギャグ」を披露して・・・・・。

「焼肉は焼きにくい。島民が冬眠する。売価は倍か」

 そしてまさかの連続攻撃。会場の体感気温は下がる一方である。だがしかし、この攻撃は止められない。何故なら相手が女王陛下であるからだ。

「熊さんが出てきた・・・・、熊ったな・・・・」
((((((さっ、寒すぎる・・・・・・・))))))

 会場の者達は既に限界であった。こんな恐ろしい敵の攻撃は初めてだと、誰もが思ってしまう。
 まさかのおやじギャグに衝撃を受けたリックは、この惨劇の原因を探るべく、声を潜めてメイド長へと話しかけた。

「めっ、メイド長・・・・・、あれは一体・・・・・?」
「恐らく・・・・・、マストール様の残したギャグ手帳が原因かと」
「ぎゃ、ギャグ手帳・・・・・?」
「マストール様の密かな趣味に、ギャグの収集というものがありまして、思い付いたギャグや人から聞いたギャグを手帳に書き記していたのです」
「まさか陛下は・・・・・その手帳を?」
「マストール様の遺品整理の時に私が偶然見つけまして、陛下が即位された後に遺品としてお渡しておりました」

 亡き帝国宰相マストールが残したという、おやじギャグが書き記された秘密の手帳。実はアンジェリカ、このギャグ手帳を気に入っており、亡きマストールの遺品という事もあって大切に扱っている。そして彼女は、この手帳に記されたギャグを披露するのを、密かに狙っていたのだ。
 その理由は、彼女がこの手帳のギャグを気に入っているのと、マストールのためである。マストールが生涯をかけて書き記したこのギャグを、皆にも広めたいという彼女の心遣いだ。
 しかし、マストールが残したこの手帳は、彼が皆に秘密にしていた趣味によって作られた。つまりこれは、表に出してはならない、闇に葬らなければならない代物なのである。マビ〇〇オンとか、ラ〇〇〇の箱とか、そういう類のものなのだ。
 天国にいるであろうマストールがこの光景を見たならば、恥ずかしさに悶絶する事は間違いない。

「お金はおっかねぇ。駄洒落を言うのは-------」
「あっ、アンジェリカ陛下!みんなもう十分楽しんだで。そろそろ終わりにしても・・・・」
「何だと?だが、皆はあまり楽しんでいないようだが・・・・・」
「そっ、そっ、そんな事ないで!!みんなおもろ過ぎて声を失っとるだけや!そうやろみんな、めちゃおもろいもんな!!」
 
 シャランドラに言われ、無理やり笑って無理やり大爆笑を起こす、会場の観客一同。ここで笑わなければ、後で女王に何をされるかわからない。
 
「ほらほら!陛下のギャグは受けまくっとるで!!」
「そうか・・・・、よかった」
「やろやろ!だからこれでおわ------」
「最後にとっておきを披露しよう。この会場にぴったりのものをな」

 まだ終わらない。誰もが早く終わらせようと団結している中、アンジェリカはまだ終わらせないのだ。
 一刻も早く彼女の番を終わらせたい観客一同であったが、これで最後ならば耐えてもよいかと腹を括る。この後大いに後悔するとも知らずに・・・・・。

「お酒を飲み過ぎると、肝臓にいかんぞう」
「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」」」」」」

 こんなおやじギャグを女王の言葉で口に出されてしまっては、この場でもう酒を飲む事は出来ない。
 戦勝祝いの無礼講状態を利用して酒を飲みまくっていた者達は、酒を飲む手が完全に止まってしまった。アンジェリカが最後に口にしたギャグは、帝国軍の酒豪達を殺す必殺技となったのである。

「・・・・・今のはただの冗談だ。今日は無礼講なのだから好きに飲むといい」

 そうは言われても飲めるはずがない。
 結局この後、宴の席での飲酒消費量は激減し、皆静かに酒を楽しむしかなかった。
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